閑話集 8
閑話 11-17 針子見習いの三人、開拓地で忙しい日々を過ごす
-------------------------前書き-------------------------
副題の「11-17」は、この閑話が第十一章 十六話終了ごろぐらいという意味です。
前段はさらに過去の話ですが……
ご注意ください。
-----------------------------------------------------------
プルミエの街から二日離れた小さな開拓村。
そこに三人の娘の姿があった。
そして、同年代の三人娘は両親や村長の悩みの種だった。
素行が悪いわけではない。
農作業を手伝い、日が暮れた夜や冬は家で針仕事を手伝う。
幼い頃から三人の仲は良く、他の村人とも大きなケンカはなかった。
問題はただ一つ。
全員、女性であること。
そして、たまたまこの村の同世代に男がいないことだった。
かつての日本でも、田舎の小さな村では稀におきたことである。まあ現代日本では近くの都市圏に引っ越してしまうため、問題になることはないだろうが。
同世代に男がいない女性三人が、口減らしも人売りもなくここまで育ったのは幸いである。村の生活が苦しくなれば、三人は一番に候補に挙げられたことだろう。
この開拓村はそこそこ安定していたようだ。
「お母さん、私たち、プルミエの街で仕事を探そうと思うんだ」
「え? この家を出てくのかい?」
「うん……寂しいけど、この村じゃ結婚もできないでしょ? 村長はどこかの村から婿入りしてくれる人を探してるみたいだけどさ。やっぱり一度くらい街で生活してみたいし!」
「しょうがないのかもしれないねえ。私ら三人が妊娠して、産まれてくる子がみんな女なんて……イタズラ好きな神様もいたもんだよまったく。じゃあ、村長に街で仕事のアテがないか聞いておくよ」
「へへー、実はもう聞いてるのです! 村に来る行商人のおじさんが、ケビン商会ってところに話してくれるって! お母さん、前にこの村に来てたケビンさんって行商人を覚えてる? あの人が、いま商会を作って手広くやってるんだってさ!」
「あらまあ、あの行商人さんがねえ。ホント、この子はちゃっかりしてるんだから」
三人の女の子たちが18才になった秋、それぞれの家庭で交わされたのはこんな会話だったという。
秋の収穫を終え、冬を迎えて村が雪に閉じ込められる前。
作物の買い取りと冬前の販売にやってきた行商人と護衛。その帰路に同行し、三人の娘はプルミエの街に旅立つのだった。期待に胸をふくらませて。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ほうほう、開拓村育ちで、農作業も針仕事もできる……読み書きと計算はどうでしょうか?」
「読み書きはちょっとだけ……計算は……」
「私、計算もできます!」
「あ、ちょっとズルいわよ!」
プルミエの街、ケビン商会の応接室。
そこには商会の会頭のケビンと三人の女の子の姿があった。
プルミエの街の雑多な色彩、さまざまな人種に圧倒されていた三人は、ケビン商会を目にしてさらに驚きを見せる。
なじみの行商人に連れてこられたケビン商会は、三人が予想していたよりもはるかに大きな建物だったのだ。
「素晴らしい! ところで、三人は揃ってお仕事することをご希望ですか?」
「ええ、まあできれば……」
「なるほどなるほど。そういえば、プルミエの街は人も多いし、みなさんがいた開拓村と比べたら治安もよくないですよねえ」
「そうなんですよ、さっきお金をスられそうになっちゃって! 行商人の護衛さんがすぐに犯人を捕まえてくれたからよかったんですけど……」
「そんなことがあったんですねえ」
ニコニコと笑顔を浮かべて話を聞くケビン。完全にケビンの思い通りの展開である。
だが、農村育ちの三人はそんなことに気づかない。交渉ごとなど考えたこともないのだ。
「そうですね、いまケビン商会は服飾にも力を入れてまして、針子を募集していたんです。まずはこの冬、商会の店員として働きながら簡単な読み書きや計算を覚えるのはいかがでしょうか?」
