第二話 ユージ、冒険者三人組と会話を試みる。
「……こ、こ、こんにちふぁ」
なんとか絞り出した渾身のあいさつを噛んでしまったユージ。
いつもであれば賢いコタローがフォローするのだが、今はグルグルうなって門の前に立つ冒険者たちを威嚇するばかりである。
ゆーじ は まごまご している!
「
固まった空気をほぐしたのは、アリスの明るい声だった。
ニコニコ笑顔で冒険者たちにご挨拶である。
「こんにちはかわいいお嬢さん! なんかすっごいね、こんな建物初めて見るよ! 二人で住んでるのかな? あ、俺はエクトルね! プルミエの街の8級冒険者で、ユキウサギを狩りに来たら獣道を見つけてさ、それでゴフッ!」
ハイテンションでしゃべり続けるエクトルのアゴを、弓を持った女の右拳が打ち抜く。同時に、190cmは超えているだろう大柄な男が一歩前に出る。
「騒がしくてすまん。アイツが言った通り、俺たちはプルミエの街の冒険者だ。俺はジョス。獣道を見つけて、ゴブリンや盗賊がいるかもしれないと思って調べに来たんだ」
崩れ落ちるエクトルを
「……イレーヌ。ジョスと同じ」
大男の影に半身を隠したまま、弓を持つイレーヌが挨拶する。応対はジョスに任せるようである。
「アリスはアリスです! 6才です! アリスはアンフォレ村にすんでたんだけど、とーぞくが来て、逃げて、それでいまはユージ兄といっしょにここにすんでます!」
おーおー、えらいなアリス、よく自己紹介できたなと言いながらアリスの頭を撫でまわすユージ。アリスに見つめられて、にへらっと笑い返している。
にこにこと笑顔でアリスと見つめ合うユージ。
ユージ兄のばんだよと言われ、ユージはやっとアリスに見つめられていた理由に気づいたようだ。
ポンコツである。
「あ、ああそうか、俺か。えーっと、ユージです。それからこの犬がコタロー。よろしくお願いします」
ようやく名乗ったユージ。だがユージとコタローの名前を伝えただけである。
その後はコタローに触れようとしながら、おかしいな、ふだんこんなにコタローが興奮することないんだけど……人と会えてうれしいのかな? とブツブツ呟いている。
冒険者たちはほったらかしで、目を合わせようともしない。
そのコタローは、冒険者たちを睨みつけながら、歯もあらわにグルルルルと威嚇し続けている。
場所はユージとアリス、ふたりの前。わたしがまもるのよ、との決意が見て取れる。
ときおり、目線は冒険者に向けたまま後脚でテシテシとユージの足を蹴る。
器用な犬である。
あんたもちゃんとけいかいしなさいよ、とユージに伝えたいようだ。
もっともユージはコタローが何を言いたいのか気づいていないようだが。
全員が状況を理解しきれないまま、無言の時間が続く。
コタローのうなり声と、ほらしゃんとしなさいよ、とユージをテシテシ蹴る音が聞こえるのみである。
「あ、あの、えっと、よかったら上がっていきます? ドングリコーヒーかハーブティーもどきぐらいしか出せませんけど……いろいろお話も聞きたいですし……」
「いいのか? その犬はずいぶん俺たちを警戒しているようだが」
ジョスに言われてコタローを見るユージ。確かにコタローは冒険者たちを警戒しているように見える。
「なんでしょーねー、ふだんあんまり人見知りしないヤツなんですけどね。あ、俺が押さえてますから入っちゃってください」
なにいってんのよいれちゃだめよ、とばかりにコタローの蹴りが強まる。
いたい、いたいってと言いながらコタローを抱きかかえようとするユージ。肉球ではなく爪を当てはじめたようである。
アリスはニコニコと笑顔。人を信じる素直な子なのだ。
その様子を見て、ジョスは考え込んでいるようだ。
この謎の館の主らしき人物から招かれたため、応じなければ失礼になるのではないか、などと考えている。真面目な男である。
