第一話 ユージ、映画化の話をサクラから聞かされる

「おっ、サクラからメールだ。……え? はい?」


 今日も今日とてユージがパソコンの前に座り込んだ時のことである。

 メールチェックしたユージは、妹のサクラからのメールが届いていることを知る。

 そして、固まった。

 内容を読んだのだ。

 おりしも外はこの冬はじめての吹雪。

 ユージの部屋の中にまで、轟々と唸る風の音が聞こえてくるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 サクラのメールを読んだユージは、しばしフリーズしたのち、Sky○eを開いてサクラを呼び出す。通話ではなくグループチャットである。音声はこれまで同様、聞き取れないのだ。



ユージ:サクラ、メール見たよ。いまだいじょうぶ?


サクラ:お兄ちゃん! やっときた! 大変なのよ!


ユージ:それで……ホントのことなの?


サクラ:そうなの! ルイスくんの紹介で顔が広いご夫婦に会ってパタンナーさん紹介してもらったら、ご夫婦がプロデューサーと脚本家で


ユージ:お、おう。サクラ、ちょっと落ち着こう


サクラ:あ、ごめんお兄ちゃん。まだちょっとビックリしちゃって。というかユージ兄、冷静だね?


ユージ:いやあ、実感がわかなくてさ


サクラ:まあそりゃそうだよね。それでお兄ちゃん、ハリウッドで映画化……どうする?


ユージ:んんー、俺はどっちでもいいよ。もしかしたらそっちに何か知ってる人がいるかもしれないし、映画化して話題になるんだったらそっちの方がいいかなあ


サクラ:そっか……。そうだよね、うん。はしゃいでる場合じゃないよね


ユージ:でも、これまで通り画像とか動画とか情報は掲示板にアップできるようにしてほしい


サクラ:うーん、どうしても?


ユージ:うん。みんなにはお世話になってるからさ。というか、みんながいなきゃ死んでてもおかしくなかったぐらいだから


サクラ:お兄ちゃん……


ユージ:だからさ、そこは譲れないんだ


サクラ:うん、わかった。でも映画化は決定じゃなくて、これから映画にするかどうか検討期間に入って、その間ほかのところで映像化しませんっていう独占契約? を結ぶらしいんだ


ユージ:ほうほう


サクラ:お兄ちゃん、あんまり興味ないね?


ユージ:お、おう……


サクラ:わかった。郡司さんとその辺に強い弁護士の先生と、こっちで詰めておくね。あと譲れないことはあるかな?


ユージ:いや特に……あ、キャンプオフの援助は続けたいんだ。これでお金が入ればまた余裕ができるかな?


サクラ:お兄ちゃん……そんなレベルの額じゃないよ……。いや、検討しただけで終わったらそこまでじゃないけど……


ユージ:え? マジで?


サクラ:うん。あとキャンプオフの援助のほかに、支援できることはないかっていま郡司さんたちが考えてるって


ユージ:そっか! うん、お金もらってもこっちで使い道ないしね


サクラ:うん。じゃあまた動きがあったら連絡するから! あ、あとこの話はまだ秘密だからね! 掲示板にもあげないように!


ユージ:おう、わかった!



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「映画化、かあ……なんか実感わかないなあ」


 パソコンを前に首を傾げるユージ。ふうっと一つ息を吐き、だらりとイスにもたれかかる。難しいことを考えるのはやめたようだ。

 ユージの部屋で丸くなっていたコタローがそんなユージに駆け寄り、イスに登ってユージの腰に座り込む。


「お、おおうコタロー、どうした? 珍しいな。っていうかコタロー、なんかやっぱり大きくなってない? ちょっと重くなったような……」


 そんな言葉に、コタローはカプっとユージの手を甘噛みする。おんなのこにたいじゅうのことはいっちゃだめ、と言いたいようだ。デリケートなメスである。


「ごめんごめん。なあコタロー、俺たち映画になるかもしれないんだってさ。どう思う?」


 ゆっくりとコタローの頭を撫でながら話しかけるユージ。

 答えるようにワンッと吠えるコタロー。そう、いいんじゃないの、とまんざらでもなさそうな返事であった。


 ユージがこの世界に来てから4度目の冬、そのはじまりを告げる吹雪の夜は、こうして過ぎていくのだった。

 ハリウッドで映画化するという嵐のような話を、実感がわかずに受け流すユージを残して。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージ兄、おはよー! あれ? どうしたの? おしゃしんとるの?」


