閑話 11-18 NPO、ニート支援のまったりキャンプ開催に向けて動き出す

-------------------------前書き-------------------------


副題の「11-18」は、この閑話が第十一章 十六話終了後、という意味です。

話に影響はありませんが、時系列でいうとユージたちが旅に出た後のタイミングです。


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「みなさん、ちょっといいですか?」


「郡司先生、わざわざどうしました?」


 宇都宮市、県庁近くの雑居ビル。

 郡司法律事務所と同じビル、別フロアに居を構えるNPOに郡司の姿があった。

 みなさんと呼びかけられながらも、メインで対応するのはクールなニートである。


「何か問題でもありましたか?」


「いまサクラさんから連絡がありまして……ちょっと相談を」


 深刻な表情でクールなニートに投げかける郡司。

 郡司はなかなか表情が動かない男だが、さすがに付き合いが長くなってきたクールなニートは理解できるようになったようだった。



「……ということで、北条家周辺の土地を買い占めたいという申し出がサクラさんからあったのです。どうでしょう、本当にそれほどの騒ぎになると思いますか?」


「ええ、間違いなく」


 郡司が持ってきた話は、ユージの物語がドキュメンタリーとして放送され、後追いで検証番組が放送されるというものだった。

 クールなニートの後ろには事務所にいた面々が集まっている。


「郡司先生、すぐに動いてください。資金は……ユージの資産と、契約を終えて入ってきた分で足りますか? 銀行の融資は望めないでしょうから、足りなければサクラさんに相談するしかないと思いますが……」


「それほどですか?」


「ええ、間違いなく大騒ぎになるでしょう。あのあたりの地価はいくらなのか……ユージの家に繋がる道は私道か? ……そもそも家のまわりは農地か?」


 ブツブツと呟きながら考え込むクールなニート。後ろで話を聞いていた面々は、さっそくネットで検索をはじめていた。


「あのあたりなら……坪10万円は切るでしょう。調べてみます」


「郡司先生、可能な限り速く、可能な限り広く買い占めてください。農地であれば誰か農家を頼るなり、新規就農者を立ててでも」


「……わかりました。さっそく動き始めます」


「郡司先生、人手は足りますか? こちらから誰か出しますか?」


「いえ、ここは宇都宮ですからね。人手も伝手も、それなりにありますから」


 そう言ってさっそく席を立つ郡司。

 どうやら郡司法律事務所と株式会社セリシールは、忙しく動き始めるようだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「さて。こうなると、俺たちの動きも早めないとか」


「……たしかに。放送されたら人は集まるだろうけど、それもなあ」


「え? なんで? 人が集まるならそれが一番でしょ!」


「ミート、その手もあるが、最初はテストだ。できれば小規模でやりたい」


 NPOの事務所に残っていたのは、クールなニート、物知りなニート、元敏腕営業マン、名無しのミート。

 ユージが撮影した画像や動画の著作権を管理する会社には、郡司とコンビを組む弁護士と洋服組B、郡司が手配した事務員が常駐していた。

 洋服組Bがサイト制作に関わった無料のデザイン&型紙投稿&ダウンロードサイトは、株式会社セリシールの管理になっていたのだ。

 いまのところは地味だが、ユージのドキュメンタリーの放送が近づけば、この会社が忙しくなることは確定である。


 ちなみに株式会社にもNPOにも、事務所に出入りしない人員が存在する。

 仕事に合わせ、能力に合わせ、環境に合わせ、在宅で働いている者たちがいるのだ。いわずと知れた掲示板住人たちである。といってもいまはまだ企画書の作成や各種下調べ程度しか仕事はないのだが。


「最初に大きくやろうとして失敗したら目もあてられない。参加者は問題にしないだろうが……」


 チラリと壁側の大きなホワイトボードに目を向けるクールなニート。そこにはNPOが主催するキャンプオフの目標と、そのために必要な項目が書かれていた。


「継続してキャンプオフを開催すること。小規模でテストし、来年の春には宇都宮ともう一箇所で開催する。放送が冬あたりということだから、11月前後にはなんらかの情報が漏れてもおかしくない。撮影に関してはその頃には動いているだろうから。最初のキャンプは9月下旬の開催を目指そう」


 クールなニート、物知りなニート、名無しのミートが協力して作ったスケジュール。一ヶ月半前倒しが決まった瞬間であった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「NPO法人、ココカラ、ですか。初めて聞く名前ですね。意味はあるんですか?」


「まだ設立間もない団体です。名前はそのまま『ここからはじめよう』という意味と、ココロとカラダの再出発という意味でココカラとしました。とはいえ、名刺の裏の方がわかりやすいと思います」


