第一話 ユージ、アリスとコタローと獣人一家と一緒にモンスターを撃退する
「ついに……ついにイモ以外を植えられるのか!」
開墾した畑を前に吠えるユージ。
開拓をはじめてから約2年。ようやく春植えの麦に挑戦するようである。
「あの、ユージさま……イモは同じ畑で何回も作ると収穫が減っていきますので、イモ以外も植えるのは当たり前なのですが……」
そう、ユージは今や一人ではない。ユージの奴隷、犬人族のマルセルはもともと農家であった。畑も土作りも植える作物も、彼のアドバイスによるものである。
ここを耕しましょう。了解です。
もはやユージは力仕事マシーンであった。位階が上がったことによる身体能力向上さまさまである。奴隷とはいかに。もちろんマルセルは懸命に働いているし、主人であるユージをきちんと敬っているようだが。
「ユージ兄、じゃあ畑に種をまいていくね!」
お手伝いできるのが嬉しいのか、鼻歌まじりにアリスが畑に種をまいていく。後ろには袋に入った種籾を持ち、マルクが付き従っていた。尻尾を振り、目をキラキラと輝かせてナチュラルに従者ポジションである。ユージには周囲の女性を強くする不思議な力でもあるのだろうか。
猫人族のニナを先導し、ワンワンッとコタローが狩りと見まわりから帰ってきた。どうやら今日の猟果はないようである。だが、柵の内側に入っても吠えるのを止めずに警戒を促す。敵を連れてきた時のパターンである。
「敵が来る。ゴブリンと、たぶんオークが2匹」
コタローに遅れて到着したニナが、ユージたちに報告する。ニナがコタローに同行するようになって狩りの成果も上がったが、こうして言葉で報告できるのも大きなプラスであった。コタローは優秀だがしゃべれないのだ。たぶん。
ニナの報告を聞いて、さっそく武器を用意するユージとマルセル。そのまま畑のさらに南、一冬かけて作った木製の柵まで歩いていく。
そう。
獣人一家のテントがある西側と、畑がある南側は最優先で柵を作り、すでに完成していたのだ。もっとも木の杭を打ち込んで横木をロープで繋ぎ、後ろ側から斜めに丸太の支えを設置した簡単なものだが。
柵のすぐ後ろにユージとマルセルが立つ。ユージは左手に盾、右手に短槍を構えている。マルセルは盾と斧を使うようだ。その後ろには弓を手にしたニナと、悠然と佇むコタロー。ここまではこの冬で定番となった布陣である。
だが今日は、なぜかアリスもついてきていた。マルクも盾と剣を持ち出し、アリスの前で構えている。尻尾は股の間に入り、プルプルと小刻みに震えていたが、アリスちゃんはボクが守ると目だけは決意に満ちていた。
「ユージ兄、ひさしぶりにアリスが魔法でどーんってやるー!」
右手を上げて主張するアリス。
寒いからと冬の間はあまり外に出られず、戦闘の際も危ないからとアリスは家の敷地内で待つだけだった。家から離れた場所に柵ができて戦力に余裕も生まれたため、ユージとコタローは戦闘にアリスを連れて行かなかったのだ。おかげでアリスはストレスでも溜まっていたのだろうか。
「おーそうか、じゃあマルセルとニナの攻撃が終わったらアリスの番な!」
でれでれとだらしない笑顔を浮かべ、ユージはアリスの提案を採用する。冬の間のモンスターの襲来は誰一人傷を負うことなく余裕で倒していたため、アリスの参加を認めたようだ。義妹に甘い男である。
だが。
雪がない森、そしてドーンという今までにないアリスの言葉。不安しかない。ユージは気づいていないようである。
家の南側にできた獣道をたどり、ドタドタとモンスターが現れる。
ゴブリンが6匹、オークが2匹。
冬によく見た布陣である。
「うーん、やっぱり増えてるよなあ、これ」
ユージのぼやきをよそに、猫人族のニナが矢を
一射、二射、三射。
矢継ぎ早に
柵からモンスターの群れまで10メートルほど。
ここで犬人族のマルセルが、手にした斧を投げつける。
くるくると縦に回転しながら飛んでいった斧は、ゴブリンの腹に突き刺さった。
これで無傷なのはゴブリンが2匹、オークが2匹。
斧を投げたマルセルは、鎌を持ち出していた。
2メートル弱の長い柄を左手で、柄の半ばにあるグリップを右手で持ち、立ったまま草を刈るタイプの鎌である。残念ながら刃部分は薄刃でひとつ。命を刈り取る形はしていなかった。
「よーしアリス、いいぞー」
どこか暢気なユージの声が森に響く。この数であれば、ユージとコタローだけでも勝てる。もはやユージはゴブリンにビビっていた頃とは違うのである。
ちなみにその間もニナは矢を放ち続け、ゴブリンとオークに傷をつけていた。マルクは真剣なまなざしでアリスの前で盾を構えている。
そう。冬の間アリスは戦闘に参加しなかったため、獣人一家はまだアリスの魔法の威力を知らないのだ。
「はーい! あっつくておっきいほのお、
アリスの手元で生まれた炎が、放物線を描いてマルクの頭を越え、ユージとマルセルの頭を越え、木製の柵も越えて、2匹のオークの間に着弾する。
炎が爆発した。
大きな音に驚きながらも、とっさに盾を構えるユージ。
カンカンと、飛んで来た小石が盾に当たる音がする。
猫人族のニナは耳をペタンと伏せ、しかめっ面をしていた。
コタローも小さく頭を振っている。
アリスの前に陣取ったマルクは固まっていた。目を見開いてプルプル震えながらも、盾を離すことなく構えていた。おかげで飛んでくる小石からアリスを守れたようである。
ユージが目をやると、着弾した場所には深さ50cmほどの小さなクレーターができていた。
腹が破れたオークと、右足が根元から千切れたオークが転がっている。ゴブリンたちは衝撃で吹っ飛び、木や柵に叩き付けられて死んでいた。
惨状である。
呆然とするユージの耳に、パチパチとまるで火が爆ぜるような音が届く。
「ゆ、ユージさま、みず! 水を!」
マルセルの声にはっとして、家へ猛ダッシュするユージ。
言い出したマルセルは上着を脱ぎ、ばたばたと火元へ走り出していた。
ニナは自分たちのテント、ヤランガへと駆けていく。どうやら水瓶を取りに行ったようだ。
アリスの前に立っているマルクは、いまだ呆然としている。
コタローが近づいてワンッと一吠え。だいじょうぶ? これでおどろいてたらありすについていけないわよ? と言わんばかりだった。
その後、コタローはアリスに走り寄って飛びついていた。惨状をよそに、すごいじゃない、さすがわたしのいもうとね、とおおはしゃぎである。えへへへ、と笑いながらコタローとじゃれつくアリス。
ひとしきり戯れた後、コタローは惨状の現場に向かって行った。
アリスとマルクしかいない今、責任者として生き残りがいないかチェックするようだ。
あいかわらず北条家の女たちは敵に容赦がなかった。
その後、限界まで伸ばしたホースの活躍と、ユージとマルセル、ニナによる水瓶リレーで無事に森林火災は食い止められた。
アリス初めての爆発するタイプの火魔法であり、以後、使用禁止になる魔法であった。
「それにしても……やっぱりモンスター増えたよなあ。留守番をどうするか……」
ユージは間もなく、街へ行く。
誰かが残らなければ畑や鶏の世話が覚束ない。
だが頻繁に出現するモンスターのことを考えると留守番組に不安が残る。
新たな悩みを抱えるユージであった。
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