『第十章 村長兼防衛団長ユージは開拓団長の仕事をする』
第十章 プロローグ
うっすらと雪化粧をはじめた森。
静けさを破るかのように、女の子の元気な声が響く。
「やったー! これがソリなんだ! ねえトマスおじさん、アリス乗ってもいい?」
「アリスちゃん、気が早いっす。頑丈に造ってるから乗っても大丈夫っすけど、雪がまだ……」
完成したばかりの木製ソリに手をかけ、満面の笑みを浮かべて木工職人のトマスに問いかけるアリス。
横にいるエルフの少女、リーゼは無言ながらも明らかに期待した目でトマスを見つめている。
コタローはすでにソリの前方にスタンバっていた。引く気満々である。犬なので。
対するトマスは困り顔。冬はまだはじまったばかりで、雪はうっすらとしか積もっていないのだ。木の根や大きな岩はいまだ剥き出し。ところどころ土も見えている。いまソリを使ったらさっそく壊れること受け合いだった。
「まだだってさ……。アリス、リーゼ、もうちょっと我慢しような……」
木工職人トマスの言葉にがっくりと肩を落とす男。ユージである。
33才だが、ソリ遊びを楽しみにしていたようだ。童心を忘れないおっさんなのだ。いや、子供たちが喜ぶ姿を見たかったのだろう。きっと。
ユージがこの世界に来てから4年目、4回目の冬。
第一次開拓民の面々とエルフの少女リーゼを迎えた初めての冬は、ユージとアリス、コタロー、獣人一家にとって初めてのにぎやかな冬となるのだった。
「こんにちはー。あ、今日は商売用の服を作ってるんですね」
「ええそうよ、私、気づいたの!
針子の二人の作業テントを訪れたユージに、ハイテンションなユルシェルが返事をする。横ではヴァレリーが苦笑していた。
針子の二人が作っているのは、頑丈な布を使った販売用のジーパンとオーバーオール。たしかに冬の間は街との行き来がほぼ不可能になるため、布の補給はない。いまある布を使い切ってしまえば、趣味に走ってもケビンに怒られることはないのだ。もっとも、ケビンが想い人に贈るためのドレスを春までに完成させることはマストだが。
そ、そうですか、と引き気味のユージ。
ユージについてきたアリスとリーゼも、ジーパンとオーバーオールには興味がないようだった。テントに入る前は目を輝かせていたのに現金なものだ。だが仕方あるまい。二人の女の子は、ユージの妹サクラの服を着こなしているのだ。ドレスや新しいデザインの服はともかく、かわいげがなく、サクラの私物より質が劣ったジーパンやオーバーオールは女心をくすぐらないようだった。おしゃまな子供たちである。
ふたたび開拓地をウロウロするユージとアリス、リーゼ、コタローの一行。
遊んでいるわけではない。ユージは開拓団の団長として、このホウジョウ村の村長として、防衛団長として見まわっているのだ。いや、見まわっているつもりなのだ。これも立派な長の仕事なのだ。たぶん。
ユージの奴隷、犬人族のマルセルとその息子のマルク、それから元冒険者パーティの男三人は木々の伐採に取りかかっていた。木の根はひとまずそのままに、ただひたすら木を伐り、枝をはらう作業中である。
春になれば、第二次開拓団の移住が予定されているのだ。住居はひとまずテントで済ませるにしても、テントを立てる場所、農地、作業場所。開拓地にスペースはいくらでも必要なのだ。すぐに使えないとはいえ、木材も切り出して乾燥させておく必要もある。
「みなさん、お疲れさまです!」
「ああ、ユージさま、ちょうどよかった。みなさん、休憩にしましょうか」
伐採チームに声をかけたユージの手には、大きな水筒があった。ユージ家でお湯を沸かし、森から採取した葉で作ったお茶を持参してきたのだ。冬のはじめとはいえ、すでに外は寒い時期。体を温める飲み物はなによりのごちそうであった。
「やっぱり一人でやってた時と違って伐採のペースが速いですねえ」
「そうですね、元冒険者のみなさまは力もありますし。この調子だと、そろそろ村のどこに何を作るか、決めておいた方がいいと思いますよ」
持ってきたお茶を飲みながら会話を交わすユージとマルセル。
マルセルはユージの奴隷だが、開拓地で農作業の知識があるのは彼だけだ。奴隷でありながらも、木々の伐採や農業はマルセルが中心となって指示を出していた。
近い将来のことを話し込む二人から離れたところでは、アリスが元冒険者たちと話をしていた。ねえねえ、アリスがまた根っこのところの土をえいってやろうか? いや、これから雪が降って穴が見えなくなったら危ない、春になったらな、などと元冒険者チームのリーダーと話している。
そんなアリスと元冒険者たちの横には所在無さげにたたずむリーゼがいた。言葉がわからないため、通訳できるユージがいないと雑談もままならないのだ。
リーゼの視界に入らない後方では、自分のお茶を持ってウロウロと挙動不審なマルク。リーゼに話しかけたいようだが……。言葉は通じない、でも、などともじもじしていた。事案である。いや、年齢的には近いため日本でも通報はされないだろうが。
「あれ? ニナさんとセリーヌさんは?」
ユージがふと見渡すと、マルセルの妻で猫人族のニナ、元冒険者パーティのリーダーの妻で弓士のセリーヌは伐採チームにいないようだった。
「ああ、荷運びができるソリもできたし、今年の冬はユキウサギを狩りまくるって張り切って二人で下見に行ったぞ」
ユージの問いかけに答えたのは、元冒険者パーティのリーダーのブレーズ。弓士の夫である。
この冬、人妻の二人は狩りに集中するつもりのようだった。文字通りの肉食系である。
話を聞いていたのか、コタローの目が輝き、ぶんぶんと尻尾が振られる。わたし、わたしもかりまくるわ! といまにも飛び出さんばかりである。ここにも肉食系女子がいたようだ。文字通り、というか系ではなく肉食なだけなのだが。犬なので。
ともあれ。
ユージがこの世界に来てから4年目、4回目の冬。
これからおよそ三ヶ月ほど、雪に降りこめられた開拓地は孤立する日々が続く。
その開拓地にいるのは、7世帯15人と一匹、8羽の鶏。
去年の冬と比べたら格段に人数は増えている。
エルフの少女、リーゼを迎えた今年の冬は、どうやらにぎやかなものになりそうだった。
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