第七話 ユージ、冒険者ギルドに行く

「ふっ、はっ、えい!」


 領主夫人と代官に会い、ユージが開拓民として登録を済ませた翌朝。


 ユージはケビン商会の裏庭で、ひとり槍を振るっていた。巨乳に魅せられた煩悩を追い出すためではない。モンスターが存在する世界である以上、自衛能力を高めるための日課である。街までの道中にケビンの専属護衛から短槍の基礎を教わり、その型をなぞっていたのだ。


 アリスは店のお手伝いをしていた。この街の商店は開店時刻が早いのだ。日が出たら開店の準備が始まり、日本でいう朝の7時頃にはオープンしている店がほとんどである。もっともその分、閉まるのも早いのだが。

 ちなみに街にきてから今日で四日目。アリスはお手伝い三日目にして、看板娘になっていた。物怖じしない笑顔での接客と、簡単な計算もできるアリスはおっさん客の癒しになっているようだった。


 ふう、とユージが大きく息を吐く。どうやら朝の鍛錬が終わったようである。とりあえず汗を流すか、と呟いて共同井戸に足を向ける。


「今日からは街をうろつけるんだよなー。楽しみだ!」


 もはや独り言とは思えないほどの大きな声。街に来た目的にして一番の難関である面会を終え、今日からは異世界の街を散策する。十数年ぶりに街に出たことによる緊張や不安よりも、ファンタジー世界の街への興味の方が勝っているようである。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージさん、まずは冒険者ギルドに行って、調査依頼を出しておきましょうか。開拓民の募集もできますし、先に行きましょう」


「ぼ、冒険者ギルド……わ、わかりました!」


 プルミエの街の大通りを歩くケビンとユージ、アリス。コタローもアリスの横を歩き、ケビンの専属護衛も一人ついてきていた。もう一人は店に残ったようだ。

 昨日の面会用の服とは異なり、ユージは皮鎧を着込んで盾と短槍を持ち、アリスもローブを身に着けていた。護衛もついて来ているが、用心のためである。とはいえ、異世界の街を武装して歩くってなんかゲームっぽくていいな、などというユージの考えがあったことも事実だが。


 ケビンの案内で到着したのは、街の中心に近い石造りで2階建ての大きな建物。盾の上で交差する二本の剣が描かれたエンブレムが、看板として入り口の上に設置されていた。

 どうやらここが冒険者ギルドのようだ。


 あれ、手紙をどこにしまったかな、ユージさんちょっと先に入っていてください。そんなケビンの言葉を真に受けて、ユージを先頭にアリス、コタローが中に入る。最後尾のコタローは冒険者ギルドに入る直前にチラリとケビンに目を向け、フンと鼻を鳴らす。まったく、なにをたくらんでるのかしらね、と言いたいようだった。


 ユージが冒険者ギルドに足を踏み入れる。


 途端、見定めるようにいくつもの視線が飛んでくる。


 入り口から右手には、木製のテーブルと背もたれのないイスが並んでいた。どうやら酒場としても営業しているようだ。多くはグループで腰掛け、話をしたり食事をしていたり、中には昼間から酒を飲んでいる人物もいるようだった。

 左手にはカウンターがあり、三人の受付らしき人が向こう側に座っていた。若い女性、おばさま、おっさん。どうやら美人受付嬢で揃えてはいないようだ。


「ああ? 見ない顔だな。子供連れで冒険者ゴッコか? 遊びじゃねーんだぞおい」


 入り口に近いテーブルに座っていた冒険者二人組が立ち上がり、ユージに近づいてくる。一人は大柄な男。皮鎧を着込み、背には大斧を背負っているようだ。もう一人も大柄だが、こちらは人族ではない。皮鎧の隙間から見える体は短い毛で覆われていた。顔を見るに、どうやら猿系の獣人のようだ。


 近づいてくる二人を見上げるユージ。向かってくる二人は190cmを越えている。

 アリスはユージの後ろに立ったまま、特に怖がる様子もなくなぜかニコニコしている。

 コタローがユージの横に並び、猿人族の男を見やり、ワンッ! と強い声で一吠えする。

 その声にビクッと体を反応させる猿人族の男。お、おいやめとこーぜ、ともう一人の男に声をかけるも、取り合う様子はない。何ビビってんだおめー、チッ俺は抜けるからな、などと会話を交わし、猿人族の男はスゴスゴと元の席に戻っていった。


