第二話 ユージ、行商人のケビンに労働力について相談する

「ユージさん、こんにちは!」


 今日も今日とて畑作りに精を出すユージの下に、ケビンの声が届く。


「お、おお、ケビンさん、こんにちは。なんだかずいぶん嬉しそうですねえ」


 顔を上げて汗を拭い、挨拶を返すユージ。たしかに行商人のケビンはいつにもましてニコニコとご機嫌な様子である。


 季節は春。

 オフ会の参加者も物資もユージの下に現れなかったが、ユージは気を取り直して活動をはじめている。現実逃避とも言うが。


 午前中は開墾、午後からは畑の手入れか東側の木を伐採するというのがこのところのユージのスケジュールである。

 ユージが開墾している間、コタローは周囲の見まわりかアリスと一緒に庭で遊んでいることが多い。アリスもユージが開墾している時は別行動。一人寂しく鍬を振り下ろすのがユージの日課であった。


「いやあ、一番に商品化できたおおとみいる・・・・・・スティックの売れ行きがよくてですねえ。売値は安いんですが、しっかり利益が出てますよ。やっぱりユージさんと取引してよかった! あ、これはお約束していたユージさんの取り分です。いちおうこちらに売れた数と金額も書いておきましたので、確かめてください」


 そう言って行商人のケビンは、ユージに一枚の羊皮紙と小さな袋を手渡す。


 何気なく受け取り、袋の口を開けて中を覗くユージ。

 キラリと光る数枚の銀貨と、銅貨。


「おお、おお、おおおおおお……」


 ユージは何やら奇声を発したまま固まっている。


 そう。

 ユージは生まれて初めて、自分でお金を稼いだのだ。

 他所から持ってきた知識を売っただけであり、自分で働いて稼いだお金かと言われると疑問だが。



「ユージさん、ユージさん! 大丈夫ですか? どうしました?」


 ケビンの声でようやく我に返るユージ。


「ああ、すいません……。お金を稼いだのが初めてだったので、なんか驚いちゃって……」


「そうですか……。まあ缶詰の方も入れ物は目処がつきましたし、これからはもっと大金を手にすることになりますよ!」


 ユージの驚きをよそに、ホクホク顏のケビンはそう告げるのだった。




 行商人ケビンの来訪はこれで三回目。

 昼食を終え、いつものごとく折り畳みイスに座り、門を挟んで話をはじめるユージとケビン。

 ケビンと専属契約を結んだ冒険者三人組は、東側の木々の伐採に取りかかっている。もはや彼らにもおなじみの行動になったようだ。

 アリスはんむーとがんばっていたが眠気に負け、コタローと一緒に家でお昼寝である。


「それにしても……畑までできましたか。開拓も進んでいますねえ」


「いやー、俺とアリスだけなので、なかなか進まないんですよ」


 いえいえ大人お一人でこれなら充分速いですよ、いやいやそんなことは、などとずいぶん日本人的な会話を交わす二人。


「うーん。でしたらユージさん、奴隷を手配しましょうか?」


 当たり前のように言い放ったケビンの言葉に、ユージは本日二度目の硬直を見せる。


「え……? 奴隷……ですか?」


「ええ、そうです。開拓や畑仕事なんかに使っている人もいますよ。先ほどユージさんにお渡ししたお金ではちょっと足りないと思いますが、まあ缶詰が売れるようになったらすぐに取り返せますし、先にご用立てしましょうか? あれ? 奴隷ってユージさんの世界にはいませんでしたか?」


「え、ええ。昔は奴隷制度はあったようですけど、俺が生まれた頃にはとっくになくなってました。だからちょっと……抵抗ありますね」


「なるほど……。ちなみにこの国では、奴隷は犯罪奴隷とそれ以外の奴隷にわけられます。ユージさんの世界の奴隷がどんなものかはわかりませんが、奴隷の主は衣食住を世話する必要があります。その代わりに労働させる。開拓や農作業、大きな屋敷だと下男なんかが多いですかね。主しだいですが、功績に応じて解放されたり、わずかな賃金でもコツコツ貯めて自分を買い、自由を得ることも多いですよ」


 まあ犯罪奴隷はまったく別物ですけど、と呟くように付け足すケビン。

 どうやら奴隷と聞いてユージがイメージしたよりも待遇は良さそうである。


「それ……こう主の機嫌によって殴る蹴るされたりとか、せ、せ、せ……性的なアレとかあったりするんですか?」


 動揺しながらケビンに話しかけるユージ。性的なアレがあるかどうか確かめて何をするつもりなのか。だが仕方があるまい。もう十年以上も右手が恋人なのだ。たまに左手に浮気するようだが。質問するぐらいは仕方のないことだろう。


「ユージさん……。ええっと、何らかの失敗に罰として鞭で打つことは認められていますが、理由なき暴力は禁止されています。そもそも高いお金を出して購入する財産ですから、あまり理由なしに傷つける人はいませんが……。性的なことは、いちおう合意の上であればかまわないとなっています。そうは言っても奴隷の側からしたらそうそう断れないでしょうけど。まあそういったことも許容する女性は、奴隷になるのではなく自分から娼館に身売りすることが多いですよ。お金を手にするのは一緒ですが、娼館なら継続的に高い収入を手にできますから」


「な、なるほど……」


 わずかに肩を落とすユージ。これで取り繕っているつもりのようである。


「で、でも、そう、労働力! 開拓や農作業のために奴隷は欲しいかなあ、なんて。できればその、若い女の子で、おっぱいが」


「ケビンおじちゃんこんにちは!」


 お昼寝から目覚めたアリスが、玄関から駆けてきて行商人のケビンに挨拶する。

 ワンワンッとコタローもケビンに挨拶しているようだ。


 固まるユージ。本日三度目の硬直である。


「ユージ兄、なんかへんだよ? どうしたの? なんのおはなししてたの?」


「え、あ、いやあ、ケビンさんとね、開拓と農作業のために奴隷を雇ったらどうかってね、そう、開拓のためにね、あはははは」


 アリスの無邪気な視線に射すくめられ、たどたどしく答えるユージ。

 なんだかあやしいわね、とコタローはユージをじっと見つめている。

 あははは、とごまかし笑いを浮かべながら、ユージはちらりとケビンに目をやる。


「ええ、そうなんですよ。奴隷を購入すれば開拓はもっと速く進められますし、農作業の知識がある奴隷なんかは比較的容易に手に入りますしね。そうすれば順調に農作物もできるだろうとユージさんと話してましてね」


 視線で通じ合った男たちの友情タッグである。

 そう、そうなんだよーとブツブツ呟くユージ。


 コタローはあいかわらず、だまされないわよ、なんだかあやしいわね、と男二人を見つめている。しょせん男のごまかしなど女には通用しないのだ。犬だけど。


「そ、そうですね、例えば獣人なんかだと力も強いですし、中でも犬系の獣人はどうでしょうか? あ、主への忠誠心は高く、裏切ることはないと言われていますよ」


 コタローの目線に、ケビンも動揺を隠せないようだ。

 だがなぜコタローに説明しているのか。言葉通り犬系の獣人がやって来てもユージではなくコタローに忠誠を誓う未来しか見えない。


 じゅーじんさんはやさしくてつよくてかっこいいんだよーとアリスはユージに教えている。どうやら村でお世話になっていた狩人で狼獣人のドニを思い出し、ユージに伝えようとしているようだ。


「え……あれ……? ってことはケモミミですか!? ケビンさん、獣人の耳はどうなっているんですか!?」


 何かに気がついたのか、勢い込んでケビンに尋ねるユージ。


「え? ええ、種族にもよりますが、だいたいの獣人は頭の上の方についていますよ」


 無言で拳を天に突き上げ、ガッツポーズをするユージ。


 なにしてるのよばかね、と言いたげなコタローの冷たい視線も気にならないようだ。

 アリスはキョトンとユージを見つめている。


 ケビンさん、獣人の奴隷、手配してください。


 ようやく、ユージの口からそんな言葉が聞こえてくるのだった。


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