閑話の閑話 ある女のお話

-------------------------前書き-------------------------


できましたら、閑話集 7の『第三回キャンプオフ当日part1&2』を読んでから今話をお読みください。


-----------------------------------------------------------



「先輩、ワタシちょっと緊張してきました。大丈夫かなあ……」


 お店の入り口に並んで立っている後輩が、私に話しかけてくる。

 この子、ちょっと心配性なところがあるのよね。


「大丈夫よ、ほら、無口な子供を相手にするんだと思って!」


 そう言って、腰のあたりをポンと叩く。

 私だって心配だけど、そんなこと言ってもしょうがない。


 恵美から電話がかかってきたのは一ヶ月前のこと。

 私が働くお店に知り合いを二人連れてくるから、オススメの服を教えてあげてほしい。軽い気持ちでオッケーした私に、恵美は続けて言ってきた。引きこもってた男たちなんだ、がんばってね、と。

 軽い気持ちで引き受けたことをちょっと後悔した。


 でも。

 服がないからって外に出るのをためらってたのよ、と聞いて火がついた。


 服が好き。オシャレが好き。

 その気持ちだけで、高校を出たら上京してアパレルショップで働いた。

 私がすすめた服を喜んでくれる人を見て、それがうれしくて、地元に帰ってきた今もけっきょく服屋で働いてる。

 あの頃とは違う、メンズもレディースも子供向けも売ってる大規模チェーン店だけど。

 オシャレして、外に出る。

 その楽しさを、少しはわかってもらえればいいな。


「ほら来たわよ。笑顔でソフトに。がんばりましょ!」


 後輩にささやいて、恵美とその連れを迎える。



「彼は似合うならオススメで決めちゃうって、それから彼も変わったデザインや色じゃなきゃなんでもいいって、二人とも予算は二万円で2セット以上ね!」


 挨拶もそこそこに、私たちに伝えてくる恵美。


 私が担当することになった男の子を見る。いや、男の子って歳じゃないかもしれないけど。

 ボサボサの髪、ダボッと太いジーンズ、くたびれたスエット、ノーブランドのスニーカー。

 緊張してるのか人見知りなのか、私とは目も合わせてくれない。


 ……これは、ちょっと強敵かも。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 スリムフィットのジーンズ一本とジャージ生地の黒のジャケット、グレーのパーカーとVネックのカットソーを2枚。あとは下着、靴下、肌着も何枚か。

 春と秋は中にパーカーを着てジャケット、夏はVネックにジャケット一枚で。うん、冬以外はなんとかなるはず!

 二万円なら余裕はある。太ってなかったから選べるし。

 はい、いいえぐらいは首を振って答えてくれたし。

 さあ、どうなったか。


「お客様、いかがですか?」


 試着室のカーテンの前で声をかける。

 サッとカーテンが開いた。


 うん、いいじゃない! 体型的にもバッチリ!

 接客用の笑顔じゃなくて、ホンモノの笑顔が出る。

 男の子は初めて私に目を合わせ、ちょっとほほえんでいた。

 少しだけドキッとする。


「お似合いですよ! あ、裾上げしますので、ちょっと失礼しますねー」


 私が動揺してどうすんのよ、と心の中でツッコミながらジーンズの裾をあげる。

 靴とカバンは気になるけど……いやでも、ウチでも売ってるけど、正直あれはちょっと……。

 ジーンズの裾上げしながら考えてたら、初めて男の子から話しかけられた。


「あ、あの……ありがとうございます」


 すごく小さい声。

 でもなぜか、私の心に届いた気がした。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「せ、先輩、ちょっと!」