「え? いいんですか? ぜひお願いします!」
「ええ、こちらこそお願いします。春になりましたら……針子の先生と、三人一緒に生活できる安全な住居を提供しますね」
ニッコリと笑って宣言するケビン。
ケビンの言葉を聞いた三人はやったあ! と歓声をあげて喜んでいた。
読み書きや計算を身につけ、店員として接客を学び、そのあとは針子として働ける。しかも安全な住居を提供してもらえることに大喜びしていた。無邪気なものである。
研修期間が終わる春以降の勤務地について、ケビンは触れていなかった。この世界に労働基準法はないのだ。
むしろ商会の従業員に安全な住居を提供するケビンは優しい経営者であった。この世界では。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「はあ……せっかく街で暮らせると思ったのに……」
「もう、いまさらしょうがないじゃない!」
「そうよ、それにほら、開拓地には3級冒険者4人と5級冒険者が5人もいるんだって! 私たちの村よりこの街より安全じゃない!」
「でもさあ……せっかくカワイイ子もイケメンもいっぱいいたのに……」
「うっ」
「ほ、ほら、あの男たちが開拓地に行く人たちじゃない? カッコ……よくはないか……」
冬の間にケビン商会で簡単な読み書きと計算を覚え、店員として接客する。言ってみれば研修期間を終えた三人は、プルミエの街の門前に集まっていた。
旅装や生活用品を渡され、ケビンに告げられたのだ。
では、針子の先生は開拓地にいますので。護衛もつけますし、安全な開拓地で針子としてがんばってください、と。
問答無用の転勤である。
まあ提示された給金と開拓地の戦力を聞いて了承したのは三人なのだが。
この世界に労働基準法はないのだ。
というか給金を弾む分、ケビンは優良な雇い主であった。
「あ、ほら、ケビンさん来たわよ! あの人たちが開拓団の人かな? え?」
「な、なんか……あの女の子、すごいカワイイ服着てない?」
「なにあの子たち! 二人ともかわいすぎる!」
それまでの暗い雰囲気を吹き飛ばすようにテンションをあげる三人。
18才の女の子だからか、それとも針子見習いという職業のせいか。
待ち合わせ場所にやってきたアリスとリーゼの姿を見て、これまでの悩みは吹っ飛んだようだ。
開拓団長のユージはあっさりスルーされていたが。
そして、元5級冒険者の五人はさっそく顔で不合格判定されていた。挽回してほしいものである。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ねえねえ、それで昨日の二人はどうだったの?」
「うーん、気遣いはしてくれるし、女の子として扱ってくれるんだけど……ちょっとズレてるのよねえ」
「あの二人もか……やっぱり、元冒険者だとしょうがないのかなあ」
「まあ女慣れしてないってのはいいことなんじゃない?」
開拓地・ホウジョウ村のかつての共同住宅。いまは開拓民のうち女性陣の住居と、針子の作業所として活用されている建物。
その中は、ガールズトークの場になっていた。
ここにいるのは五人。
移住してきた針子見習いの三人の独身女性。
奴隷から自分を買い取り、ドミニクの嫁となった一人。
そして黒一点、針子見習いの四人を指導する針子のヴァレリーである。
ヴァレリー指示のもと、手を動かす四人。
手を動かしながらも、同郷の三人の乙女は口も動かしている。器用なものだ。
ちなみに手を動かしている限り、ヴァレリーは女性陣に何も言わなかった。新妻のユルシェルにナニかを縫い付けられることを恐れていたわけではない。女性だらけの職場では、話しかけられない限り置物になるのが一番であると知っていたのだ。針子として働きはじめて以来、磨かれ続けてきたヴァレリーの特技である。
このところの話題の中心は、開拓地周辺の探索について。
まあ探索そのものではなく、ローテーションで同行する五人の独身男のことなのだが。