一歩踏み出し、その大きな手を門に伸ばすジョス。
ひとまずもう少し近づき、敷地の中に入って門越しではなく直接この主と対面し、招きに応じるかどうか決めようと考えたようだ。
コン
上から門を掴んで開けようと伸ばしたジョスの手が、門の上、
驚きのあまり固まるジョス。
ゆっくり動きだし、手の平を門の上の何もない空間に近づける。
止まる。
まるで見えない壁にぶつかっているようだ。
ボカンと大口を開け、その様子を眺めるユージ。
コタローも動きを止める。
アリスはコテンと首を傾け、不思議そうに見守っている。
「なんだこれは……魔法、か? どうだイレーヌ?」
「……わからない。私は生活魔法しか使えないし」
問いかけられたイレーヌが門に近づき、見えない壁に触れ、答える。
もう一人の冒険者、アゴにダメージを受けてしゃがみ込んでいたエクトルが立ち上がり、ダダダッと門に駆け寄る。
「うおー、なんだこれ! すげえ! 見えないのに触れるしなんか硬い! うわー、すっげー、なんだこれなんだこれ! どーなってんだ? おおーっし、フンッ!」
大騒ぎしていたエクトルが、いきなり剣を振り上げ、力いっぱい振り下ろす。
ガインッ!
衝撃で剣を落とし、うおーうおーと手を押さえて転がっている。この男、ユージの同類か。
「バカが……うちのエクトルが本当に申し訳ない。害意があったわけではないんだ。おそらくだが……。とにかく申し訳ない。だが、我らは中に入れないようだ。この見えない壁は魔法だろうか?」
「魔法……。どうなんだろう……なんかわかる、アリス?」
自分でもわからないことを6才の幼女に問いかけるユージ。
だが、物知りなアリスもわからなかったようだ。
小首をかしげ、右手をアゴに添えてちょっと考えた後、うーん、アリスわかんない! 初めて見た! と明るく言い切った。
そういえばゴブリン襲来の時、アリスはまだこの家にいなかったな、と言いながら考え込むユージ。
ゴブリン襲来の際に確かめた謎バリア。
存在は知っていても、それが何なのかいくら考えたところでユージは答えを知らない。
「うーん……魔法、みたいなものなのかなー。なんて言ったらいいか、俺もわからないです」
突然、受け答えしていたジョスがその大きな体を折り曲げ、頭を下げる。
「森の魔法使い殿。申し訳ない。見えない壁に攻撃したばかりか、魔法についていらぬ詮索をいたしました。どうかお許しください。また、すでに日が傾いております。厚かましいとは思いますが、門前にて我らが野営することをお許しいただけないでしょうか」
「え、え、あ、ええ、それぐらいいいですよ。なんかこちらこそ野宿させちゃって申し訳ないです」
厳つい大男に頭を下げられ、あたふたとしながら答えるユージ。
ほっと安堵の息を吐き、頭を上げるジョス。
では我らはこれにて、とユージに声をかける。
さっそく野営の準備をはじめるようである。
もっとも、ユージはその挨拶をまったく聞いていなかったが。
「そっかー俺が魔法使いかー、日本では魔法使いになれなかったんだけどなー、本物の魔法使い、森の魔法使い殿……ふへへへ。そのうちこう、ズバッ! バビューンって魔法なんか使っちゃったり。ふへへへへ」
にやにやと笑みを浮かべ、小声でブツブツ呟いている。
気持ち悪い男である。
異世界で、それっぽい男に「魔法使い殿」と呼ばれたことがうれしかったようだ。
ユージは魔法を使えないのに。
アリスは、きょとんとしてそんなユージを見つめている。
コタローはユージの足をゲシゲシと蹴り続けている。
しゃんとしなさいよ、あぶなかったのよこのおばか、と未だにおかんむりのようだ。
こうして、ユージの初めての異世界の成人との交流は、よくわからないまま一日目を終えたのだった。
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