六番線

「つぎは、終点きさらぎです。」


男は、そのアナウンスで目が覚めた。


「やったぁ!」

男は小さく呟いた。


ついにこの時がやってきた。

この日をどんなに待ちわびたことか。


男は、大学の「オカルト研究会」なるサークルの部長である。

主に都市伝説について研究してきたが、男は、霊感ゼロのようで、くねくね、ひとりかくれんぼ、てけてけ、ヤマノケ、数々の都市伝説を解明しようと試みたが、まったくオカルト現象に遭遇したことがなかった。地元で有名な、心霊スポットにも足を向けたが、他の部員が何かを感じ取っても、男は何も感じることもなく終わることも度々であった。


電車で通うほどの距離ではなかったが、男が電車で通学するのには、ある目的があったのだ。

きさらぎ駅伝説。

男は、いつか、自分もきさらぎ行きの電車に乗れるのではないかと、どんな場所に移動するにも、極力電車を利用していたのだ。


男は、隣のどんよりと曇った表情のサラリーマンと思しき男に声をかけた。

「終点で降りられるのですか?」

サラリーマンは、無機質なロボットのような顔を男に向けた。

「僕ね、大学でオカルト研究会に入ってて。いやぁ、まさか、きさらぎに本当に行けるとは思ってもみませんでした。」

男は、無表情なサラリーマンに向かって、嬉々とした表情で、目をらんらんと輝かせて饒舌に語った。

「外部と連絡が取れなくなるって、本当ですね。でも、インターネットの世界だけはつながってるって不思議な話ですよね。案外、インターネットの世界が、異世界との通用口だったりして。だとしたら興味深い話ですよね。」

サラリーマンは、黙って男の話を聞いている。さらに、男は語る。

「今ね、この様子を録画してるんですよ。きさらぎ駅についてからも録画して、配信しようと思ってるんです。ねえ、だから協力してもらえませんか?あなたは、いつからこの電車に乗ってるんですか?」

「わからない。」

「うーん、やはり、長く居ると時間の感覚ってなくなっちゃうのかな?お見受けしたところ、30代くらいだと思うんですけど。もし違ってたらすみません。」

「・・・あんた、怖くないのか。」

「えっ?怖いって、何がです?」

「この電車はきさらぎ行きなんだぞ。」

「むしろ、わくわくしています。」

「きさらぎに降りたらどうなるかわからないんだぞ?」

「噂では、生きている人間は、いつかは帰れるって聞いています。だから、そのへんは心配ないです。あと、帰り方も知っていますし。あなたは、もうこの世の人ではないんですか?」

サラリーマンは、黙り込む。

「あぁ~、無理には聞きません。きっとお辛いこともあるでしょうし。」

「帰り方を、知っているということだけど。どうやって帰るんだ?」

「あぁ、何か、燃やせばいいんですよ。煙を出せば、元の世界に帰れるって聞いてます。」

そう言って、男はポケットに忍ばせたマッチを出して見せた。

「あと、こちらの食べ物を決して口にしてはならない。その点は、大丈夫そうです。」


「果たしてそうかな。」

サラリーマンは意味深な笑いを正面の窓に映した。男は怪訝な顔で彼を見つめた。


「終点きさらぎです。お忘れ物のございませんよう、ご用意願います。」

そのアナウンスに、男は浮足立つ。

ついに、きさらぎに降り立つ時が来た。

どうやら終点にもかかわらず、そのサラリーマンは降りる様子もないようだ。

きさらぎ駅は終点にも関わらず、次にやみ駅があるという噂も聞いたことがある。

このまま乗って、その真相を確かめたい気もするが、とりあえずは目的地の調査だ。

「じゃあ、お先に。」

そうサラリーマンに告げると、男はきさらぎ駅に降り立った。


サラリーマンは、おもむろに、スマホを取り出すと、電源を入れる。

そこには、どこよりも早い速報の文字が窓枠におさめられていた。


「〇〇駅で、通り魔事件発生。被害者は、大学生。加害者の男性は、30代会社員。被害者の大学生を刃物で刺した後、自殺を図り重体。加害者男性は精神科に通院歴あり。被害者との面識はない模様。」


「つぎは、やみ駅~。」

そのアナウンスの後、その駅から一人の青年が乗り込んできた。

「あ、あなたは・・・。」

その青年は、サラリーマンを見つけると、懐かしそうに隣に座ってきた。

「以前、お会いしましたよね?」

サラリーマンの男は無機質なロボットのような顔を、青年に向けた。

「僕ね、大学でオカルト研究会に入ってて。いやぁ、まさか、きさらぎに本当に行けるとは思ってもみませんでした。」

「きさらぎは、どうだった?」

「え?どうだったって・・・・」

「思い出せないんだろう?」

「確かに、きさらぎに行ったはずなのに。あれえ?おかしいな。」

リュックをまさぐると、青年はスマホを探し始めた。

「あ、あった!これにおさめられているはず。動画撮ったんですよ。」

そう言いながら、動画再生を試みるも、そこには何も映っていない。

「あれ?おかしいな。絶対に動画を撮らないはずはないんだけど。故障かな?」

「撮れないんだよ。あそこは。」

「えっ?」

青年が顔を上げると、サラリーマンはおもむろに、ポケットからマッチを取り出した。

「あっ、それ、俺の。いつの間に!返してください!」

青年が手を差し出すと、サラリーマンの男は立ち上がった。

「悪いが、帰るのは俺だ。」

そう言いながら、その男はマッチを擦った。

煙の臭いとともに、アナウンスが流れる。

「きさらぎ駅です。お忘れ物のございませんよう、ご用意願います。」

煙の向こうにサラリーマンが消えていく。

「よかったな。夢がかなって。お前は、ずっときさらぎ行きの電車に乗れる。」

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