第9話 一人目

『このゲームにバッドエンドルートは存在する!! ババーーン!!! な、なんだってっーー!!』


 ローズは心の中でそう叫び、一人でそう返す。

 ノリ的にはサイキックなエンターテイナーか、ミステリーなルポタージュと言った感じである。

 あの後、朝食を終えたローズは伯爵の出立の準備が整うまで、部屋に戻って今後の策を練っていた。


 幻の恋愛ゲーム『メイデン・ラバー』。

 恋愛カテゴリ物を全て網羅している現ローズの中の人である野江 水流でさえ知らなかったこのゲームには、勿論だがバッドエンドが存在する。

 と言うか、初回は何をしようとも確実にバッドエンドルートの一つである『ぼっち』エンドになると言う凶悪さ。

 何故かと言うと、ステータスが各キャラの恋愛ルートシナリオ発生条件に届かないからだ。

 このゲームのジャンルは育成SL&ADVと言う恋愛ゲームとしては古典的とも言えるスタイルを踏襲している。

 一週間七日の内五日間は育成に費やし、残りの二日にメインイベントが発生すると言う点もオーソドックスな作りと言えるだろう。

 プチイベントが育成日に発生する事も有るが、その日の育成がキャンセルとなる鬼仕様の為、ストレスがマッハである。

 大抵がローズのイチャモンだったり、使用人仲間の戯言だったりするのもストレスマッハを増長させる要因になっていた。

 では、どうやって攻略するかと言うと、エンディング後に能力値引き継ぎで再スタートが出来る為、何度もゲームを繰り返す事によって、徐々にステータスが増え、そしてイベント発生条件に達するとようやく各キャラとの出会いイベントが始まる仕組みとなっている。


 但し、ここでも罠があり注意が必要だった。

 最初の頃の何気無い選択肢一つで各キャラとの位置関係が変動し、それによってその後の展開がガラッと変ると言う無駄に凝った悪意の塊システムの為、何も考えずに適当にプレイしていると、大どんでん返し的にイケメンに振られ様々な不幸に見舞われるバッドエンド展開となる。


 主なバッドエンド展開は先に述べた『ぼっち』、その他『投獄』、『死亡』と有り、その理由は様々だ。

 比較的マシな『使用人仲間と結婚』と言う物も有るには有るが、メッセージのみで専用イラストは無く、エンディングロールも流れないのでやはりバッドエンドなのだろう。

 大抵理不尽な理由でバッドエンドになる為、この三日間の間に何度コントローラーを壁に投げつけたか分からない程だった。

 因みにどのルートでも伯爵家は漏れなく没落するので、主人公の『伯爵家追放』ルートは存在しない。


 控え目に言っても『クソゲー』以外の何物でも無く、幾度ゲームを止めようかと思ったローズであったが、『恋愛マスター』を自負する彼女のプライドがそれを許さなかった。

 また、キャラ絵やボイスがドンピシャだったのも大きな要因だったのだろう。

 全て聞いた事の無い声優達だったが、登場するキャラ全てゲーム内で生き生きと演じられており、それがとても魅力的でも有った事が、全キャラクリアのモチベーションとなっていた。


 周回前提の変動シナリオと言うシステムに気付いたローズは、まずイケメンと結ばれる事を諦め、ただステータスを上げる事のみを追求し何周もプレイした。

 勿論、どんなイベントがいつ開始するのかをノートに書き留めるのを忘れない。

 すると、ある程度周回した頃に以前ではバッドエンド行きになった選択肢を選んでも相手の反応が異なっている事に気付いた。

 そう、周を重ねステータスを上げれば上げる程、主人公の行動が全てプラスに解釈されるようになったのだ。

 それからは余程酷い選択をしない限り、最低でも『結局ぼっち』か『使用人仲間と結婚』ルートが確定となる。

 

 『これからやって来るエレナが、初回プレイのエレナなら楽なんだけど……』


 それならば望みが有る。

 初回は全てバッドエンド直行なのだから。


 『けど……、どうやらそうじゃなさそうなのよね~』


 何を根拠にローズはそう思ったかと言うと、周回前提と言うだけあって今自分が何周目なのか有る場所を調べると一目で分かるようになっていた。

 その場所とは、玄関に入ったすぐの広間に掲げられている初代伯爵の肖像画。

 その人物の胸元に書かれている勲章の数が表している。

 小さい丸が一周、五周で四角、十周で星、そして、それが増えていく、の繰り返しだ。

 先程食堂からの帰りに確認しに行ったところ、その胸には星が五つ輝いていた。

 それ以下は確認していない。

 何故ならば意味が無いからだ。

 このゲームのステータス値は余程サボらなければ、三十周もすればカンストする計算だ。

 途中育成だけに専念したローズも二十周程でカンストしていたのだ。

 その為、五十周と言う数字だけで、どう考えてもこれから登場するエレナが完全無欠の最強状態なのだと考えて間違いない。


 『無敵のエレナ……本当に頭が痛いわね。……でも、その程度ではこのゲームをクリアなんて出来ないのよ。五十周なんて温い温い。伊達に三桁越える回数このゲームをやっていた訳じゃ無いわ! 酷い選択をしなければ……、ふっ、逆に言えば選択肢一つで、『投獄』や『死亡』は普通に発生する。そうよ、その所為で何度煮え湯を飲まされた事かっ!!』


 どんなハイスペックのエレナが来ようと全ての結果を知っている自分の敵ではない。

 ただ不安は……。


「相手も転生者って事は無いわよね?」


 五十周の証拠が有る。

 ならば、そのエレナはその周回の記憶を持っているのではないか?

