『第七章 ユージは農家から開拓団団長にジョブチェンジした』

第七章 プロローグ

「やっぱり今年もダメだったか……」


 4月13日。

 ユージが異世界に来てから3年経ち、今日から4年目である。


 今年も、ユージの家の跡地では第2回キャンプオフが開催されていた。

 去年と同じようにユージは一晩を庭で明かしたようである。

 だが、やはり人も物資も異世界に届くことはなかった。


「もう、諦めるしかないのかなあ……」


 普段は考えないようにしているが、この日ばかりはユージも後ろ向きになるようだ。



「ユージ兄、どうしたの? 桜のお花を見るといっつもかなしそうなお顔するね」


 覗き込むようにユージを見つめるアリス。

 気がつけば、アリスはこの前の秋で8才。日本の学校制度に当てはめると、この春で小学校三年生である。

 ずいぶん背も伸び、幼い子供ならではのふっくら感も失われつつある。

 ユージを心配して気づかうあたり、順調に成長しているようだ。8才に心配される33才とは、などと考えてはいけない。アリスが優しい子に育っているだけなのだ。



 ワンワンワンッ、とこの日ばかりはコタローも一日中ユージに寄り添っている。げんきだしなさい、わたしがいるじゃないと言わんばかりだ。こちらもあいかわらず優しい女である。犬だけど。

 コタローはもう18才。だが、位階が上がったことにより、異世界に来た当初よりも毛艶が良く、動きにもキレがあって若々しい。寿命がどうなっているのかはっきりわからないが、まだまだ健康そうである。



「ユージさまー! 今日はどうしましょう?」


 門の向こうからユージの奴隷、犬人族のマルセルの声が聞こえてくる。


 一家が秋に移住してから、ぶじに一冬を越えた。

 とりあえずで作ったテント、ヤランガもその役目を果たしたようである。

 床はマルセルが切り出した木の板で覆われ、その上にはユージの持ち物やケビンが持ってきた品から一家がチョイスした敷物やクッション、毛布が置かれている。獣人一家がセレクトした各種の布の色使いは独特で、どこぞの雑誌のスローライフ特集に取り上げられてもおかしくないセンスを見せていた。

 ユージは寝袋も用意していたが、彼らは毛布を使っている。獣人一家がお気に入りの毛布にくるまって眠る画像は、掲示板を狂喜の渦に叩き込んだ。着々とケモナーが増殖しているようである。



 ユージの家の南側は、ホースから水が届く目印のザイルまで木が倒され、根も除去されている。

 雪もほとんど溶けたため、このところユージとマルセルは畑作りのためにひたすら耕していた。

 マルセルの息子、犬人族のマルクの手伝いもあり、南側は家から10メートルの範囲を畑にできそうだ。人手が倍以上になったことで、開拓のスピードは見違えるように上がっていた。

 冬の間、マルクは開拓のお手伝いのほかに盾と剣の訓練に励んでいた。目をキラキラ輝かせ、ボクがみんなを守るんだと健気な様子であった。ちなみに、彼はまだアリスの殲滅力を知らない。世の中には知らない方がいいこともあるのだ。


 長い冬、猫人族のニナはユキウサギ狩りに精を出し、狩ってきた肉で缶詰レシピを開発していた。ユージのアドバイスもあり、ケビンが来る前に形になったようである。

 余った肉はユージが引き取り、記録を付けている。二人ともいまいち相場がわからないため、ケビンに頼んで清算するつもりのようだ。定期的に肉が供給されるため、アリスもコタローも食事の時間は終始ご機嫌であった。甲斐性とはいかに。いや、保存食の利益のユージ分で買い取ることになるため、これはユージの甲斐性ともいえるはずだ。きっと。


 開拓は順調。


 そして、身を守る力をつけるためのモンスター狩りも順調だった。


 冬の間にゴブリンやオークが頻出したため、ユージは異世界に来てからこの春までで4回、コタローは3回、アリスはユージと出会ってから2回、位階が上がっている。

 身体能力も上がり、ユージは新しい魔法も使えるようになっていた。


 家ごと異世界に来てから4年目の春。


 間もなく、行商人のケビンがこの地を訪れる。


 そう。


 ユージが初めてこの世界の街に行く日も間もなくである。


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