GUNs N' Lillies -百合と虫螻-

K.バッジョ

第1話「第十三高等戦闘学校2年C組」

【序章】第十三高等戦闘学校2年C組


「西暦二○九九年、宇宙より飛来した隕石によって地球上にもたらされたモノが二つ。地球外生命体である人類の敵、通称『インセクター』と、女性にのみ作用する毒素『メルトキシン』。この二つによって人類の営みは一変した。……年代と呼称については試験に出るので各自しっかりと予習しておくこと」


 一辺が十メートルほどの画一的な教室の中に、教師の厳しい声が響く。

 その声を聞くのは、これまた画一的な机と椅子を与えられた女子高生たちだ。

 教科書をめくる者、板書に精を出す者、机に突っ伏して寝息を立てる者。

 授業中という割には些か奔放過ぎる少女たちの姿勢に、教師は目くじらを立てることもせず、淡々と教科書の音読を続ける。


「メルトキシンの作用により、男児の出産率は著しく低下した。よって希少となった男性は種の存続のために精子を提供し、その見返りとして地球聯合政府直轄の人類種保管管理局によって手厚く保護される。一方で数の多くなった女性は社会への貢献の度合いによって冷凍精子を供与され、いわゆる『処女受胎』によって生殖活動を行うようになったが、このとき――」


