プロローグ

 深夜0時になろうかという時刻、青年は墓地を訪れた。道路から離れ、奥へ進むほど街灯の恩恵はなくなり、人の気配もない。

 ふと、青年は気が付いた。風に乗って微かに音が響いてくることに。墓の下から音が吹き出しているような、地を這う低音。まるで死者の彷徨える叫びのようだ。言い知れぬ不気味さが漂う。

 それでも青年は一人きり、怖いもの見たさで音の聞こえてくる方へと進んだ。だんだんとクリアになってくる音に、丸まっていた背筋が伸びる。青年の心臓は嫌というほど高鳴った。

「この音」

 青年から呟きが零れた。

 早く音の正体をつかみたくて、歩く速度が上がる。そして、青年はその音の正体と出会った。

 墓石の前で、男が一心不乱に楽器のベースをかき鳴らしている。深夜の墓場で一人きり……現実に起こっている光景だろうか。深夜でなくとも唖然とするけれど、月明かりにぼんやりと照らされるその姿は、シュールという一言に尽きた。もしや成仏できぬベーシストの幽霊なのではと勘ぐってしまう。

 しかし、伝わってくる音は現実のもので、青年の心を強烈に揺さぶる。携帯用のアンプからは、流れるようなベースラインが垂れ流され、その響きに青年は生唾を飲んだ。

 ベースを弾いている男は華奢な体格だが、弦を押さえる指は力強い。迷いなくあるべき音を選び取り、そして、芯のある艶やかな音を弾き出す。これはきっと天賦の才だ。

 青年の口元が嬉しそうに緩む。

「見つけた」

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