「え? どうしたの? ほら、お客様がいるんだから走らない!」


 ごちゃっとした服をたたんでいる私のもとへ、慌てた後輩がやってきた。そのまま私の腕を掴み、小走りでお店の入り口へ連れていく。


「ほ、ほら、あれ見てください!」


 後輩の言葉につられて通路の先を見る。

 そこには、恵美とその友達のサクラさん、そして裾上げが終わった服をそのまま着ていった二人の男の子がいた。


「あ、髪、切ったんだ……」


「そうですよ! それに見てくださいほら、姿勢もちょっと変わってる!」


 テナントの美容院で髪を切ったのだろう。私が接客した男の子は、たしかに髪を切り、背筋が伸びていた。

 お店に来た時は下を向いて歩いていたのに、いまは前を向いている。

 目線はあいかわらず下だけど。


「先輩、ワタシ、この仕事しててよかったです」


「そうね……」


 ちょっと涙声の後輩。

 私は、声が震えているのを隠せただろうか。


 服が好き。オシャレが好き。

 それだけではじめたアパレルの仕事。

 あの男の子たちは、服を買って、髪を切ってオシャレして、外に出る楽しさを少しは感じてくれたかな。


 気がつけば、お店にいたほかのスタッフも彼らの姿を見に来ていた。

 私たちの仕事は、誰かの役に立ってるんだ。

 たぶん、お手頃価格でどこにでもあるチェーン店だからこそ。



 この日以降、お店の売上が上がっていったのは、たぶん偶然じゃないと思う。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「あ、恵美? ひさしぶり! 今年はちょっと早くない? ああ、うん覚えてるよー。二年前の男の子でしょ?」


「ママ、どうしたの? お友達?」


「うん、友達から電話なの。ひなこ、ちょっと待っててね」


 恵美からの電話は、二年前から毎年恒例になった「知り合い」を連れてくるお話。

 最初の年は二人だったけど、去年は五人。

 気づけば平日にはありがたい売上になっていた。

 でも売上より、店員オススメの服を着ると少しだけ前向きになる男たちは、スタッフのモチベーションを上げるいい機会になっていた。


「メール? うん、いいよー。私でよければ服のアドバイスするし。さすがにウチの店だけってわけにも、ねえ」


 私が働くチェーン店は、ふだん外に出ない人たちが買いに来るにはいいお店だと思う。

 ベーシックだし、安いし。

 でもやっぱり、オシャレを楽しむならウチのお店だけじゃ限界がある。

 ちょっとでも興味を持ってくれたらうれしい。

 そう思って、私は自分でも驚くぐらいあっさりオッケーを出した。


 それが、あんなことになるとは知らずに。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ひさしぶり! 早く着いたと思ったんだけど……もしかして、待たせちゃったかな?」


「い、いや、俺もいま来たところで……」


 宇都宮駅のペデストリアンデッキ。

 先に来ていた男の子に声をかける。


 二年前に一度会ったきりだけど、すぐにわかった。

 だってあの時にオススメした服を着てるんだもの。

 メールでは普通だったからそのまま声をかけちゃったけど、文也くんはきちんと答えてくれた。


「さて、今日は服のほかに、カバンと靴もだったよね? 時間は大丈夫かな?」


「あ、はい、そうです。はい、夜は宇都宮の森林公園っていうところでキャンプなんですけど、夕方に合流する予定で……」


「充分! よーし、お姉さん張り切っちゃうぞー」


 思ったよりも自然に会話してくれる。

 二年前と比べたら、すっごい進歩だと思う。

 ちょっと不安だったけど、テンションはこれでいいみたい。

 お姉さんは自分でもどうかと思うけどね!



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 文也くんを連れていったのは、佐野にある大型アウトレットモール。

 那須と迷ったけど、宇都宮線ぞいの埼玉に住んでるっていうならやっぱりこっちでしょう。文也くんの家からは車で30分ちょっとだし、一度行っちゃえば私がいなくても一人で来られるはず。


