第七話 ユージ、待望のケモミミと対面する

「これでやっと西側はオッケーか。進まないもんだなあ……」


「ユージ兄、またさくのそとがわをえいってへこませる?」


 季節は晩秋。

 ユージは開拓予定地をぐるりと囲う柵の設置に精を出していた。

 アリスは魔法でユージをお手伝いする! と意気込んでユージの作業を見守っていた。

 ちなみにコタローは周囲の見まわり中である。


 シカやイノシシといった害獣対策と、モンスターを一時でも足止めできればとはじめた柵作り。それは、けっこうな作業量であった。

 当たり前である。トタンがないからトタン柵は作れない。車庫の壁はトタンだが、はがして柵に使うにはためらわれた。ネットがないから最も簡単なネット柵も作れない。電気柵などもってのほか。とうぜん鉄条網もない。

 けっきょく地面に木の杭を打ち込み、横木をロープで結ぶ原始的な方法を取るしかなかったのである。

 斜めに木を渡して補強しているが、気休め程度であろう。そもそも木板もないし釘も数が知れているのだ。ないない尽くしで掲示板の住人も悲鳴をあげていた。結果、害獣対策とわずかな足止めと割り切って、この木製柵である。


「土さん、ちょっと下にいってー!」


 開拓の際、木の根の除去に活躍したアリスの魔法が炸裂する。

 ユージが設置した木の柵の外側をへこませ、浅いながらも小さな空堀を作っているのである。涙ぐましい努力であった。


 秋からはじめて、季節は晩秋。

 美しい紅葉を見せていた木々は葉を落とし、いつ雪が降り出してもおかしくはない。


 畑一面に植えられたイモも収穫され、あとはケビンの到着を待つばかりである。

 ちなみに昨年イモを植えた畑に今年もイモを植えていたが、収穫はかんばしくなかった。連作障害もあるようだ。この世界の農業知識を持った人物の必要性をさらに感じるユージだった。


 うーん、ケビンさんもそろそろかなあ。

 葉を落とした森に、そんなユージの呟きが響くのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 家に戻ったユージとアリスは軽い昼食を食べていた。

 本日の昼食は、収穫したばかりのイモを使った粉吹き芋。今日は手軽だが腹にたまる料理で済ませることにしたようだ。


 もっきゅもっきゅと頬を膨らませてイモを食べるアリス。先日8才になったが、食べる姿はまだまだ子どもであった。

 ふとユージが窓の外に目を向ける。

 ふわふわと森の中をゆきふりむし・・・・・・が飛んでいた。間もなく雪が降り、冬が始まる合図である。

 おお、もう冬になるのかあ、そんな独り言を漏らすユージ。幻想的な風景も、3年目となれば見慣れたものである。



「ユージさーん! お待たせしましたー!」


 外からユージを呼ぶ声が聞こえる。

 ワンワンワンッとコタローの声も聞こえてきた。とちゅうでみつけたからつれてきたわ、と言わんばかりの鳴き声である。


 さっとすばやく箸を置くユージ。

 立ち上がる。

 ダイニングから飛び出て、玄関でサンダルをつっかける。

 ガラリと戸を開け、外に駆け出す。



 行商人ケビンの来訪だった。

 後ろにはいつもの冒険者たちの他にも人影が見える。


 過去最高のスピードで門まで駆けるユージ。

 近づく。


 そしてついに、ケビンが連れてきた獣人の姿が目に入る。



 種族的なものだろうか。頭の上から横に垂れ下がった大きな耳。

 優しげな目。少し緊張した面持ちでユージを見つめている。

 シンプルな長袖のチュニックとズボン。寒さ対策だろうか、上半身にはショールのように布を巻き付けている。

 足の間からチラリと見える尻尾はフサフサで、地面に着きそうなほどの長さだった。

 長袖の袖口から見える手の甲は、フサフサだった。

 チュニックからのぞく胸元も首も、フサフサだった。

 顔も、フサフサだった。

 というか、ほぼ犬だった。

 ゴールデンレトリバーだった。

 二足歩行する服を着たゴールデンレトリバーがそこにいた。


 直立するゴールデンレトリバーの左手を視線で辿るユージ。


 そこには、直立するゴールデンレトリバーと手を繋いだ小さなゴールデンレトリバーがいた。

 やはり直立している。

 服も着ている。

 もちろんフサフサである。

 親子なのだろうか、その顔はそっくりだ。

 小さなゴールデンレトリバーは、決意を秘めたかのようにキリッとした表情だった。


 小さなゴールデンレトリバーの左手を視線で辿るユージ。


 そこには、小さなゴールデンレトリバーと手を繋いだ二足歩行する黒猫がいた。

 身長は160cmほどだろうか。

 頭の上の耳はピンと立っている。

 絵に描いたようなケモミミ。しかも猫耳である。

 顔はもちろん猫だった。

 尻尾は左右にゆっくりと左右に大きく振られていた。

 メス、いや女性なのだろうか、胸はわずかに服を押し上げている。


 ユージから見て左に、身長180cmほどの大きなゴールデンレトリバー。

 正面に決意を顔に浮かべた小さなゴールデンレトリバー。

 右にキョロキョロと興味深げに視線を動かす黒猫。

 3匹、いや3人とも二足歩行して服を着ている。



 立ち止まり、表情が抜け落ちたまま固まるユージ。

 おたがい見つめあったまま、静かに時が流れる。


 ワンワンッと吠えるコタローは、ちょっとどうしたの、しっかりしなさいと言わんばかりにユージの横に駆け寄る。

 ユージはようやく我に返ったようである。


「えっと、はじめまして、ユージです。えーっと、うーん、あれ? ケモミミ? うん、まあたしかにケモミミだな、うん。えっと、とりあえずケビンさん、なんで三人いるんでしょう?」


 望んでいたケモミミからちょっと違う気がしていることは、ひとまず棚に上げたようだ。


 一度フリーズしたわりに、妥当な質問であった。



「こんにちはユージさん。遅くなって申し訳ありません。そうですね、まずはそこから説明しましょう」


 この三人は家族なんです、と説明をはじめる行商人のケビン。大きな犬人族と猫人族が夫婦で、小さな犬人族がその子どもだという。

 獣人同士は種族が違っても子どもを作れるケースがあり、その場合、子どもは両親のどちらかの種族の特質を持って生まれてくるのだという。もちろん子どもが作れない種族の組み合わせもあるようだが。

 一家が住んでいた村がモンスターに襲われ、死者なく撃退したが戦闘になった場所が不幸にも彼らの畑だったのだという。もちろん村からある程度の補償はあったが、もともと裕福な村でも家でもない。税が足りず、身売りするしかない状況になっていたそうだ。

 だが犬人族、なかでも父親は家族の繋がりを大切にする種族だという。子どもを売って離ればなれになるのは耐えられず、かといって自分を売ってもけっきょくは離ればなれ。畑や家を売っても二束三文にしかならず、税には足りない。悩んでいたところにケビンがその話を聞きつけたのだという。

 父親が奴隷になってそのお金で足りない税を支払い、母親と子どもは自由人の身分のまま一家で新しい土地に移りませんか、とケビンは提案。住み慣れた土地を離れることになるが、家族が一緒にいられるなら、と了承したようだ。


「ということで、ご家族を連れてきました。ユージさんも予想外だと思いましたので、食糧は増えた二人の分も持ってきています。その分はお代をいただきませんので安心してください。もちろん奴隷は父親一人ですので、お代も一人分ですよ。では挨拶を」


 ケビンが話を終えた時、トタトタと走る音が聞こえてきた。アリスである。

 どうやらキチンと昼食を食べてから向かってきたようだ。えらい子である。食い意地が張っているだけの可能性も否定できないが。


「あー、じゅーじん・・・・・さんだー! 男の子もいる! アリスはアリスです! この前8才になりました! これからよろしくおねがいします!」


 駆けてきたアリスが、そのままの勢いで挨拶する。右手を開いて左の胸元、鎖骨の下にあてたこの世界の挨拶である。


「マルセルです。これからユージさまの奴隷としてがんばりますので、よろしくお願いします。畑仕事はずっとやってきました。それと簡単な大工仕事もできます」


 アリスと同じように、この世界の礼をして挨拶をする犬人族の父親、マルセル。ユージにさま・・づけである。奴隷と主人という立場を考えれば当たり前なのだが。


「ニニャ、マルセルのつがい。狩りをしたり家事をしたり。料理が得意。よろしく」


 一礼するニニャ。そっけない口調に思えるが、目は好奇心で輝いている。どうやらこの口調は機嫌が悪い訳ではなく、地のようだ。ユージの奴隷ではないため、ケビンも咎める気はないようである。


「お母さん、それじゃニニャになっちゃうよ。お母さんの名前はニナです。ボクはマルク。12才です。あ、あの、奴隷じゃないですけどボクも一生懸命働きますし、ボ、ボクの耳と尻尾なら触っていいですから、お、おと、お父さんの耳と尻尾は触らないでください!」


 猫人族の母親はニニャではなくニナだったようだ。猫人族にとってナ行は言いにくいのである。

 覚悟を秘めた表情で一歩前に足を進めるマルク。

 プルプルと震え、フサフサの尻尾を足の間に入れて涙目である。獣人族にとって、誇りの証であるケモミミと尻尾を触らせるのはそれほど重大事なのだ。行商人のケビンから何を聞いてきたのか。


「お、おう、よ、よろしく……。いや大丈夫、そんなムリヤリ触らないから……。えっと、ユージです。よろしくお願いします」


 ユージもこの世界の礼をする。アリスから教わったようである。

 初対面の挨拶を終えた一同。まだ幼いマルクはユージの言葉を聞き、ひとまずホッと胸を撫で下ろしている。


 ワンッとコタローが一吠え。わすれないでよ、と言っているかのようだ。

 続けてワンワンと挨拶するかのように獣人族の一家に向けて吠えている。


 コタローの声を聞き、三人の獣人族が地面に両膝をつき、両腕を上げてお腹を見せる。もちろん服で隠れているためお腹はむき出しではない。


 相手にお腹を見せる。

 獣人族にとって上位者への礼であった。


 初対面で風評被害により変態扱いされた奴隷の主、ユージ。

 問題なく挨拶を交わした幼女、アリス。

 上位者への礼を示された犬、コタロー。


 カオスであった。

 いや、冷静に見てこれが正しい序列なのかもしれないが。



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