閑話5-13 サクラの友達の恵美、北条家跡地で不審な男に遭遇する
-------------------------前書き-------------------------
副題の「5-13」は、この閑話が第五章 十三話目ごろという意味です。
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「ふんふーん、あ、このへん懐かしいなあ。ちょっと寄り道して行こうかな」
二車線の道を走る黒い軽自動車が、左折して田舎道に入っていく。道の横は刈り入れを待つばかりとなった稲穂が頭を垂れ、美しい黄金色を見せている。
「おおー! やっぱこの季節はきれいだわー。日本の田舎! って感じ。これでも県庁所在地なのにね……」
ハハハ、と力なく笑う恵美。幼稚園のママ友とお茶会という名のグチ大会を終えた帰り道。景色を楽しむとともに、北条家の跡地を見ていくという目的もあってこの道を選んだようである。
「どれどれ、北条家はあいかわらず空き地のまま……え?」
たしかに、北条家の跡地は以前と変わらず空き地のままだった。
だが、なぜかその場所には車が停められ、テントが張られている。
よく見ると車の横にはいくつもの荷物も積み上げられているようだ。
「え? ええ? ナニコレ?」
北条家の跡地の前で車を停め、ガチャリと音を立てて車を降りる恵美。手にはスマホが握られ、110がセットされて発信するばかりとなっている。ユージが見習うべき警戒心である。母は強いのだ。
「すいませーん、誰かいますか? ここ、友達の土地なんですけどー」
「ああ、不審がらせてしまいましたね。申し訳ない」
おそるおそる呼びかけた恵美の声への返答は、低く落ち着いた声。まるで狙っているかのように、人を安心させる声だった。
ゆっくりとテントから一人の男が出てくる。
歳の頃は50代であろうか、きっちりと着こなしたスーツ。髪は白髪まじりというより、黒髪の方が少ない。金属フレームの角ブチメガネがさらにかっちりとした印象を与える。場違いである。
よく見ると、背中には大きなリュックサックを背負っていた。足下は歩きやすそうなスニーカーである。一昔前のニューヨーカーか。
「私はサクラ・フローレスさんの代理人をしている郡司と申します。北条家の土地に立ち入ることは、サクラ・フローレスさんから許可をいただいています」
自らが不審がられていることにいっさい慌てることなく名乗る男。
だが、サクラの友達の恵美は信じることができなかったようだ。
当たり前である。
「あ、もしもしサクラ、いま大丈夫? うん、なんかサクラの家に行ったら、空き地に変なおじさんがいるんだけど……」
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ああ、サクラさん。ええ、そうです郡司です。はい、はい。例の件ですか? ご友人が隣にいますが……ええ、わかりました、では。先日メールでもお送りしましたが、水道・ガス・電気、各社の件は片付きました。ええ。それとメールにも記載しましたが、捜索願の件、提出するかどうかお考えください。7年で失踪が成立しますので、雄二さん不在でも様々な法的手続きが可能です。もちろんこちらに戻って来られたら取り消すことも可能です。はい、はい。では恵美さんに代わりますね。恵美さん、申し訳ありません、別件の話もしましたので、通話料をお支払いしますね」
「あ、サクラ、ごめんまた掛けるね! 郡司先生、通話料はけっこうです! 疑ってすいませんでした!」
「いえ、かまいませんよ。不審に思われるのは当然ですから。いちおうお隣の住人にはご挨拶していたんですが……」
サクラと電話で話し、さらに不審な男にもサクラと電話で話させることでようやく名乗る通りの人物だと納得した恵美。大きく頭を下げ、非礼を詫びる。とはいえこの場合、恵美の行動は当たり前のものであろう。
「それで……弁護士の先生がどうしたんです、その格好? それにテントとか、この段ボールとか……」
誰かはわかったものの、それですべて納得した訳ではない。まわりを見渡し、質問を重ねる恵美。
「そうですねえ。北条雄二さんが異世界にいるらしい、ということはご存知ですか?」
「ええ、サクラに教えたのは私ですし、掲示板も見ていますから……え?」
スーツを着こなす50代の真面目そうな男から聞かれた事実。
さらに、跡地に置かれた段ボールの山とテント。
悪路に定評があり、場所によっては魔改造されて装甲車ともなる国産メーカーのSUV。
そしていまだ下ろされず背負われたままの大きなリュック。
なんとなく、男がここにいる理由が想像できる。
「雄二さんは、敷地にあった門や生垣、家ごと異世界に行ったようだと聞きました。そこで、ここに置いていけば物も異世界に行くのではないか、と考えたのがはじまりです。結果は何日経ってもそのままここにありました。次に人がいなければダメなのかと考えまして、私がここに泊まってみたのです」
恵美の予想通りである。この郡司という男は、ユージが異世界に行ったことを信じ、どんな条件で異世界に送られるのか調べていたようだ。
「えっと……でも泊まってみたって、それだと郡司さんも異世界に行っちゃいませんか?」
背負われた大きなリュック、足下のスニーカー。目にしているものでその答えを半ば予想しながら、恵美はさらに問いかける。
「結果は行けませんでしたね。何度か泊まってみたんですが。あとは雄二さんが異世界に移動したと思われる日、同じ日付に前後合わせて泊まってみようかと思います」
「いえ、それはいいんですけど……。あの……ご家族とかは?」
常識人っぽい見た目の男の非常識な行動を前に、恵美にいつもの勢いはない。
「大丈夫です。もう息子も働きはじめましたし、妻は早くに亡くしていますから」
そう言って、寂しげにそっと地面に視線を落とす郡司。
「いえ、あの、それごまかして目を逸らしてるだけですよね?」
だが、恵美は騙されなかったようだ。母は強しである。
「いいじゃないですか。息子も独り立ちして、仕事も一段落しましたし。行きたいんですよ、異世界。昔から夢だったんですよ」
やはりそれが郡司の本音だったようだ。
だが、人も物も北条家の跡地からは異世界に送れないことがわかったのは事実である。
よし、この情報を検証スレに書き込まなきゃ。そう決意する恵美。
どうやらすでに彼女も手遅れなようである。
いや、どうやらすでに恵美も郡司も手遅れなようであった。
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