 ユージがサクラから映画化の話を聞いた翌日。

 さっそくユージは家の中でもカメラをまわしていた。

 とにかくいろんなものを撮影しておくように、という指令がサクラから下されたのだ。

 もっともユージは、持っているカメラで撮影した動画を編集して映画にすることが厳しいことなど知るよしもない。

 いかにユージの父が写真が趣味でいいカメラを使っていたとはいえ、映画に使う機材とは天と地ほどレベルが違うのだ。ユージのカメラでは、がんばってもテレビに使えるかどうかというところであった。


「違うんだ、アリス。俺たちが映画になるかもしれないんだって!」


えいが・・・って、ユージ兄のぱそこん・・・・でみたシンデレラみたいなヤツ!?」


「うーん、どうなのかなあ……まだわからないんだけど……」


 ユージの言葉は聞こえなかったのか、アリスはすごい、すごーいなどとはしゃいでいる。

 アリスと手を繋いでいたリーゼはポカンとしていた。話が聞き取れないリーゼの前で、いきなりアリスがはしゃぎだしたのだ。驚いて当然である。

 アリス先生の現地語講座は、ようやく挨拶の授業を終えたところなのだ。


『ユージ兄、アリスはなんで喜んでるの? リーゼにも教えて!』


 そんなリーゼの言葉を聞いて、イチから説明をはじめるユージ。

 だが、リーゼはいまいちよくわからないようだ。当たり前だ。リーゼは映画も写真も動画も知らないのだ。ただ首を傾げるばかりであった。

 ユージの拙い説明にあきれるように、コタローがワンワンッと吠える。ほらほら、いいからいまはかいたくをはじめるわよ、と言っているかのようだ。もっとも、その言葉は誰にも理解されなかったが。犬なので。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「来たかユージさん、ってどうした?」


「ああいえ、気にしないでください」


 家を出たユージが向かったのは、日課である朝の訓練。

 到着するやいなや、ユージはさっそく三脚を立て、お手製の黒い衝撃吸収外装に覆われたカメラをセットしていた。三脚が倒れないよう、脚の間に木を巻き込んでロープで縛る念の入れようである。


 不審に思った元冒険者パーティのリーダー、ブレーズがユージに問いかける。

 が、ユージは心ここにあらずのそっけない返事である。

 お、おう、まあいいか、と流すブレーズ。ときおり見せるユージの奇行はいまにはじまったことではないのだ。


「これでよし! っと。お待たせしました、じゃあはじめましょうか!」


 ユージがまだコタローと一人と一匹の時からはじめていた朝の訓練。それはいまや、8人か9人、ケビン一行がいる時はそれ以上の人数になっていた。

 元冒険者パーティの四人、犬人族のマルク、ユージ、アリス、リーゼ、ときどき猫人族のニナ。ケビン一行が開拓地にいる時は、これに加えて専属護衛の二人、あるいは冒険者三人組。

 ちなみにアリスとリーゼは、コタロー先導のもと訓練場のまわりを走ったり、ユージ監督のもと魔法を使ったりが日課であった。


 そう。

 エルフの少女リーゼは、魔法が使えたのだ。

 アリスとは異なり、得意なのは水魔法と土魔法。

 ユージが話を聞くと、エルフはこれに風魔法を加えた三種類のどれかが得意で、火魔法はたいてい苦手らしい。

 それを聞いて、うわあ、エルフっぽい、と言ったのはユージである。もっとも、ユージのイメージは日本産のゲームや小説が中心なのだが。


 ともあれ。

 こうしてユージは開拓地で冬の日々を過ごしながら、さまざまな映像を撮りためていくのであった。

 機材の関係で、映画には使えないことをユージが知るのはまだ先のお話。

 もっとも映画そのものに使わずとも、映画化をくわだてているプロデューサーにはアイデアがあるようだが。

 そのことをユージが知るのも、まだまだ先のお話であった。



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