 これで一対一。


 大男に絡まれて困り顔のユージが、キョロキョロとまわりに助けを求める。


 酒場の冒険者たち。ニヤニヤと面白がる者、またかと呆れ顔をする者、我関せずとばかりに食事を続ける者。どうやら仲裁する気はないようである。


 カウンターにいる職員。手元に視線を落として作業をしている。日常茶飯事なのか何なのか、こちらも仲裁する気はないようである。


 ユージは首だけで振り返る。少し開いた入り口の扉の隙間から覗き込むケビンと目が合う。ユージにだけ見えるように、ぐっと拳を握りしめるケビン。唇が動く。やっちゃいなさい。なぜかケビンはゴーを出していた。


「おいおいおい、一人じゃなんにもできねーのか? ああ? どうした玉なし、遊んでやるからかかってこいよ」


 ニヤニヤと笑いながら、ユージを挑発する大柄な男。相棒の猿人族の男はなぜか下がっていったが、特に気にすることなくやる気のようだ。

 ユージが装備している鎧も武器も、店売りの一般的なもの。身長は175cmと大きいわけでもない。海外では若く見られる日本人の宿命か、位階が上がって若く見えるようになったのか、絡んできた男からするとユージの年齢は20代前半に見える。加えて同行者は幼女と犬。そして、覇気がない。まるで絡んでくれと言っているようなものである。


「アリス、プランBだ」


 ユージが小さな声でアリスに伝える。ちなみに、プランBは存在する。ねぇよそんなもん、とは言われなかった。もっともアリスにそんなことを言われたらユージの心は折れそうだが。街へ向かう前に、ユージはアリスにプランAからDまでちゃんと伝えていたのである。


 アリスはニコニコしながら右手を上げ、はーい、と暢気な返事をして、ローブの内ポケットから取り出したサングラスをかける。でかい。当たり前だ。妹のサクラのサングラスは、アリスにはでかかった。続けてアリスはもうひとつサングラスを取り出し、横でお座りしているコタローにかける。でかい。というか、鼻でひっかかっているだけである。当たり前だ。犬の耳は上にあるのだ。


 どこぞのヤンキーのように近づいてガンつける大男を前に、ユージはブツブツと小さく呟いている。


「光よ光、輝きを放て。でも俺は禿げてないよフラッシュ


 ユージの額のあたりから、指向性を持った光が放たれた。


 目の前で強烈な光を浴びた男は、目が、目がぁ、と言いながらうずくまる。


 周辺にいた冒険者や受付たちもまぶしさに目を押さえていたが、こちらはたいして被害がないようである。


 忍び足でうずくまる男の横にまわり、押し出すように右肩に前蹴りを放つユージ。男がゴロンと床に転がる。いまだ目をおさえてうめいていた。


 勝負ありである。


 これが、ユージが冬の間に覚えた新しい魔法だった。前方に強烈な光を放つだけの魔法だが、対人戦では初見殺し。モンスターでも視覚に頼るタイプには効果的だろうと掲示板住人たちからの評価も高かった。


 うーん、でもこのあとどうすればいいんだろうと眉をしかめ、ユージは再びキョロキョロと助けを求める。


 その時である。

 ギィッと音を立てて、入り口の扉が開く。


「いやあ、お待たせしましたユージさん。そういえば手紙は護衛に持たせていたんでした。いやーうっかりうっかり。……あれ? どうしたんですか? ……ひょっとしてユージさん、冒険者にからまれたんですか? 領主夫人からの・・・・・・・手紙を持って・・・・・・、冒険者ギルドに来た依頼主なのに・・・・・・?」


 大仰に驚き、まるで舞台の上でセリフを読み上げるかのごとくはっきり正確に、大きな声でユージに問いかけるケビン。


 冒険者ギルドの空気が凍る。それは、ピシッという音を幻聴するほどの勢いで。


 必死に目をそらし、俺は関係ないアピールをはじめる酒場の冒険者たち。失敗した口笛の音がスースーと虚しく響く。

 青ざめる受付のギルド員。端に座っていたおっさんは、慌てて後ろに駆け出す。偉い人を呼びに行ったようだ。


 そういうこと、もう、わるねえ、とばかりにコタローがケビンの方を向く。コタローのサングラスがズレる。アリスもつられてケビンの方を向く。アリスのサングラスはでかい。

 一人と一匹と目が合ったケビン。表情は変わらないが、プルプルと震えている。どうやら、ケビンは必死に笑いをこらえているようだった。


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