第三話 ユージ、行商人のケビンから合法的に街に入る方法を教えられる

「では次にここを訪れる時に連れてきますね。見つからなければその次ですが……。ですがユージさん、奴隷が住む場所はどうするんです?」


「え? 家に……ああそうですね、考えておきます。いちおう外に作った方がいいのかなあ……」


 そう言って保留するユージ。掲示板のみんなに相談しないとな、そこまで考えてユージはようやくケビンに聞きたかったことを思い出す。


「そうだケビンさん、家畜って手に入りますか?」


「家畜ですか……。手に入りますが、かなり高価ですよ? どんな家畜をお探しですか?」


 ケビンと問答を重ね、ユージはこの世界の家畜の状況や種類を把握していく。


 どうやらこの世界の牧畜はなかなか難しい状況にあるようだ。原因はモンスターという敵性生物の存在。放牧するにはモンスターが侵入しないように牧草地全体を柵や塀で覆うか、見張りが必要となる。そのためモンスターが討伐されている都市周辺でしか飼われていないという。開拓都市であるプルミエの街でも手に入るが、数が少なく高価であるようだ。


 ワンワンッとコタローが残念そうな声で吠える。牧羊犬として活躍したかったのだろうか。欲張りな女である。犬だけど。


「プルミエの街で手に入る大型の家畜は馬、牛、羊、山羊あたりですね。あとは小型の家畜として鶏というのもいます。鶏なら飼育地が広くなくても大丈夫ですし、安価でおすすめですが……。どうしますか?」


 うーん、それもちょっと考えさせてください。そう言って、ユージはこの場での決定を避けるのだった。奴隷の購入はすぐ決めたクセに。




「ユージさん、奴隷を入手し、家畜も購入して本格的に開拓するとなると、申請すれば正式に開拓地・・・、そして開拓民・・・として認められます。税はかかりますが、まあこれは農地を見つけられたらいずれにせよ取られるので同じことですね。開拓民として認められて税を納めれば、住人証明が得られて街に入れるようになりますよ。もちろん開拓民として申請するとしても、稀人だと知られる可能性はありますが……」


 朗報である。異世界生活3年目にして、ついに合法的に街に入る方法が見えてきたのだ。


「税ってどれぐらい取られるんですか? ご覧の通りの状態なのでしばらく収穫はしょぼいでしょうし、けっこう厳しいんじゃ……。それに、申請するにも街に入れないんじゃないですか?」


「まず、開拓をはじめてから3年間は税の優遇があるので、まあ大丈夫でしょう。ユージさんには保存食の収入もありますから。あ、保存食の販売に関する税は私が払ってますので。それと開拓地の申請は、その旨を告げれば短期間は街に入れます。認められなかった場合もお咎めなしなので、そこは安心してください。まあそう言って街に入り、申請しなかった場合は犯罪奴隷行きですけどね」


 ニコニコと笑顔のまま恐ろしいことを告げるケビン。

 たしかに申請のためなら街に入れると聞いて、ユージの頭にはそう言ってさっさと入れば良かったんじゃ、という思いが浮かんだことは間違いない。危うく奴隷行きであった。まあ認められなくても申請すればいいのだが。しかしその場合は、一度だけ、しかも短期間だけ街に入るのに稀人だとバレるリスクを冒すことになっていた。目的は自分たちの食糧確保だったとはいえ、ユージがコツコツと開拓を進めてきたのは正解だったのかもしれない。


 食糧確保のための開拓。

 身を守るための位階上げと修行のような何か。

 行商人と取引して得たお金と知識。

 ようやく、ユージが街に行く準備が整ってきたようである。

 もっとも、開拓民として認められるためにまだ農地を広げる必要があるようだが。



「なんか開拓民はやけに住人証明をもらうのが簡単じゃないですか? それに開拓した後からの申請でもいいって違和感があるんですが……」


 どうやらユージも少しは疑うことを覚えたようである。


「ええ、もともとは事前に申請するのが基本でした。ですがそれには事前に人も物もお金も準備する必要があったんです。当たり前ですが、そうすると数年あるいは数十年に一度、という期間でしか開拓団が組まれなかったんです。そこで先代の国王が、未開の地に一定の農地を拓いた場合、後からの申請でも開拓民・開拓地として認めるというお触れを出しましてね。それ以来、小規模な開拓も進んだので今も継続されているという状況です。ちなみにこのお触れが出た時は、王都の貧民街からずいぶん人がいなくなったようですよ。多くはこの大森林に向かい、そして大半は開拓に失敗していますがね」


 厳しい話である。もし家がなかったら、もしライフラインとネットが繋がっていなかったら……。ユージも他人事ではない。


 そんな話をしていた時である。



「ケビンさん、ユージ殿! ゴブリンとオークの襲撃です! そのまま下がっていてください!」



 少し離れた場所で開拓をしていた冒険者から、警告の声が飛んでくる。


 冒険者がいたはずの東側に目をやるケビンとユージ、アリス。

 コタローは家の敷地から飛び出し、冒険者たちとユージたちの間で身構えている。



 現れたのは、3匹のゴブリンと1匹のオークであった。

 対峙するのは3人の冒険者。


 中央、パーティの一番前で大きな盾を構える大柄な男、ジョス。右手にはメイスが握られている。

 ジョスの少し後方、右手には白い鎧に派手な赤のラインが目立つエクトル。すでにショートソードを抜き、手に構えている。

 さらに後方にいるのが弓士のイレーヌ。こちらはM字型に屈曲した弓に矢をつがえ、いつでも攻撃できる態勢である。


 そのさらに後ろ、冒険者たちとユージたちの間で悠然とたたずむコタロー。

 真剣なまなざしで戦闘の様子を見逃すまいとしている。ぼうけんしゃたちのれんけいってどうなのかしら、と気にしているかのようだ。


 特に合図のないまま、弓士のイレーヌから矢が放たれ、一番左を走っていたゴブリンの腹に突き刺さる。そのまま倒れるゴブリン。


 だが、イレーヌの二射目は間に合わないようだ。

 2匹のゴブリンが、盾を構える大柄な男、ジョスの下にたどり着く。


 左手で構えた盾であっさりゴブリンの棍棒を防ぐジョス。右手に握られたメイスでもう1匹のゴブリンを攻撃するが、どうやらこれはただの牽制だったようだ。


 いつの間にか後方から回り込んだ派手な鎧の男、エクトルが手にしたショートソードであっさりとゴブリンの首を斬り裂く。

 最後のゴブリンは、ジョスのメイスで頭を殴られ、そのまま崩れ落ちた。


「油断するな、ここからだ! オークがくるぞ!」


 大きな声を張り上げ、盾を構えてパーティメンバーのエクトルとイレーヌに警戒を促すジョス。


 イレーヌに射られた矢が突き刺さるのをものともせず、オークがその巨体を武器に突進してくる。

 おおおおお、と雄叫びを上げて正面からオークに盾をぶつけるジョス。

 衝突の結果、ジョスは後方に吹き飛ばされる。仕方あるまい。いかにジョスが大柄といえ、オークは2メートル近い巨躯で、しかもスピードに乗ってそのまま突っ込んできたのである。


 だが、この衝突でオークの足が止まる。


「よくやったジョス! あとは任せろ!」


 そう言ってオークに斬り掛かるエクトル。派手な鎧を着込んでいるが、戦い方は堅実であった。オークが振るう棍棒をかわし、手足を狙うエクトル。巨体のオークはスピードに乗れば速いが、動き出しは遅い。それを利用して突進させないようオークの周囲を動きまわり、隙を見つけては小さく斬りつける。どうやら持久戦を狙っているようだ。


 後方に弾き飛ばされたジョスもドタドタと駆け寄り、戦線に復帰する。

 オークの正面をジョスに任せ、左右、後方から斬りつけ、突きを放つエクトル。あとは任せろとは何だったのか。


 弓士のイレーヌは、戦闘を見ながら周囲を警戒しているようだ。すでに乱戦となった現在、矢を放って味方に当たることを恐れ、敵の援軍がいないか注視しているのだろう。


 二人掛かりでオークを相手取ることしばし。派手な鎧のエクトルの突きを背中から受け、切っ先が腹に飛び出したオーク。膝をついたところに、大柄なジョスが振り下ろしたメイスが頭に直撃する。


 冒険者三人組が、危なげなく勝利したようであった。



 じっと戦闘を見守っていたコタローは、決着がつくとフンッと鼻をひと息ならし、きびすを返してユージの下へ戻ってくる。たいしたことないわね、と言いたかったようだ。


 行商人のケビンは冷静に彼らの戦闘を見つめていた。雇い主として評価を見定めているのだろう。


 こうしてユージははじめて異世界人の戦闘を目にするのであった。ユージにしては珍しいことに、その手には抜かりなくカメラが握られていた。


 ユージは気づかなかったが、戦闘が始まる前にアリスがはい、ユージ兄、とカメラを差し出してきたのである。アリス7才。賢い子であった。


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