閑話8-1 マルクくん、がんばる。2

-------------------------前書き-------------------------


副題の「8-1」は、この閑話が第八章 一話目ぐらいの頃という意味です。


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 カンカンと木がぶつかり合う音が響く。

 早朝の開拓地。

 木剣を使った訓練を行う一団がいた。


「よしっ、坊主、その感じだ。待ち構えるんじゃなくて足を活かすんだ」


 元3級冒険者パーティの四人が行う朝の訓練。開拓地に移住してからも続いていたそれに、犬人族のマルクが加わっていた。ユージは街に行っているため不在だが、いつもはユージも訓練に参加している。


 はあ、はあと膝に手を当て、荒い息を吐くマルク。体がまだできていない13才の彼にとって、引退したとはいえ一流の冒険者が行う訓練は厳しいものがあるようだ。それでも、着実に上達している。それがマルクの心の支えだった。


「どうしたマルク、もう終わりか! そんな子に育てた覚えはないぞ!」


 木陰からマルクの父、ユージの奴隷である犬人族のマルセルの声が響く。なぜ木陰にいるのかは謎である。陰から見守りたいのか応援したいのか、意味がわからない。

 その横にはマルクの母、猫人族のニナの姿もあった。彼女は時おり弓を持って訓練に参加するが、今日は見守ることにしたようだ。気まぐれな女である。猫なので。いや、猫人族なのだが。


「もう一回お願いします!」


 顔を上げたマルクが、キッと鋭い目で元冒険者パーティのリーダーに声をかける。凛々しい姿である。もっとも、その見た目は二足歩行するゴールデンレトリバーであった。

 よーし、その意気だ! と受ける男。訓練はまだまだ続くようだ。



「あ、ありがとうございました!」


 ハッハッハッと荒い息で、訓練の終わりを告げた元冒険者たちにお礼を言うマルク。

 言い終えて力つきたのか、ごろんとその場に横になる。力なく垂れる尻尾。二足歩行をやめたマルクは、服を着た犬であった。


 マルクはいま、腕に固定するタイプの小盾と小剣のスタイルを元冒険者たちに鍛えられていた。犬人族の足を活かし、動きまわって攻撃を防ぐためだ。前に出て防げ、受けてから横にずらせ、とやたらレベルが高いことを求められていたが。


 ようやく体力が回復したのか、のそのそと起き出すマルク。

 彼の一日はまだまだこれからなのだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「よいしょっと。ユージさんもアリスちゃんもすごいなあ。こんなため池をすぐ作っちゃうなんて。ボクもがんばらなきゃ!」


 ユージの家の西側に作られた水場とため池。水場に置かれた瓶を交換し、水が入った瓶を持ち上げて一家が住むテントに向かうマルク。

 生活用水の運搬はマルクの仕事であった。訓練直後の朝の仕事がこれである。異世界の子供は働き者であるようだ。



「よし! 次はおとーさんのお手伝いだ!」


 水瓶を運び終えたマルクは、農地へと向かう。

 あとは父親のマルセルの指示を受け、農作業を手伝うつもりであった。開拓地ゆえ、その仕事は多い。なにしろ農閑期であっても開墾作業があるのだ。休む暇はない。今日はマルセルとともに、新しい畑を作るべくひたすら耕す日であったようだ。



「ねえ、おとーさん。いつか、おとーさんは奴隷じゃなくなるんでしょ? そしたらどうするの?」


 開墾作業の休憩中に父親に話しかけるマルク。

 先々のことを心配しているようだが、マルクが質問した理由は単純である。


「うん? そうだなあ。ユージさま次第だけど、この開拓地に住もうかと思ってるよ。ニナも森が気に入っているようだし、それに……」


「それに?」


「アリスちゃんもいるしな!」


 マルクの顔を見ながら、ニヤッと笑って宣言するマルセル。

 マルクはビクッと肩を弾ませる。どうやら図星だったようだ。

 そ、そんな、アリスちゃんがいるからじゃ、あ、でも、会えなくなったらさびしいけど、とブツブツ呟くマルク。

 父親であるマルセルは、ニコニコとその姿を眺めている。息子の成長が嬉しいようだ。決して少年の淡い初恋を面白がっている訳ではあるまい。決して。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「あ、トマスさん、お疲れさまです! 集会所はどうですか?」