元3級の『深緑の風』から一人、元5級の五人から二人、針子見習いから一人、出張できている鍛冶師チームから一人。
おおよそ一日おきに五人組を作り、開拓地周辺で使えるものがないか探索しているのだった。いまのところ、めぼしい物は見つかっていないようだ。
目的は使えそうなものの探索である。決してお見合いではない。たぶん。
「そういえば……ドミニクさんって、あの無口な人ですよね? どうやって口説かれたんですか?」
「彼は……私を気づかってくれたの。言葉じゃなくて、行動で」
そんな言葉を聞いて、キャー! と盛り上がる三人娘。
騒がしいが、ヴァレリーは無言である。まだ女性陣の手は動いているようだ。
「そ、それで、告白はどんな感じだったんですか? やっぱり、こう……壁際で、ドンって手をついて?」
壁ドンである。
嫉妬のあまり殴る方の壁ドンでも、うるさいと知らせる方の壁ドンでもない。
女性誌がいうところの壁ドンである。
「ある日、彼が花束を持ってきて、私の前にひざまづいてね。結婚してほしいって」
「うわあ、直球じゃないですか! しかもそれまであんまり会話してなかったんですよね?」
「ええ。でも、彼の優しさはわかってたから」
「キャー! それでそれで、なんて答えたんですか?」
「私は奴隷です。いつか奴隷じゃなくなった時には、って」
「うわあ、ちょっと憧れちゃう! 恋の奴隷ってわけですね!」
たぶん違う。あと古すぎる。
ガールズトークは盛り上がっているが、ヴァレリーは何も言わない。
これだけ話に夢中になっていても女性陣の手は動いているのだ。
もはや魔法である。たまに似たような魔法を使える女性は現代日本にもいるようだが。
「あなたたちはどうなの? もういい人見つけたかしら?」
微笑みながら三人の女性に質問するドミニクの嫁。愛されていることを実感している新妻の余裕である。
「いやあ、それがまだ……」
「みんな優しいんですけど、イマイチ決め手がないんですよねえ」
「私は決めたわ! マルクくんにする!」
「え? あの子、犬人族よ?」
「それに年下でしょ?」
「よっつしか変わらないじゃない! 愛があれば歳の差なんて! それにあのフワフワの尻尾がいいのよねえ……家族や恋人にしか触らせないって言うし……」
うっとりとした目で口にする女性。どうやら一人は狙いが定まったようだ。
「そ、そう……がんばってね?」
「ほ、ほら、尻尾を出しやすいズボンとか作ってあげたら喜ぶんじゃない?」
ちょっと引き気味に答える二人の女。どうやら三人は同郷だが、ケモナーは一人だけだったようだ。
「ああ、それならもうデザインが届いてるよ。えーっと、ああこれこれ」
終始無言だったヴァレリーが、手を止めてデザイン画集から一枚の紙を抜き出す。
掲示板の住人たちとアメリカ組から送られてきたデザイン画と型紙。縫製して服になったのはまだ数点であり、製作待ちの服は大量にあったのだ。そのための針子の増員と教育なのだが。
「すごい! なにこれ、かわいすぎる!」
差し出されたデザイン画を奪い取り、食い入るように見つめる女性たち。さすがに手が止まっている。
「これはそれほど難しくないよ。そうだなあ、真面目に勉強すれば夏ぐらいには作れるようになるんじゃないかな」
そう言ってサッとデザイン画を奪い返すヴァレリー。視線を上げて四人の女性たちを見る。
これまで村はもちろん街でも見たことがない服が描かれたデザイン画集。そして、このまま勉強すれば自分で作れるようになるという言葉。
四人の針子見習いたちは、目を輝かせるのだった。
ユルシェルに置いていかれた針子の男・ヴァレリー。
どうやら女性だらけの職場での身の置き方も、モチベーションの高め方も知っているようだった。
開拓地の春。
三人娘のほのかな恋心や、オシャレへの関心は仕事のモチベーションへ。
ホウジョウ村の主産業のひとつとなる服飾業は、さらに加速していくのだった。
独身のユージの姿がないままに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます