18話――誓い
ソレが入った小瓶をポケットの中に無理やり詰めて、俺は足を前に踏み出す。
全身が痛むが、時間が経つにつれてだんだんマシになってきた。このくらいなら、何とかなるだろう。
何にしても、まずソフィアとアリアをとめないといけない。
そして、ルーカスはまだ呼ぶことが出来ない。頼りになるうちの父親を呼び出すのは、もう少し後だ。
「ソフィア、アリア――、ちょっと待って!」
対峙して、後先考えない魔法戦を繰り広げている二人の中心に、俺は何とか隙を見て突っ込んでいった。
「ウィル、くん……」
ソフィアの、痛ましげな呟きが聞こえた。
次の瞬間。
「――ウィ、ル」
俺の眼前で爆音と爆風が炸裂した。
迷いなく俺に魔法を撃ち込んできたソフィアと、どうやらそれから護ってくれらしいアリアの結界。
結界から漏れ出た余波で俺は転がり、思い出す。
そう言えばソフィアは今アリアと戦っているが、本来の目的は俺を殺すことなんだ。
怖いと、身体が震える。
ずっと身近にいた、好きと思えた女の子から命を狙われるということ。
――怖い。
それでも、やらないといけない。
だって俺は、彼女のことが好きだから。
そう思って、俺は再び足を進めようとする。
「アリアちゃん!!」
怒りに染まった叫びが聞こえたのは、そんな時だった。
ソフィアの声ではない。その、まだまだ幼い声音は、
「――エレナ」
「やっと、やっと見つけた……。ねぇ、アリアちゃん。どうしたの? ねぇ、エレナのお兄ちゃんを、どこに、…………」
そこで広げられる戦端など気にする様子もなく、フラフラと、アリアに近づきながらエレナが叫ぶ。
しかし不意にエレナがピクリと肩を揺らし、俺の存在に気がついた。
「――お兄、ちゃん」
呆然としたその顔は、ふとした時、笑みに変わる。
今なら分かる。
その普段と変わらないように見える子供らしい笑みは、しかし、アリアやソフィアと同じ狂気に染まったソレだ。
「お兄、ちゃん……お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」
フラフラとエレナが俺に歩み寄ってくる。そんなエレナの足元に、魔法の光が着弾、爆風を巻き起こした。
「ウィルに近寄らないで」
「ウィルくんは私のものだよ?」
ほとんど同時にアリアとソフィアが言って、なんとかその攻撃を避けたらしいエレナが、視線を彼女たちに向ける。
ふふっ、と愛くるしい微笑みを見せたエレナは、両の手の平をアリアとソフィアに向けた。
「邪魔、しないで――」
閃光が炸裂し、重なり、今までの中で最大の爆音と爆風。
「あ、あぶね……」
しかし、エレナがこのタイミングで来てくれるとは思わなかった。
俺は、彼女たちの戦いの場に突っ込もうとしていた足を迷わず反転させて、そこから距離を取る。
そして、あの超次元の戦闘に足を突っ込む必要がなくなったことに、深く安堵する。
俺は、大きく息を吐き出した。
もう、迷わない。戸惑わない。
アリア、ソフィア、エレナ。三人ともこの場にいる。
それを確認した俺は、あの指輪に魔力を込める。
次の瞬間、ほぼノータイムで彼は現れた。
おぼろげな光が現れ、収束し、形となる。
ルーカスは、尊大な態度で俺を見ていた。
「やっと呼んだか、バカ息子」
俺はすぐに答える。
「――ちょっと俺のハーレム作りに協力してくれ」
「あ゛?」
「してください」
直角に頭を下げて、俺は誠心誠意のお願い。
ここで断られたら文字通り死ぬ。
俺がちらりと上目にルーカスの様子を見た時、彼は苦い顔で彼女たちの方を見ていた。
大きなため息が聞こえてきた。
「で、俺は何をすればいい」
◯
「まずあの三人をここから移動させてほしい。人気のない、森とか山奥とか」
「まぁ、妥当だな。街中でこんな騒ぎを引き起こしてたら、色々とマズイことになる」
頷きながらルーカスは前に出て、片手を掲げた。
彼女たちを直接転移させるつもりだろうか。
それにしても頼りになる。これが出来る男の風格か。
「ところでよ」
彼女たちの方へ意識を集中させたまま、ルーカスが俺に言う。
「こんな状況で深くまで訊くつもりはないが、なんで『こんなこと』になってる」
「……全部、俺のせいだ」
「はぁー……情けねぇ息子だな」
わかっていたような、呆れ切ったようなため息。
「ま、でも、子どもの尻拭いは親の仕事だからな」
ルーカスがそう呟いた瞬間、風景が切り替わった。
パッと、なんのタイムラグも、違和感もなく、ただただ瞬間的に視界が切り替わった。
「……っ!」
「あいつらが俺に気付いてなかった分、楽だったな」
俺がいたのは、どこかの森の中。周囲は鬱蒼とした樹木、茂みに追われていて、全く人気がない。
俺の隣には、平然としたルーカスがいた。
そして、俺とルーカスの視線の先。そこには、何が起こったか分からず戸惑っている彼女たちがいた。
三人ともキョロキョロと辺りを見渡して、戦端は一時中断。すぐに俺とルーカスの存在に気付くだろうと思ったが、それはなかった。
一向に俺たちに気づかない彼女たちに疑問を抱いていると、ルーカスがそれに答えた。
「俺たちの気配を覆い隠してる。ま、探そうとしない限り、しばらく見つかることはないだろう」
何でもないように言ったルーカスに俺は感心する。
あの三人から隠れてるなんて……。
さすがだと思いつつ、「次はどうするんだ」と問うてきたルーカスに、俺はこう言った。
「あの三人を、気絶させてくれ」
「無理」
「……はっ? なんで!」
ルーカスが馬鹿を見る目で俺を見た。
「無茶、言うんじゃねーよ。あいつらを三人まとめて相手にできるわけないだろうが」
「ビビってる?」
「ったりめーだ! お前今自分が何を言ってるのか分かってんのか?」
「何を」
「魔術師同士の戦闘で多対一はご法度だ。相当な実力差がない限り、独りが勝つことはない」
言われて、未だ困惑してる様子の彼女たちを見やる。
「あいつらは近年稀に見る天才共だぞ。一人なら何とかなるもしれんが、俺には荷が重い」
待て、それは困る。あの三人が同時に意識を失わないことには、俺がやろうとしてることは叶わない。
「おまっ、子どもの尻拭いは親の仕事だとかカッコつけてたくせに!」
「無理なもんは無理なんだよ」
やばい、やばいやばい、どうすんだこれ。ていうか何でこの父親は堂々と腕組んでんだよ!
俺は、ポケットにつめこんだ小瓶を横目に見る。ちゃぷと、赤い液体が揺れていた。
彼女たちの様子を確認し、時間がないことを悟る。
彼女たちは、俺のことを捜していた。
俺がこの辺りにいると分かっているならいいが、そうじゃなければ、彼女たちは俺を捜してここを離れてしまうかもしれない。
「……二対三、なら?」
「……あん?」
あぁ、くそ!
「俺がオトリになるから、何とかしてください!」
「――おい!」
叫んで、俺はその場から走り出した。
走り出してすぐ、ルーカスが俺たちの存在を覆い隠してるという魔法の影響下を離れたことを感じる。
アリア、ソフィア、エレナの視線が一斉に俺に向けられた。
もう、どうにでもなれ。
◯
森の中を走って、彼女たちの近くに行く。
ソフィア、アリア、エレナの視線は一様に俺に向けられていて、急に森の中に転移されたことなど、どうでもいいようだった。
「あぁ、ウィルくん、よかった――」
心の底から安堵したような呟き。それなりに距離はあるはずなのに、ハッキリと俺の耳に届いてきた。
気付けば俺の視界には、氷ナイフの弾幕があった。何の前触れも、予兆もなく。
俺を殺そうとする数々のナイフが、迫ってくる。
しかしそれらが刺さる前に、ゴウと火炎が吹き上がって、ナイフは消失する。
俺の前に、エレナとアリアがやってくる。ソフィアと向かい合って、彼女から俺を守る立ち位置だ。
しかしエレナとアリアに、協力意識はないのだろう。
現に、彼女たちがお互いを見る視線は鋭い。
どうして、こんなことになってしまったのか。
俺は考える。
俺のせいだ。俺が思わせぶりで、中途半端な態度を維持し続けたからだろう?
しかしそれを後悔するつもりはない。最低だと思われるかもしれないが、俺はやりたいようにやった。
前世からハーレムを作ることは夢見ていて、そして彼女たちに囲まれている時間は本気で楽しかった。
では、こんな状況に陥った上で、俺はどう考えるか。
つまりは、彼女たち三人のうち、誰が好きか。
今なら迷わず答える。
みんな好きだ、と。
鈍感? 難聴? 誰が好きかは決められない? 恋愛感情がわからない?
はっ、んなもんクソくらえだ。
ここに誓おう。
何としてでも、――俺は本当のハーレムを作る。
どんな手を、使ってでも。
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