『第四章 ユージは金持ちニートから森の魔法使いにジョブチェンジした』
第四章 プロローグ
日陰にはちらほらと雪が残るも、これまで雪に覆われていた地面が露出しはじめた森。
静かな森の中に、ぐちゅぐちゅと雪解け水で濡れた土を踏みしめる音が響く。
「……ジョス、速い。ゆっくり歩いて」
左手にM字型に屈曲した弓を持つ軽装の女性が、前を歩く二人の男に声をかける。
「そうか、すまん」
黒い皮鎧を身にまとった大柄な男が素直に謝罪を口にする。背には木製の大盾を背負い、腰にはメイスがくくりつけられている。
「イレーヌが遅いんじゃない? そんなんじゃまた日が暮れて狩りができなくなっちゃうよ! ほら、もっと急いで!」
森に響く大きな声でイレーヌを急かすのは、白く塗られた皮鎧をさらに赤いラインで装飾した、一見して派手な男。赤いラインがところどころ歪んでいるのは、自ら塗ったからだろうか。こちらは左の腰に小振りな剣を帯びている。
「……エクトル、うるさい。あとウザい」
えー、イレーヌ、うざいってひどいよーとぎゃあぎゃあ騒ぎだす男。
その声を聞きつけたのか木陰の根元、雪上に潜んでいたユキウサギが飛び出し、その勢いのまま三人から遠ざかっていく。
「……またユキウサギに逃げられた。エクトルのせい」
どうやらこの三人は、雪解けを迎えた森にユキウサギを狩りに来たようだ。
「くっそー! ユキウサギは冬が終わったら毛皮が灰色になって買い取りが安くなるっていうからわざわざいま森に来たのに! まだ一匹しか狩れてないじゃん!」
「……だいたいエクトルのせい。うるさくてユキウサギが逃げる」
う……ごめんと小さな声で呟き、ようやく大人しくなる派手な鎧の男。
そんな会話をしている二人に、大男が呼びかける。
「おい! ちょっとこっちに来てくれ!」
やっと静かになったのに、と言いながら大男の元へ向かう弓士の女と派手な男。
どうした、なんかあったか? という問いに対する大男の答えは、街から三日も離れたこの場所では意外なものだった。
「見てくれ、獣道だ。しかも刃物で枝が切られてる」
「……ゴブリン? オーク? 盗賊?」
「ギルドでは森のこの方角にオークの情報はなかった。盗賊もだ。ゴブリンは出るらしいが、情報では木製武器だけだ」
「……冬の間に流れてきた?」
「そうかもしれないが、わからない。あとは昆虫系モンスターもこんな切り口を作れるヤツがいるだろうが、情報はない」
「よし! だったらこの道を進んで確かめてみようぜ! 何がいたか報告すればギルドから金がもらえるだろ?」
これまで黙って二人の会話を聞いていた、派手な男が主張する。二人が答えるより早くすでに歩き出している。
はあ、と大柄な男と弓士の女のため息が重なり、しぶしぶと歩き出す。
彼らにとって、これがいつものことなのである。
ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅと湿った音を立てて歩き続ける。
すでに日は傾きはじめたが、三人は無言で歩き続ける。
まだ森の中の獣道は続いているのだ。
だが、ぬかるんだ地面は想像以上に体力を奪う。
うつむきながら、三人は無言で歩き続ける。
何気なく、先頭を歩く派手な男が顔を上げる。
「おいおいおいおい、ウソだろ……」
遥か道の先に見えたのは、
切りそろえられた木でできた壁。
縦に格子がはしり、内側が見通せる金属製の門。
その内側に建つ家の屋根は、何枚もの波打つ黒い陶板らしきもので覆われている。
薄い灰色の外壁。
透明なガラスでできた大きな板。
「……見たことない形状の建物。知性ある生物がいると推測。警戒」
それは知りたいという探究心か、報告すれば金になるという金銭欲か、単に怖いもの見たさか。
イレーヌの声に従い、警戒しながらゆっくり近づいていく三人。
その時である。
切りそろえられた木々の影から、幼い子どもと薄茶色の犬が飛び出してくる。
黒い金属製の格子の隙間を通して、両者の目があう。
とたんに建物に向けて駆け出す幼女。
なにやら叫び声を上げながら建物の中に向かっているようだ。
「ユージにぃいいいーーーー!
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