 自分と同じように転生した者じゃないのか?

 そんな疑念が湧いて来る。


「何かおっしゃいましたか? お嬢様?」


 少し離れた所でベッドメイキングをしていたフレデリカが尋ねて来た。


「あぁ、何でも無いわ。独り言よ」


 そう答えると、再びフレデリカは作業に戻る。

 せっせと仕事に励むフレデリカを眺めながら、これから先の現れるであろうエレナの事を考える。


 『この子も本当ならそのままエレナ側の人間になっていたのよね。まだまだ安心は出来ないけど、それでもまだ時間がある。間に合わせてみせるわ』


 先程、お仕置きとご褒美を一通り終えた後のフレデリカの懐き具合を思い出し、少なくともゲーム展開からは逸脱して来ているのをローズは感じている。

 それに食堂に居た使用人の態度も、入室した時のピリッとした空気に比べ、退出時はかなり穏やかな物となっており、ローズが『美味しかったわ』と名も知らぬモブメイドに声を掛けた際も、廊下ですれ違った使用人の様に悲鳴を上げる事も無く、嬉しそうに頭を下げていた。


 『このまま全員使用人達と交流して信頼を積み重ねていけさえすれば、転生者とか関係無くゲームの様な結末にはならない筈よ』


 ただそんな希望の兆しの喜びとは裏腹に、ローズの心はエレナが転生者の可能性が有ると判明した時から釈然としない気持ちで溢れていた。

 もし、本当にエレナが転生者だった場合……。


 『ぜ、ぜ、ぜ……っ対に許せない!! 三桁越える周回した私が悪役令嬢なのに、たった五十周程度の奴が主人公とかふざけているわ! しかも無敵モードなんて、こんなの不公平よ!!』


 何故自分は悪役令嬢なのか? と言う憤りに打倒主人公への想いは更に熱く、そして滾っていく。


 『ただ、仮に転生者だったとしても、相手は私が転生者って事は知らない筈。だって自分が遊んで来たゲームの主人公なんだもんね。まさか他のキャラに転生者が居るなんて思わないわよ。と言う事は先にゲーム舞台に居る私の方が有利! 初っ端からゲームとは違う展開を味あわせてあげるわ!』


 ローズは自らが転生者と言うのは気付かれない様にしようと心に決めた。

 警戒なんてされない方が良いに決まっている。

 そして、イージーモードと思っている内に相手をバッドエンドルートに叩き込む。


 『フフフフッ、見てなさいよエレナ!』


 コンコン。


 新たなる決意表明で闘志を燃やしていると、扉をノックする音が聞こえて来た。


「あら? お父様の準備がもう出来たのかしら? まだ少し時間が有ると思ったのだけど……?」


 突然のノックに、同じ様に首を傾げながらフレデリカが扉に向かって歩いていく。


「はい、どなたです……」


 バンッ!


「キャッ」


 フレデリカが扉の前に立ち、ノックの相手に問いかけた瞬間、扉が勢い良く開き、それに驚いたフレデリカが悲鳴を上げた。

 それと同時に、何やら小さい人影が飛び込んで来た。

 その人影はキョロキョロと部屋の中を見回している。


 『何この子? 急にレディの部屋に了承も無く飛び込んで来たんだけど? ん? ちょっと待って? あの顔は……! そう言えばゲームでもローズの部屋に飛び込むってシーンが有ったわ。確かそれを止めようとしたエレナも弾みで部屋に転がり込んじゃって一緒に怒られて好感度が上昇するってイベントだったわね。と言う事は……』


 ローズがゲームの中のキャラクターと目の前の人物とを重ね合わせていると、その人影はローズの姿を見付けたらしく、その顔はパァっと太陽の様な笑顔となった。


「お姉ちゃん! 遊びに来たよ~!」


 そう言うや否や茶髪で人懐っこい笑みを浮かべながらローズの元に走ってくる。


 『きゃーー来たーーー!! 間違いないわ! この子はローズの取り巻きイケメンの一人。従兄弟のカナンちゃんよーーー!! なんて可愛らしいの!』


 生涯初めての百%自分だけに向けられた純粋無垢なあどけない笑顔。

 ローズは転生して来た事に改めて感動し、歓喜に身を震わせ自分に駆けて来るこの可愛らしい生き物を受け止める為に手を広げて待ち構える。

 その様はまるで蟻地獄の如き様相を呈していた。

 後日それを目撃したフレデリカは『まるで捕食者の目、その物でした』と使用人仲間に語ったとかなんとか……。


 とうとう現れた取り巻きイケメン一人目。

 それは、メンバー唯一のショタっ子で、ローズの父バルモア伯爵の弟であるテオドール・フォン・シュタインベルク子爵の嫡男ことカナン・フォン・シュタインベルクその人であった。

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