第八話 ユージ、家のまわりを案内する

「あの……ケビンさん、これって何なんでしょう?」


 コタローに向け、三人揃ってお腹を見せる礼をしている獣人一家。

 初めて見る礼の形に、ユージはケビンに問いかける。


「これは……一部の獣人が上位者に見せる礼ですね。私も何度かしか見たことがありませんが……」


 そんなユージと行商人のケビンの会話をよそに、コタローがワンッと吠える。これからよろしくね、と言っているようだ。

 ゆっくりと立ち上がる三人。


「あの……なんでコタローに上位者に見せる礼を? もしかして言葉が通じたりするんですか?」


 一家に問いかけるユージ。やはり気になるようである。

 ユージの質問に顔を向け、ハッとした表情を見せてから一家の父親、ユージの奴隷であるマルセルが答える。


「すいません、ユージさま。ワタシの主はユージさまなのに……。いえ、犬人族でも犬の言葉はわかりません。ただコタローさんを見ると、なぜか上位者のように思えて……」


 首を傾げ、マルセルは猫人のニナや息子のマルクを見る。だが、二人ともやはり理由はわからないようで、首を振るばかりだった。勢い良く首を振りすぎて、マルクの垂れ下がった耳もパタパタと振れていた。


「うーん……。ま、まあいっか。マイナスにはならないだろうし」


 本人たちにもわからないのならと、ユージは考えることをやめたようである。


「じゃあマルセルさんたちの家に案内しますね。といっても一人だと思ってたし、技術もないのでとりあえずの仮設なんですよね……。あ、アリスは先に家に戻っててくれるかな? ケビンさんとお仕事のお話もあるしね」


 はーい、と元気よく答えるアリス。玄関に向かうが、チラチラと振り返って獣人一家を見ている。あらたなお隣さんが気になるようである。


 ユージは家の敷地から外へ出て、一行を引き連れ家の西側に向かう。

 ワンッとコタローもユージの横を歩く。わたしもいくわ、と言いたいようである。尻尾を大きく左右に振り、鼻歌でも歌い出しそうなご機嫌っぷりである。ちゃんとついてきてるわね、と時折チラチラと獣人一家を振り返る。すっかり子分扱いである。



「これは……不思議な形ですね。いろいろな街にも行きましたが、こんな形は初めて見ます」


 ユージが建てたヤランガを見て、行商人のケビンが驚きの声をあげる。

 ブルーシートのみで覆われた当初と違い、内側にも外側にも布を巻き付けている。とりあえず使っていない部屋のカーテンやシーツを利用したようだ。


「これは移動する遊牧民なんかが使う仮設の家で、俺も初めて作りました。布と木の支柱を外せばすぐに解体できるし、平地なら建てるのも簡単なんですよ。三人で住むには狭いかもしれませんが、まずは中へどうぞ」


 そう言って入り口の布をめくり上げるユージ。

 むき出しだった地面は断熱のため落ち葉を含んだ柔らかい土が敷かれ、さらにその上に銀色の断熱シートが敷かれている。なんか目がチカチカして落ち着かない、と思ったユージはさらにその上に両親の部屋の絨毯を敷いていた。中には二個のクッションと小さなテーブル、キャンプ用品の寝袋が一つ。いちおう毛布も一枚置かれていた。


「ありがとうございますユージさま。三人で暮らすには充分です」


 父親のマルセルが答える。プライベートな空間は一切ないが、どうやら獣人一家に問題はないようである。マルクに弟か妹ができるのは期待できなさそうだが。


「では持ってきた水瓶や毛布、生活用品などはこちらに運びますね。鶏はどこに運びましょうか? あとは台所と便所ですが……」


 今回、ケビンはいつもの三人の冒険者のほかに、二人の専属護衛を連れてきている。全員に背嚢を持たせたため、いつもより多くの荷物を持ち込んでいるのだ。鶏は合計で6羽を運んできたようである。小さな檻に入れられ、せわしなく鳴いていた。


「便所は外でもいいけど、台所は気にニャる」


 コタローと尻尾を追いかけあってじゃれていた猫人族のニナがパッと向き直って問いかける。なぜかコタローとすぐに打ち解けていたが、さすがは一家の台所を預かる母親である。


「鶏は庭で飼うつもりなので、後で受け取りますね。水とお湯は汲みに行かなくても家から渡せます。水瓶に溜めておけばいいですかね? いちおう構造としては中で煮炊きしても大丈夫なんですが……。トイレって普通はどうしてるんですか? やっぱり台所もトイレもちゃんと外に作らないとダメだよなあ」


「便所は……村なんかだと、外に穴が掘ってあり、そこで済ませることが多いですね。用を足し終わったら、ある草を燃やした灰と土をかけます。消臭と疫病対策に効果がある灰です。これはいちおう持ってきたので、ひとまず穴さえ掘れば最低限は大丈夫かと。春になったらニナさんにどの草か教えてもらってください。ですがこの中で煮炊き、ですか……。それなら外にかまどを作った方が……」


