第三話 ユージ、冒険者に依頼をする

「おはよーユージ兄!」


 冒険者との邂逅かいこうから一夜明けた朝。

 目を覚ましたアリスが、ユージに声をかける。


「ユージ兄、朝からぱそこん・・・・してるの?」


「おはよーアリス。うん、ちょっとねー」


 疲れた表情で笑いながら答えるユージ。


 アリスが起きたなら朝食だな! と大きな独り言を発し、カチャカチャとキーボードで打ち込んでからアリスの手を引いて階下へ向かう。



 アリスをリビングのソファに座らせ、ユージはちらりと窓から外をうかがう。

 冒険者たちも起きだし、門の前で朝食の準備をしている。

 よし、と小さくガッツポーズをとるユージ。


 こちらを敬い、律儀に野営の許可を求めた大柄な男・ジョスは、黙っていなくなることはないだろうという読み通りである。

 なにやら、ユージは冒険者たちに用事があるようだ。



 そして朝食を食べ終えたリビングで、ユージがアリスに問いかける。


「アリス、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」


「うん、いいよー。どうしたのユージ兄。朝からちょっとへんだよ?」


 小首をかしげるアリス。

 コタローも、なんかへんよ、なにたくらんでるの? と言いたげな目でユージを見つめている。


「ん、なんでもないよー。それでさ、アリス。アンフォレ村にいた時に、村の外に住んでいる・・・・・・・・・人で知っている人は・・・・・・・・・いないかな・・・・・? 街やほかの村にいる親戚とか……」


 そう。

 アリスが住んでいた村は、盗賊に襲われた。

 もちろん生き残り、逃げのびた人がいる可能性はあるが、探すのは簡単ではないだろう。


 だが。

 村の外にいて、アリスのことを知っている人ならば。

 どこかの村や街には確実に住んでおり、連絡を取ることは容易だろう。

 今なら、連絡を取る手段はあるのだ。

 すぐ門の前に、街まで帰る冒険者たち・・・・・・・・・・がいるのだから。


「村のそと? うーん……お父さんとお母さんはかけおちだから家族はみんなだけなのよって言ってたし、うーん、うーん」


 眉間にシワをよせ、両手を頭にあてて、うんうん考え込むアリス。

 コタローはユージの考えに気づいたのだろう。

 アリスの横にお座りし、そうよありす、がんばっておもいだして、と言わんばかりにつぶらな瞳で見つめている。


「そうだなあ、あとは、たまに村に来てた人とか……いないかな?」


「あっ! たまに村にきてた人ならアリス知ってるよ! ぎょーしょーにん・・・・・・・・のおじちゃん!」


「そうか! アリスが計算を教わって手伝ってたっていう行商人さんか! 最高じゃないか!」


 考えてみれば当たり前だが、行商人はアンフォレ村以外に住んでいたようだ。


「アリス、行商人さんの名前はわかるかな? 村に来てた行商人は一人だけ? その人はどこに住んでたか知ってる?」


 興奮しているのか、幼いアリスに早口にいくつも質問するユージ。

 コタローがアリスの横からユージの前まで移動し、ちょっとおちつきなさい、と右の前脚でタシタシとユージの足を叩く。昨日と違って爪を当てない優しい肉球タッチである。

 あ、大丈夫アリス、ゆっくりで良いからね、といまさら付け加えるユージであった。


「うーんとね、うーんとね……村には、ぎょーしょーにんのおじちゃんが春のまえと秋のあとに来るの。だから、ぎょーしょーにんさんはおじちゃんだけ! まちに住んでるって言ってた! おなまえ……おなまえはアリスわかんないや……」


「充分だよアリス! ありがとう! アリスはちょっとここで待っててね。コタロー、行くぞ!」


 ポカンとするアリスをリビングのソファにおいて、門に向かうユージ。

 そのすぐ後ろをコタローが進んでいくのであった。




「ジョスさん、イレーヌさん、おはようございます。ひとつお願いしたいことがありまして。いまちょっといいですか?」


 門越しに冒険者たちに話しかけるユージ。

 何気なく、派手な鎧の男・エクトルを除外して呼びかけていた。


「おはようございます、森の魔法使い殿。イレーヌ、こっちへ。エクトルは片付けを頼む」


 お願いしたいこと・・・・・・・・と聞いて、交渉ごとだと理解したのだろう。

 ユージがエクトルを外して声をかけたことを理解しながら、ジョスもエクトルを遠ざけた。


「それで、どのようなことでしょうか? 我らはまだ8級の冒険者。あまり大きなことはできないのですが……」


 大きな男が、体を小さくして怖々こわごわと声をかける。


 それもそのはず。

 見えない壁を作り出し、誰も来ない森の奥で、見たことのない形状の館に住む魔法使い。

 ジョスが物語や英雄譚を思い浮かべ、身構えるのも無理はないシチュエーションである。


「いや、そんな難しいことじゃないですよ。これからプルミエの街に戻るんですよね? そのプルミエの街で、年に2回、アンフォレ村に行っていた行商人を探してもらって、ここに連れて来てほしいんです」


「行商人ですか……。年に2回行っていたということは、定期ルートでしょう。商人ギルドに聞けばどの行商人かわかるでしょうから、そこまでは問題ありません。ただ、その後ここに連れて来る、ですか……」


「わかりますか! よっしゃあ! それなら問題ないですよ! アリス、昨日のあの子ですが、村が盗賊に襲われて逃げてきたって言いましたよね? それがアンフォレ村なんです」