「あ、マルクくん! 集会所はもうすぐ完成っすよ! 今年の冬はみんなここで生活っすかねー」


 陽が傾き、本日の農作業を終えたマルク。父親のマルセルと歩いていると、同じく帰路につくトマスと遭遇する。

 挨拶すると同時に、マルクは木工職人のトマスが造っている集会所兼共同住宅の進捗状況を聞いていた。どうやら完成が見えてきたようだ。冬に間に合うという報告は、毛皮がない人族にとっては朗報だろう。


 ウチはどうしようかね、ボクは家族でテントがいいなと、手を繋いで親子の会話を交わす二人。私もテントがいいニャと、いつの間にか近づいていた母親のニナが、マルクの空いていた手を握る。

 夕日に照らされ、手を繋ぐ三人の影が地面に長く伸びていた。


 獣人一家がかつて住んでいた村。

 モンスターとの戦闘の舞台になり、めちゃめちゃになった自分たちの畑を見て、三人が感じた絶望。

 その時も、三人はマルクを中心に手を繋いでいた。

 補償はあっても今年の税は払えないだろう。誰かが奴隷になるしかない。近いうちに、家族がバラバラになる。

 手を繋いだ三人は、ただうなだれて暗い未来を想像するしかなかった。


 それがいまや。

 確かに父親のマルセルは奴隷になった。

 だが、村に出入りしていた行商人ケビンのはからいで、家族で過ごせている。

 これから開拓する場所ということで不安もあったが、行ってみれば高待遇である。

 マルセルの奴隷としての給金、ニナのケビン商会の従業員としての給金も高く、奴隷身分からの解放もあっさり見えてきた。

 いま、手を繋いだ三人は、ただ笑顔で明るい未来を語り合うのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ア、アリスちゃんに誕生日の贈り物ですか!?」


「しっ、マルクくん! アリスには内緒だから、教えないようにね!」


 秋も近づいてきた頃の開拓地。

 今年は収穫祭をやります! とユージが宣言していたので、マルクも収穫祭のことは知っていた。だが、農作業していたマルクにユージが伝えたアリスへの贈り物という言葉。その内容に、マルクの心臓は早鐘を打つのだった。

 ア、アリスちゃんに贈り物、何がいいんだろ、ボクが手に入れられるもの、とさっそくブツブツ呟きながら考え込むマルク。

 それじゃ、マルセルとニナさんに相談しておいてね、お金が必要な物なら俺が出すから、用意できそうな物を教えてね、と伝えるユージの声は聞こえていないようだった。


 その日から、マルクの東奔西走がはじまった。


 まず、訓練の休憩中に元冒険者パーティに相談する。

 どうすっかね、街でなんか買ってくるか、でもそれもどうなのかなあ、と四人もまだ決まっていないようで、ごちゃごちゃ話し合っている。パーティ内に夫婦、奴隷を口説いた男がいるのに、使えない四人組である。いまだ独身の斥候など言うまでもない。


 次に、木工職人のトマスに相談する。

 あ、ユージさんから贈り物を入れる木箱を作ってほしいってお願いされてるっす。だから、贈る物が決まったら教えてほしいっす、とあっさり返された。トマスもマルクの頼りにならないようだ。


 針子の二人に相談する。

 僕らはユージさんに頼まれて作る物は決まりました。いやー、すごい発想ですよ! さっそく作ってるんですけど……難しい分やりがいがあります! 目を輝かせ、マルクに語る針子の二人。よく見ると、目の下には大きな隈ができていた。マルクはこの二人も頼れないようであった。


