第三章 エピローグ

『当機は成田国際空港を離陸しまして、ただいま水平飛行に入っております。ロサンゼルス国際空港到着時刻は、現地時間で12月16日、午前11時10分の予定でございます。現地の天候は晴れ、気温は摂氏14度の見込みでございます』


 ふう。

 機内アナウンスを聞き、サクラはひとつ息を吐き出して座席のリクライニングを軽く倒す。


 激動の日本滞在を終え、夫のジョージが待つロサンゼルスへ帰る飛行機内である。

 一週間の滞在だったが、肉体的・精神的疲労から40万円近い追加料金を払ってビジネスシートを利用することにしたようだ。

 もちろん両親の遺産等の分配をして、ユージ同様にお金持ちになったからこその選択である。


「それにしても、疲れたあ……。ちょっとぐらい贅沢してもいいよね、うん。今月分のカードの請求は見ないことにしよう」


 疲労を理由にして自らに言い聞かせるサクラ。現実逃避である。やはり血は争えないようだ。


「でもお兄ちゃん、異世界かあ……。会えないのはアレだけど、ジョージと結婚してアメリカに住むって決めた時からなかなか会えなくなるだろう、って思ってたし。そうよね、うん。メールのやり取りもできるんだし、あの頃の元気なお兄ちゃんが帰ってきたことを喜ぼう」


 にへらっとだらしなく笑うサクラ。この10年、引きニートの兄からは少し距離を置いていたが、古い友達は彼女がブラコンであったことを知っている。



『あらお嬢さん、日本で何かいいことでもあったのかしら?』


『おい、日本の方だろ。英語は通じないんじゃないか?』


 年の頃は50代後半だろうか、通路を挟んで座る上品な夫婦に英語で声をかけられるサクラ。だらしない笑顔が女性の琴線に触れたようだ。


『いえ、英語は話せますよ。夫がアメリカ人なもので。そうですね、日本ですごくいいことがあったんですよ』


『あら、そう? よかったらどんないいことがあったか聞かせてもらえるかしら? すごくいい笑顔してたから、気になっちゃって』


『うーん、ちょっとだけですよ? すごく簡単に言うと、いろいろあってふさぎこんでいた兄が元気になって、今はいろいろ楽しいって活動的になったんです。それがうれしくって』


『あらあら、またいい笑顔しちゃって。お兄さんのことが好きなのね?』


『そうですね……。いまの兄は好きですよ』


 にっこり笑って言い切るサクラ。アメリカで兄妹に対して『love』を使う表現は普通のこと。サクラはすっかりアメリカナイズされているのであった。


 兄が10年も引きこもっていた、というふさぎこんでいた期間までは最後まで言わなかったが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「外はすごい吹雪だなー」


「ごーってなっててすごいね! でもえあこん・・・・があるから寒くないよ! すごいねユージ兄!」


 リビングの外に広がるのは、一面の雪。強い風にあおられた雪が、白い線を斜めに描き続けている。


 元いた世界のこよみでいうと、今は2月後半。

 この世界に「暦」の概念があるか未だユージは知らないが、いまも冬は続いているようである。


「冬はいつまで続くんだろーなー。いい加減あきてきたよ……。アリスはあとどれぐらいで春になるかわかるかな?」


「んーっとね、冬はね、いーっぱい雪がふるふぶき・・・でお外に出られなくなって、それが終わったら、ちょっとしたら雪がふらなくなるんだよ!」


 おーおー、アリスはかしこいなーと言いながらじゃれつくユージ。

 コタローも、もううちのいもうとはかわいいわねえ、と一緒になってアリスにまとわりつく。


「よーしアリス、今日は外に出られないし、一緒に勉強しよっか!」


「うん! アリス、ぱそこん・・・・で、数字をぴこぴこするげえむ・・・やるー」


 日本ではお金持ちなユージ。

 だが、異世界にいる今となってはパソコンソフトやゲーム、電子書籍、マンガなどをダウンロードして楽しむぐらいしか使い道がない。

 娯楽以外の有効な使い道は、アリス用に幼児向けの教育ソフトを購入するぐらいである。


 お金持ちになっても、ユージはユージなのであった。


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