「たしかに、アンフォレ村が盗賊に襲われたという話は街でも聞きましたが……」


「それから、行商人が村に来た時、アリスは手伝っていたとも言っていました。だからその行商人が誰かわかれば、伝えれば来てくれるんじゃないかと思います。アリスが生きていて、会いに来てほしいと伝えてください」


「ふむ……。たしかに可能性はありますね。ですがその……」


「……8級でも、私たちは冒険者。依頼には対価を。私たちと行商人それぞれに」


 これまでユージとジョスの会話を黙って聞いていたが、ここで割って入るイレーヌ。今は弓を持っておらず、無手のようだ。


「もちろんです! ちょっと待っててください!」


 ユージはそう言い残し、家の中へ駆け出していく。


 コタローはこの場に残るようである。

 三人の冒険者たちから目を離さないが、そこに昨日ほどの警戒心はない。

 もっとも、目を離さない時点でまだまだ信用していないようだが。




 息を荒げ、ユージが門の前に戻ってくる。

 手には四枚、縦20cm・横15cmほど、だいたいA5サイズぐらいの小さな板のようなものを持っている。


「一枚は行商人への報酬に。残りの三枚は、みなさんが行商人をここまで連れて来たらお渡しします。報酬はこれで充分間に合いますよね?」


 右手に一枚持ち、門の上からユージが手を伸ばし、境界を越える。


 ジョスがその板のようなものをおそるおそる受け取る。


「これは……何ですか? 何やら固くてツルツルした不思議な板のようですが……」


「開けてみてください。短い方についている出っ張りを指でおさえて、こう、カパッと」


 ユージが手元の一枚を使って実際に開いてみせる。


 ちょうど朝の光がキラリと反射する。


 それは鏡であった。


 日本では女性のバッグに必ずと言っていいほど入っているコンパクトミラーだ。

 ユージが用意した四枚は、コンパクトミラーの中では大振りの物である。


ゴクリ


 ジョスとイレーヌが、唾を飲み込む音が重なった。

 野営地では、鼻歌を歌いながらエクトルが片付けを進めている。

 ユージの足下では、コタローが尻尾を振り、やるじゃないとでも言いたげに体をこすりつける。目は冒険者から離していないが。


「森の魔法使い殿。これは……。行商人を連れて来たら、これを我らに三枚? それではもらいす……」


「充分。報酬は充分。期限は?」


 ジョスはなにやらためらっていたようだが、イレーヌが鼻息も荒くさえぎって答える。


「期限……。できるだけ早くお願いしたいんですけど……10日後まででどうでしょうか?」


「森の魔法使い殿、それはさすがに短い。ここから街に行くまで丸三日はかかる。行商人がいま街にいない可能性もあるのだ」


「……20日後まで。10日後までに連れて来たらもう一枚追加」


「イレーヌ!」


「いいですよ。早ければ早いほどうれしいですから。そのかわり、戻って来るまで鏡のこと、この場所のことはその行商人以外の人に言わないようにしてください」


 他言無用の条件をつけ、追加報酬の申し出を受けるユージ。


 いくら異世界で価値がありそうとわかっていても、ユージにとっては1000円程度の品物。品質を気にしなければ、100円ショップでも手に入る物である。


 昨夜、ガサゴソと母親と妹の部屋を探したら、コンパクトミラーだけで大小あわせて八枚も出てきたのだ。

 姿見や洗面所の鏡、母親の鏡台は別にして、この数である。

 一枚追加で10日早くなるなら安い物だ、というのがユージの感覚であった。


「それでは、よろしくお願いします」


「わかった。受けたからには全力を尽くそう」


 一礼するユージ。


 ユージが頭を上げると、目に入ってきたのは直立のまま、何やら右の手のひらを左の胸、鎖骨の下辺りに当てるジョスとイレーヌの姿であった。

 どうやらそれがこの世界の礼であるようだ。


 こうして冒険者たちとの二日目の交流は終わり、三人の冒険者たちはグチュグチュと湿った土を踏みしめながら、急ぎ足で街へと戻っていくのであった。




 門の内側で見送るユージとコタロー。

 冒険者たちの姿が見えなくなるとユージは大きな息を吐いて座り込む。


「よかったあああああ、うまくいったああああ!」


 脱力し、そのままゴロンとまだ湿った庭に転がる。


 コタローが上機嫌で寝転ぶユージに飛び乗った。

 ブンブンと尻尾を振りながらユージの顔をなめまわすコタロー。

 あさからすごいじゃない、やればできるじゃないのゆーじ、わたしはごきげんよ、と全身で表現している。

 興奮状態のコタローだが、うれションはしない。淑女なので。


 

 それにしても。

 村の外に知り合いがいないかアリスに確かめたこと。

 冒険者たちに知り合いを探させ、連れて来させるお願い。

 報酬として用意されたコンパクトミラー。

 エクトルを外すところから期限を決めるまでの交渉。

 ユージとは思えないほどの働きである。


 明日は槍が降るか、天が落ちるか。

 それとも覚醒なのか、確変なのか。


 昨日のユージが、いや、これまでのユージが嘘のような動きである。

 もちろん、ユージが一足飛びに成長したわけではない。

 顔にくっきり浮かぶ隈、すっかり強ばった腰、肩、手首、手のひら、指。


 そう。

 ユージは、昨夜から今朝まで一晩中、掲示板に相談していたのだ。


 いや、相談ではない。


 昨夜から今朝まで一晩中、掲示板から指示を受け、その指示を覚えて行動していただけだったのだ……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る