 父親と母親に相談する。

 うーん、アリスちゃんに贈り物……何がいいだろうか、と考え込むマルセル。マルクも一緒に考え込んでいる。右手を顎に当てるポーズは一緒だった。

 その時、ニナが一つの案を出す。


「マルク、初めての獲物を贈ったらどうかニャ? アリスちゃんは肉が好きだし、肉が食べられない獣が獲れたら毛皮にすればいいじゃニャい」


 バッとニナの方を向くマルク。それだ! という顔をしていた。ゴールデンレトリバーの顔だったが。

 気まぐれだが、頼れる母であったようだ。


 さっそく駆け出したマルクが向かう先は一つ。

 コタローの下であった。



「……ということで、アリスちゃんにボクの初めての獲物を贈りたいんです。協力してもらえませんか?」


 コタローの前に座り、真摯に話しかけるマルク。はたから見ると二匹の犬である。そもそもこの犬人族、犬に事情を話してどうするのか。犬は普通、人語を理解できないのだ。


 スッと立ち上がるコタロー。ゆっくりと歩き出し、マルクの方を振り返る。なにしてるの、ついてきなさい、と言わんばかりであった。頼れる女である。犬だけど。

 いや、人語を理解しているようなのだ。犬なのか?



 コタローに連れられていった先は、元冒険者パーティの四人の下であった。

 首を傾げながらも、初めての獲物を贈りたい、とあらためて四人に告げるマルク。

 おお、じゃあ獲物を仕留めるまでは俺たちが手伝ってやる、森はまだ坊主には危ないしな、と言っていそいそと準備をはじめる四人。どうやらまだプレゼントが思い浮かばない彼らにとっても渡りに船だったようだ。


 コタローの先導と索敵、元冒険者パーティ四人による道中の安全確保によって、ふさわしい獲物を探して一行は森を探索する日々を送る。


 そしてついに見つけたのは、一匹のキツネであった。

 陽の光を受けて黄金色に輝く毛並みは、フサフサである。


 素早いキツネの動きに翻弄されながらも、逃がさないように囲む一行の協力でマルクはなんとかキツネを仕留める。


 こうして、マルクはアリスのプレゼントを確保するのであった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 そして、収穫祭当日。

 いよいよ、マルクがアリスにプレゼントを渡す番である。


 マフラーに仕立てたキツネの毛皮を手に、マルクがアリスの前に立つ。

 横にいるのはコタロー。後ろには、マルセルとニナ、元冒険者パーティの四人も並ぶ。みんなからのプレゼントなのだ。

 緊張で固まったマルクの足を、コタローが鼻面でそっと押す。がんばりなさい、と言いたいようだ。


「あ、あの、アリスちゃん、こ、これ……」


 おずおずと差し出すマルク。


「あ、あり、ありがとう!」


 マフラーを受け取ったアリスの涙腺が決壊したようだ。喜びの涙がアリスの頬を伝う。

 そんなアリスにコタローが駆け寄り、ほらほら、もうきゅうさいなんだからなくんじゃないの、とばかりにアリスの頬を舐める。

 ふえーんとアリスが涙し、コタローと一緒に駆けていき、ユージに抱きつく。


 あ、と呟くマルク。

 どうやら、言葉を続けるタイミングを失ったようだ。


 ポン、とマルクの右肩を叩く手。振り向いたマルクの目に、マルセルの微笑んだ顔が映る。まだ次があるさ、と言いたげである。

 ポン、とマルクの左肩を叩く手。振り向いたマルクの目に、ニナのニンマリした顔が映る。ホントに次があるのかニャ? と言いたげである。


 がっくりと肩を落とすマルク。

 だが、気を取り直してすぐに顔を上げる。


 今はいいんだ。でも、いつかボクがアリスちゃんを守るんだ。


 そんな決意を胸に秘め、マルクは訓練、農作業、水の管理の日々を奮闘しながら忙しく過ごしていくのであった。


 もっとも、その決意はまったく胸に秘められておらず、周りにバレバレであったが。ユージと当のアリス以外には。



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