 凜とした喋り方にそぐわない柔らかな声質を持つ教師は、傾聴姿勢のなっていない生徒たちを相手に些かも声を荒げず、試験に必要な説明を続けていた。


 地球聯合政府があること。

 地球外生命体『インセクター』と種の存続を賭けた戦争をしていること。

 処女受胎により出産された個体には特殊な能力が備わっていること。

 女性が大多数となった今の社会において、子を為すことは義務であること。

 精子提供を受けるためには兵士として社会に貢献するのが近道なこと――。


 もし無知で現実を見ない夢の世界に生きる批評家という職業が、この世界に残っていたとしたら、訳知り顔で眉を顰めて、こう言っただろう。

『この世界は狂っている』と。

 だが、そんな在り来たりな表現では足りない程度に世界は狂い、変質し、しかしそれが普通の世界となっていた。

 授業を聞くとは無しに聞いている少女たちとて、世界と同じだった。

 狂い、変質し、そしてそれが普通なのだと主張するように、教室に備え付けられたスピーカーが耳障りな警報音を吐き出した。


『第四高戦より第十三高戦に援護要請。2C小隊は直ちに出撃準備に入れ』


 必要最小限の情報を吐き出したスピーカーは沈黙に戻り、少女たちのブーイングがそれに取って変わった。


「あーくそー! 貧乏くじーっ!」

「第四ってエリートっしょっ!? あーしらに援護要請ってどういうことだっての!」


 地団駄を踏みそうな勢いで盛大に不満を表明する二人の少女とは違い、教師を務めていた女性が静かに教科書を閉じた。


「2C小隊、出撃準備!」


 凜とした教師の声に反応し、教室に居る全員が飛ぶように机を離れ、教室の後ろに備え付けられたロッカーに走った。


「三分で準備なさい」

「それはさすがに無理ですわ、クレア教官!」


 クラス全員の不満を代表するように、気品溢れる金髪の少女が鋭く反駁した。


「戦場でそんな不満は通用しません。各自、装備を調えて第一出撃口に集合。遅れた者は厳罰に処す」


 それだけ言い残し、教官と呼ばれた女性は教室を出て行った。


「ちっ。相変わらず融通の利かない教官さまだよ……!」


 大柄な少女が怒りを込めて吐き捨てる。


「その言葉には同意しますが、教官の命令は絶対ですわ。仕方ありません。各自、戦闘服着用の後、装備は携行して第一出撃口に駆け足ですわ!」

「うぇーい」


 仕方ない、と半ば諦めた声音で答えた少女たちは、ロッカーに吊されていた防弾衣を素早く装着すると、ロッカーの奥に手を突っ込んだ。

 ある少女はアサルトライフルを。

 ある少女は筒のような携行型無反動砲を掴み、教室を飛び出していった――。



 三分を三十秒ほど超過した頃、一同は指定された出撃口前に整列した。

 出撃口はただの校庭、何もないただの広場だ。

 その広場に大小数台の車両が並んでおり、少女たちと同じく出撃の時を待っていた。

 整列している少女たちに向かって、教官と呼ばれていた女性が一歩踏み出す。


「傾聴せよ!」


 強い調子の声に反応した少女たちは、左手に掴んだ銃を身体の中央に構え、右手で銃の下部を持った。

 捧げ銃と言われる、上官に対する武装時の敬礼だ。

 その敬礼を受けるのは、礼装で身を固め、胸元に勲章をジャラジャラと付けた老年の女性だった。

 少女たちをジロリと見つめるその眼光だけで、女性が只者では無いのが分かる。

 普段、姦しい少女たちも、この女性の前では呼吸をすることさえ忘れたように身動ぎ一つせず、大人しく言葉を待っていた。


「第十三高等戦闘学校校長のアイ・ヤハタだ。ガキ共、この度の出撃、苦労である。そびえ立つクソのような任務内容となっているが、貴様らがやることはただ一つだ」


 一人一人の目を睨み付けながら、校長と名乗った女性は訓示を続ける。


「虫は殺せ。それができなきゃ尻尾を巻いて逃げまくれ。最終的に生きて戻ってきたものが真の勝利者だということを忘れるな! 分かったか!」

「イエス・マム!」


 校長の言葉に対して少女たちは一斉に応える。


「第四のクソエリートの尻拭いをする貴様ら落ちこぼれ共に対し、オレからせめてもの言葉を送らせてもらった。……クレア教官」

「はっ!」


 校長に呼ばれたクレアは、言葉の後を引き継ぐように少女たちに向かって命令した。


「任務開始。以後の指揮はリオン・タカギ小隊長が執るように」

「リオン・タカギ、これより小隊の指揮を担います!」


 リオンと呼ばれた少女は、整列から一歩踏み出して敬礼で応えた。


「第十三高等戦闘学校2C小隊、輸送車に搭乗! 任務の詳細と戦闘隊形については移動中に共有しますわ!」

「うぇーい」


 リオンの指示を受けた総勢十五名の少女たちは、決められた車両に乗り込み、やがて戦場に向かって出撃していった――。




 出撃する車両を見送った後、校長とクレアは声を潜めて言葉を交わしていた。


「あの厄介者たちの様子は……?」

「これといって何も。クラスには馴染んでいるようで、コミュニケーションにも不都合は無いように見受けられます」

「そうか。ならばよし。だが監視は怠らないように頼む」

「心得ております、一佐」

「オレは少将だぞクレア二尉」

「それを言うなら、私の最終階級は三佐ですよ、ヤハタ少将」

「ははっ、お互い、聯合政府樹立前の階級からなかなか離れられんな。……いや、忘れられないと言うべきか」

「それほどの地獄をくぐり抜けてきたのですから。致し方ありません」

「それ以上の地獄にガキ共を叩き込むための肩書きが、少将ということか。全く……下手に生き残るものじゃねーな」

「ヤハタ校長が生きていてくださって良かったと、この日本に住み、あの大戦を生き抜いた兵たちは皆、そう思っていますよ」

「担ぎ上げられるようなガラでは無いのだがな」

「担ぎ上げられることを嬉しいと思うような者は、誰からも担がれないものです」

「多少はマシだと?」

「おおいにマシです」

「ガハハッ! なら皆に失望されないよう、うまく担がれてやらんとな」

「ふふっ、そうしてください。一佐」

「うむ。2C小隊の連中、しっかりと育ててやってくれ。奴らこそ、王を殺す一手になるかもしれんのだからな」

「はっ!」

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