「元ニート&引きこもりによるニート脱却のためのまったり支援団体。なるほど、それでココカラですか」


「ええ。そちらの方がわかりやすいのですが、やはり色眼鏡で見られますからね。法人名は少々かっこつけました」


 東京・六本木。

 商業施設、文化施設、ホテル、オフィスが集約された複合施設。

 そのオフィスタワーの一室に、クールなニートの姿があった。同行しているのはなぜか名無しのミート。謎の人選である。


「なるほど……それで、今日はどういったご用件で? いえ、部下が概要は聞かせていただいたようですが」


 応対しているのは、一人の女性とその上司らしき男。

 もともとのアポイントは部下であるその女性に取っていたのだが、たまたま上司が居合わせ、出張ってくれたらしい。女性は恐縮していたが、クールなニートには願ってもないことである。


「では、説明させていただきます。簡単に言いますと……ひきこもりやニートが集まるキャンプに、服を選んで購入できるブースを出しませんか?」


 クールなニートがかつてのコネを使って取り付けたアポイント。

 それは、キャンプオフのたびに何名かが買いに行っていた超大手洋服チェーン、その本部へのアポイントだった。




「……なるほど。概要は理解しました。しかし、なぜウチなんですか? 正直、個人店や小規模なチェーンの方がフットワークも軽いですし、この内容ならすぐに頷いたんじゃないですか?」


 クールなニートのプレゼンを聞いて男が冷たい目線で問いかける。もっともである。


 数秒の沈黙ののち、クールなニートが口を開く。


「御社のメリットは先ほどお伝えした通りです。参加人数と購入希望者、ひとり当たりの単価から試算した売上は大きく外さないでしょう。そして、御社から見ればたいした売上ではないことも理解しています」


 ゆっくりと、相手の目を見ながらクールなニートが言葉を紡ぐ。

 この男、一度は激務からくる鬱でココロを壊していたが、もともとは経営者を相手に仕事していたのだ。コンサル業からは外れるものの、こういった場には慣れたものであった。

 その横で名無しのミートは置物になっていたが。


「気を悪くされたら申し訳ありません。では、本音でお話したいと思います。まず、キャンプに参加するひきこもりやニートは……いえ。私たちは、ファッションがわかりません。希望することはただ一つ。外したくない、ということです」


「なるほど。まあウチはわりとベーシックなデザインを基本にしていますからね」


「そして……第一歩を踏み出した後。キャンプ参加者が全国各地に帰った後。同じ店が近くにある、ということが大事だと考えました。キャンプオフに出店していたブースで服を買えた。でも家に帰ったら近くにその店はない。それではまた買わなくなるでしょう。彼らにとっての小さな成功体験を継続させたい。それには全国に店があり、全店舗の接客が一定レベルを超えているチェーン店が最適なのです。そして、何よりの決め手は……」


「なんでしょうか?」


「ライフウェア。御社が掲げている言葉です。私たちの行動パターンとして、気に入ればいつまでも同じ店で買い続けることが挙げられます。それを考えた時に、ベーシックで、安く、全年代に向けて商品を揃えた御社との相性は良いと……いえ、おそらく。一社と想定した場合、御社しか存在しないでしょう」


 クールなニートの言葉を聞いた男女は無言であった。


「もちろん、同じ店で買い続ける行動パターンとは違う人間もいます。それでも。お願いします。出店いただけた場合、服を買いに来るのは引きこもりやニートたちです。自分に自信がなく、周囲の目に不必要に怯え、社会からはみ出した者たち。外に出ても変な目で見られないファッションというのは、彼らにとって大切なことです。彼らの、私たちの最初の一歩を手伝ってください。ライフウェアで目指してらっしゃる、豊かで快適な人生、その第一歩を」


 かつてのクールなニートは、情に訴えるプレゼンをする男ではなかった。


 目標を示し、メリットを提示し、数字を語り、マイルストーンとそのための行動を伝える。気持ちを語るのは、いかにモチベーションを管理するかという観点のみだった。

 たしかに企画書と質問がはじまる前のプレゼンではそれも語っている。最初の小規模キャンプ、テストのために無料で。成功すれば参加人数や売上の想定はこれぐらいの大規模キャンプを。そのタイミングで、スペースの広さによって出店料はこの金額を想定しています。とはいえ二回のキャンプの結果次第で、出店料や開催地、開催回数を検討する、と。


 企画に対して本部スタッフの食いつきがよくなかったからか。

 あるいは、ユージや掲示板の住人たちと接することで、クールなニートの何かが変わったのか。

 自称した「クールな」に似合わない、熱意と感情を込めた言葉であった。


 話を聞いていた女性は、上司である男を見つめている。その返答に期待を込めて。

 しばらく考えていた男はようやく口を開く。


「この場で即答はできません。予算の絡みもありますから」


「部長!」


「しばらくお待ちいただきたい。それと、一つお願いなのですが……」


「はい、なんでしょうか?」


「他のお店にこの話を持っていかないでいただけませんか? 正式なお返事は後日ですが……決裁、取ってみせましょう」


 どうやらクールなニートの言葉は、一つの企業を動かすことになりそうだった。


 ユージが希望した掲示板住人たちへの恩返し。

 そのためのNPOは、ようやく動き始めたばかりである。



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