第二十一話 ユージ、ホウジョウの街を見てまわりながら家に帰るpart2


「せんせーおかえりなさい!」

「アリスせんせー、おうとはどんなところだったの? おうきゅうは? おうさまは?」

『リーゼせんせー、おかえりなさい!』

「ユージ、おみやげはー?」

「こら、ユージ先生でしょ!」


 ホウジョウの街の第二防壁を越えたユージたちは、わらわらと子供たちに囲まれた。

 両親と一緒に移住してきた子供たちと、この街で生まれた子供が数名。

 親が仕事をしている昼間、託児所に預けられている子供たちである。


 託児所は学校としての機能もある。

 アリスは人間の言葉を、リーゼはエルフの言葉を子供たちに教えていた。二人とも『先生』と呼ばれている。

 大学中退の経歴を持つユージは、算数を教えていた。

 いかに10年引きこもっていようと中退していようと、最高学府である大学に通った人間なのだ。

 子供向けの算数ぐらいは教えられる。ネットで教材を購入して翻訳しただけなのは秘密である。

 アリスとリーゼは先生と呼ばれているのに、なぜかユージは呼び捨てにされていた。親しみやすさのせいである。たぶん。


 ちなみに託児所を取り仕切るのは、警備隊長のエンゾの妻・イヴォンヌの妹である。

 プルミエの街の夜の高級店で見習い修行をしていたイヴォンヌの妹は、店で基本的な勉強や礼儀作法を教わってきた。

 その経験を活かして、イヴォンヌの妹は缶詰生産工場の調理部から託児所兼学校の責任者となっていた。

 高級店で学んだ夜の知識は教えていない。きっと。


「ほらほら、ユージさんたちは帰ってきたところなんだ。明日からゆっくりな」


「はーい、ブレーズおじさん!」

「おじさんじゃないよ、町長さんだよ!」

「ブレーズおじさん、こんどまた剣のおけいこしてね!」

「アリスせんせー、またねー」

「ユージ、明日まってるからなー」


 群がってきた子供たちはブレーズに散らされ、イヴォンヌの妹に引率されて託児所に帰っていく。

 ちょうどお散歩の時間だったのだろう。

 ところでユージ、舐められすぎである。代官なのに。王に勲章を賜るほどの人物なのに。親しみやすいせいである。きっと。


「すいませんブレーズさん、気を遣わせちゃって」


「構わねえよ。元気なのはいいことなんだがなあ……ああケビンさん、ここからはゆっくり走ってくれ。子供や住人が飛び出してくる可能性もあるからな」


「ええ、もちろんです。では行きましょうか」


 第二防壁を越えた先に広がるのは、ホウジョウの街の住人たちの家である。

 空き家も含めて、その数およそ150戸。

 上下水道はエルフの手によって整備され、ユージ、というか掲示板住人の都市計画に従って造られた住宅街である。

 土地が足りなくなったら街を広げればいい。

 建物は平屋で、それぞれに庭となるスペースも確保されていた。

 室内は日本ほどプライバシーを保てる造りではないが、この世界においては充分だ。

 ちゃんとした家、日々の仕事と給金、過剰なまでの防衛戦力。

 ホウジョウの街の住人たちは、平和で健康で文化的な最低限度以上の生活を送っていた。

 まあ『文化的』については、この世界の一般的な農村よりは文化的、程度のレベルだが。


「ユージさん、おかえりなさい!」


「あ、トマスさん。ただいまです。今日も家造りですか? お疲れさまです」


「ユージさん、俺、そろそろ家以外も造りたいっす! 街になったんだし、必要なハコないっすか?」


「あー、どうでしょうブレーズさん、ケビンさん」


「ウチの店はもう造ってもらいましたから……ユージさん、役場は必要なんじゃないですか? あとは警備隊の詰め所を、もしもの時の防衛に使えるように増築するとか」


「あとは冒険者ギルドの支部だな。まあホウジョウの街に支部を作るんなら、だが。ああそうだ、そろそろ礼拝所を作っといた方がいいんじゃねえか?」


「礼拝所! ユージさん、必要、必要っすよ! 造りましょう? ところでユージさん、木造で大きな建物を造るのに良い技術知らないっすか?」


「え? そりゃいっぱいあると思いますけど……神社とかお寺とか、古いのはだいたい木造だし」


「よっしゃあ! ユージさん、造りましょう礼拝堂! 家はもう飽きたっす!」


 木工職人のトマスたちは、いまも家の建築を続けている。

 職人希望の移住者を弟子にとって、いまではトマスはれっきとした『親方』だ。