 話しながらもケビンはどんどん荷物を下ろしている。かまどを外に作った方がと言いながら、さっそく護衛の二人にかまどを作るよう指示していた。手慣れたものである。

 荷解きしているケビンは、四角い鈍色の箱を取り出す。

 色といい形といいサイズといい、まるで昔ながらのアルミ弁当箱のようだ。


「あ、ケビンさん! それ、ひょっとして!」


「ええ、ユージさん。ユージさんから教わって一年ちょっとですか。ようやく缶詰の入れ物ができましたよ。形は流し込みで、フタだけ後から密閉。一度固まったら熱でも溶けにくい素材をようやく見つけたんです! あとはこの冬の間にどれぐらい持つかテストして、ひと冬を問題なく越せるようなら春から売り出す予定です!」


 ニコニコと笑顔を見せながら、試作缶詰をユージに手渡すケビン。

 手に取るユージは、その重みを確かめる。ざらざらとした手触りでずっしり重い。どうやら現代日本の缶詰ほど洗練されてないようである。フタは金属だが、接着面は半透明な何かで密着していた。まるでシリコンのようだが、手触りは異なる。


「うーん、なんだろうこれ。ケビンさん、けっきょく何で接着したんですか?」


「ふふふ、それは秘密です。でもユージさんと一緒に作ったようなものですし、あとでユージさんにはコッソリ教えましょうか。そうそう、こちらの猫人族のニナは私の商会の従業員としても登録しています。彼女には缶詰用の料理を開発してもらうつもりです。ここなら秘密もバレにくいですし、狩人ですから肉類は自分で調達できますしね。あ、もしユージさんがアドバイスしたり缶詰用の料理を教えたら、ユージさんも記録しておいてくださいね。その分はユージさんにもお代を払いますから」


 プルミエの街に作ったケビン商会、ここを最初の支店として、などとニヤニヤしながら呟くケビン。将来の展望、あるいは夢という名の妄想が広がっているようである。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ヤランガの後は現在設置中の木製柵と農地を見せ、案内を終えたユージ。ケビンと二人で戻ってきて、いつものように門を挟んで折りたたみイスに腰かける。先ほどまで外で会話していたのだから気にせずそのまま話せばいいものを、もはや習慣だろう。


 冒険者たちと護衛、犬人族のマルセルは荷下ろしとかまど、トイレ作りに動きまわっている。その横を小さなゴールデンレトリバーが二足歩行でパタパタと走りまわっていた。マルクである。どうやらお手伝いしているつもりのようだ。


 猫人族のニナは狩人として周囲を把握するため、見まわりに出かけてくると言い残し、弓を手に去って行った。なぜかコタローが先導していた。どうやらすでに打ち解けたようである。子どもの面倒を見ている女同士、初日から通じ合うところがあったのか。猫人と犬、馬が合うようであった。


「さて、ユージさん。当初の予定と違って一家の紹介で申し訳ありませんでした。お伝えしたように父親のマルセルはユージさんの奴隷として、母親のニナは私の商会の従業員として働いてもらうことになります。食糧や缶詰のためのユージさんの知識は、やり取りしたら記録に残しておいてください。計算して、詳細をユージさんに報告しますね。まあ缶詰を売り出したらぜんぶ私持ちで構わないぐらいですけどね!」


 缶詰の販売の見込みが立ったことで、ケビンはずいぶんご機嫌である。すでに売り込み先の目星もついているのだろう。


「そうそう、それから最寄りのプルミエの街に私の商会を興しました。名前はそのままケビン商会です。行商は引き継ぎましたし常駐の店員や丁稚もいますので、私自身はかなり自由に動けるようになりましたよ。それで、ユージさん……開拓地と開拓民の申請はどうなさいますか?」


 一転して真剣な表情となり、春の三回目の訪問でユージに出した宿題の答えを尋ねるケビン。

 その質問を予想していたのだろう、ユージも決意を目に浮かべる。


「申請します。ただ、やはり異世界から来たことはできるだけ隠したいです。いずれは広まるかもしれませんが、それまでにできるだけ戦う力と後ろ盾を見つけたいと考えています」


 ユージと、そして掲示板の住人たちが出した結論。


 開拓民として住民登録し、街に出入りできるようにする。

 稀人であることはできるだけ隠し、襲われない・さらわれないよう後ろ盾を探す。

 そしてもちろんユージとアリス、コタローの戦闘力を上げる。


 いつかはケビンたちの他にもバレるだろう。その前に、ケビンの身に何かあったら困窮する。

 いま抱えているリスクと動くことで起きるリスクを考えた上で、安全で快適な生活を得るために、ユージはついに街に行くことを決断したのである。


 もっとも、もうすぐ雪が降るため、街に行くのは来年の春のことだが。

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