 靴はカジュアルでもカッチリ系でも合うデザートブーツを選び、次に行ったのはセレクトショップ。

 文也くんはまだ25才だから、このへんが合うはず。

 カバンを選び、私がオススメした服を持って、文也くんは試着室へ。


 この二年で文也くんはバイトをはじめたらしい。

 高校を中退して引きこもって。外に出るようになってから、二年で働きはじめる。

 素直に尊敬した。

 私は、どん底から立ち直るのにもっと時間がかかったから。

 ううん、ひょっとしたらいまも強がってるだけかもしれないけど。


 そんなことを考えていたら、試着室から音が聞こえなくなっていた。


「文也くん、どう? 開けてもいい?」


「あ、加奈子さん。はい、もう大丈夫です」


 そういえば二年前は、開けてもいいかって聞いても無言だったなあ。そんなことを思いながら、私はカーテンを開ける。


「失礼しまーす」


 試着室から出てきた文也くんは、はにかんだ笑顔で私を見ていた。



 二年前、初めてお店に来た時。

 文也くんは下を向いて自信なさそうにしていた。

 服の好みを聞くために話しかけても、無言で首を振ったりうなずいたり。

 私がオススメした服を着て、ちょっとだけほほえんでくれたのを覚えてる。


 あれから二年経って。

 文也くんは、私とメールも会話もできるようになった。

 あれからは外に出て、バイトもはじめたらしい。

 セレクトショップで選んだ服は、よく似合っていた。

 胸を張って、私を見て、照れくさそうにはにかんでいる。


 それがすごくかわいくて。

 それがすごくうれしくて。


「うん、思った通り! よく似合ってるよ、文也くん!」


 ごまかすように私は褒める。

 大丈夫、きっと気づかれてない。



「お客様、いかがでしたかー?」


 店員さんの声に助けられた気がした。


 うん、大丈夫。

 きっと、これは恋じゃない。


 文也くんは、7つも下なんだから。

 25才ならまだこれから。

 バツイチ子持ちで32才の私じゃちょっとね……。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「あ、ママ、帰ってたんだ。なんで電気つけてないの? ただいま!」


「おかえりひなこ。ほら、手を洗ってきなさい」


 ランドセルを置いて、はーい、と洗面所に向かうひなこ。

 9才になったひなこは聞き分けのいい良い子に育ってる。この子のためにがんばらなきゃと思ってたけど、私の方がひなこに元気づけられてる気がする。


「それでママ、どうだったの? 男の人とお出かけだったんでしょ?」


「う、うん……」


「ママ、隠しごとはダメだよ! ひなこにいっつも言ってるくせに!」


「もう、ひなこったら」


 ひなこが帰ってきたら、夕飯の支度をはじめるまでおしゃべりの時間。

 まだ小さい頃から続けてきたそれは、最近はすっかりガールズトークの場になっている。

 女の子は成長が早いって聞いてたけど、ここまでなんてね。

 昨日のおしゃべりで問いつめられて、男と二人で出かけるんだと漏らしてしまった自分を恨むわ。


「ひなこ、ママね……恋しちゃったかも……」


「ええっ!? どんな人なの? かっこいい?」


「うーん、かっこよくはないかなあ。それに、年下だから付き合うつもりはないのよ」


「ええーーーー!」


 ほっぺたをプクッと膨らませて、ひなこが不満をアピールする。

 ふふ、こういうところはまだ子供ね。


「ママ、つぎはひなこもいっしょに行く! ひなこがチェックしてあげる!」


「ええー?」


 さっきまでのひなこをマネして、今度は私が頬を膨らませる。こんなとこ、ほかの人に見られたら恥ずかしすぎるけど。


「えっとね、かっこよくなくてもいいの! ママを泣かせないやさしい人か、ひなこがチェックするんだから!」


 ドキッとした。

 動揺を隠して笑顔を作り、ひなことおしゃべりを続ける。


「でも、ママより7才も下なんだよ?」


「えっと……25才だ! だいじょーぶ、ママはわかくてかわいいもん!」


 ガバッと私に抱きついてくるひなこ。

 ぎゅっと抱きしめて、ひなこの体温を感じる。


 ふふ、ひなこから大丈夫って励まされちゃった。

 今度。

 今度は、ひなこも一緒に連れてってみようかな。


 テーブルの上のスマホがメールの着信を知らせるのを見て、私はちょっと乗り気になっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る