 ネットを通じてユージから教わった日本の伝統工法を学んで技術を磨きながら、いまもなお住宅を量産している。

 トマス、そろそろ家を造ることに飽きてきたらしい。

 なにしろここ最近、ずっと家だけを造り続けてきたので。

 祭りの前に屋台を造ったのがひさしぶりの住居以外の仕事だ。

 ホウジョウ村が街となったいま、家以外を造りたいという希望は間もなく叶えられることだろう。

 ホウジョウの街の住人は200人を越えて、300人近い。

 役場や冒険者ギルドの支部など公的な建物のほか、祈りの場も必要だろうから。


「じゃあ近いうちにそのへんの話もしましょうか」


「うっす! 待ってるっすユージさん!」


 期待に目を輝かせてユージたちから離れていくトマスとその弟子たち。

 目の前にニンジンをぶら下げられて、今日も馬車馬のように働いてひたすら家造りである。


「行っちゃった……うーん、またみんなに相談しようかな。あ、コタロー、おかえり」


 さっさと去っていった木工職人組を見送るユージの下に、コタローが帰ってきた。

 オオカミたちへの帰還の挨拶が終わったらしい。

 ユージたちはコタローを加えて、再び歩き出すのだった。



「ユージさん、では私はここで。針子の工房や缶詰工場、他の工場にも荷を届ける必要がありますから。終わったらケビン商会の支店にいますので、何かあったらそちらへ」


「あ、はい。ここまでありがとうございました、ケビンさん!」


 ユージたちが開拓の初期に造った木の柵。

 いまでは形だけ残る第一防壁を越えたところで、ケビンが別れを告げる。


 ケビン商会ホウジョウ村支店と缶詰工場、針子の工房はすべて第一防壁の内側にある。

 というかここから先には、工場とお店のほかにはエルフ居留地とユージの家しかない。

 かつて内側にあった一軒家は、缶詰工場と針子の工房の拡大とともに、すべて取り壊されていた。

 これまで住んでいた住人は外側にできた住宅街に引っ越している。

 ここはホウジョウの街の中心地であり、富を生み出す秘密だらけの場所。

 防衛と秘密を守る観点から、ホウジョウの街はこうした造りになったようだ。


 ホウジョウ村の頃から主要産業だった衣料品と保存食の生産は、その規模を拡大させている。

 缶詰工場は第二工場、第三工場を建てて人員を増やし、その規模を大きくしただけ。

 様変わりしたのは、針子工房とそれに付随する産業だ。

 いまでは布を服にする針子の工房の他に、製糸工場と織布工場が併設されていた。

 ついにユージは、というか掲示板住人とホウジョウの街の鍛冶師は、水力紡績機を導入したのだ。


 成果は圧倒的だった。

 ケビン商会は綿花を仕入れてホウジョウの街に運んでくる。

 川と水車の力を利用して、製糸工場で綿から糸にする。

 鍛冶師と木工職人が造った織機で布にする。とうぜん飛び杼も導入されている。

 この世界では見たこともないデザインの服にする。

 ホウジョウの街だけ時代が進みすぎである。

 ここだけ産業革命である。

 蒸気機関を取り入れなかったのは、せめてもの掲示板住人の良心だろうか。


 工場を横目に眺めつつ、ユージは足を進める。

 やがてユージの目に、元いた世界ではありふれた一軒家が映る。


「ユージさん、それじゃ私たちは居留地に帰るから! またあとでね!」


「ユージ兄、アリスちゃん、リーゼも一回家に帰るね! あとで遊びに行くから!」


 ユージの家の前で、エルフのイザベルとリーゼ、ここまで旅に同行したリーゼの両親と長老たちが別れを告げる。

 エルフ居留地は、ユージの家の裏手にある。

 ともに旅をした6人のエルフは、ひとまずエルフ居留地に帰るようだ。

 エルフの少女・リーゼはまたユージの家に行く気満々のようだが。


「うん、またね、リーゼちゃん! ユージ兄、帰ろ!」


 やっと帰ってきた、と感慨深く家を見つめるユージの手を取って。

 アリスに引っ張られ、コタローに先導されて、ユージは家に帰り着くのだった。


 期間的には一ヶ月半と、それほど長くはない旅。

 だが国王と会って、貴族と会話をして、慣れないモテ期だったユージにとってはひどく長く感じられた旅。

 その終わりである。


「そうだねアリス、ウチに帰ろうか!」


 繋いだ手をギュッと握って。

 ユージは、家に帰るのだった。



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