95 奪われる誇りの象徴
「なっ、何故城の上にあんなものがっ!? どうしてあの城の上にリンド王国の国旗が立っているというのだっ!?」
城塞都市の中心部にある巨大な城、その頂上には巨大なリンド王国の国旗が掲げられていた。それを見たリチャードの表情は困惑一色に染まっている。
「何故、オーランデュ城の頂上にあんな旗が掲げられているのだ!?」
そう、今もリンド王国の国旗が掲げられているあの城の名はオーランデュ城と言った。名前から分かる通りオーランデュ城はこの城塞都市の中心部に存在し、他国の者、特にリンド王国の軍勢が万が一、城塞都市内部に侵入してきた時の最後の防衛ラインとなる役目を持っているのだ。
「何がっ、何が起きているのだ!?」
しかし、そんなオーランデュ城に他国の国旗が掲げられているという謎の現状が全く呑み込めないリチャードの困惑は深まるばかりだ。
そんな彼に対して、アメリアは出来の悪い生徒に分かり易く答えを教える様な口調でリチャードに話しかける。
「リンド王国の兵士たちがあのオーランデュ城を制圧したのですよ。城塞都市の内部から上がる煙はその戦闘で発生したものでしょうね」
「なっ、我が一族の誇りたる城塞都市オーランデュが他国の者に踏み荒らされているというのか!? 戯言を抜かすな!!」
オーランデュ侯爵家はこの城塞都市の建造、そして城塞都市の建造後に幾度も起きたリンド王国の侵略、その全てを防いできたという二つの功績を以って嘗ての時代に侯爵位を与えられた。
つまりは、オーランデュ侯爵家の現当主であるリチャードにとってはこの城塞都市こそが自分達の誇りの象徴であり、先祖代々受け継いできた何よりの家宝でもあるのだ。
そんなオーランデュ侯爵家の誇りの象徴たる城塞都市オーランデュが今、他国であるリンド王国の兵士に踏み荒らされているとアメリアは言う。更には、城塞都市の中心部にある筈のオーランデュ城が既に制圧されているとまで彼女は言うのだ。
彼にとっては到底信じられる話ではない。普段のリチャードならば、一笑に付す話だろう。
しかし、これがその証拠と言わんばかりにオーランデュ城にはリンド王国の国旗が大々的に掲げられている。
オーランデュ侯爵家の現当主たるリチャードにとっては、これ以上屈辱的な事は無かった。次第に、彼はアメリアの言葉が真実であると悟らざるを得なくなっていった。
そして、彼女の言葉が真実だと理解させられたリチャードはそのまま自分の隣にいるアメリアを睨みつける。
「っ、貴様っ、全て貴様の仕業だなっ。一体っ、一体何をしたのだ!? 答えろ!!」
「何を、とは?」
「恍けるなっ!! オーランデュ城の頂上に掲げられた旗や城塞都市に起きている事、その全てが貴様の仕業なのだろう!?」
リチャードも当然の様に、ここまでお膳立てされているこの状況が一体誰の仕業なのか、その答えに辿り着いている。
ここまで、タイミング良く全てが重なる訳がないだろう。それこそ、リチャードの目の前にいる女が裏で糸を引いていない限りは、だ。
「ふふっ、よく分かりましたね、その通りです。まぁ、折角なのでネタバラシをして差し上げましょう。
と言っても、それほど難しい事ではありませんよ。実は、あのアンダル砦の前にいた軍勢は貴方をあの砦に留めておく為の囮だったのです。そして、本命となる城塞都市を制圧する為の部隊を私が都市内へと転移させたのですよ。こういう風にね」
そして、アメリアが指を鳴らすと、オーランデュ城の頂上に掲げられた旗がまるで幻のように消え去った。かと思うと、次の瞬間にはその旗はリチャードの目の前に現れていた。
「どんな堅牢な要塞であっても、中からの攻撃には脆く、弱い。シンプルで分かり易い理屈でしょう?」
皮肉にも、それはリチャードが考えていたリンド王国にアンダル砦を奪われた後、砦を奪還する方法として考えていた物と酷似していた。違いといえば予め用意していた隠し通路を使うか、転移で直接内部へ移動するかの違いだけである。
実際、内部からの制圧はそれほど難しくは無かった様だ。指定した時間にオーランデュ城の頂上に旗が掲げられたのがその証拠である。
因みに、城塞都市の内側にも多数の警備兵達が配置されてはいるが、リチャード・オーランデュやその側近達というこの都市の上層部の者達はアンダル砦に駐留しており殆どが不在、かつ何の予兆も無く突如として起きた出来事であるため、都市内にいる兵士達も十分な対応を取る事が出来なかったのだ。
「貴方の誇りたる城塞都市が陥落するその瞬間をこうしてここから遠目で見る事になった気分はどうですか?」
「ぐっ、きっ、貴様っ、貴様ああああああああああああああああ!!!!!!」
そして、アメリアの言葉で現状を理解させられたリチャードの顔は憤怒一色に染まる。
「ふざけるなよっ!! このっ、裏切り者がっ、売国奴があああああああああああああああ!!!!」
しかし、その言葉を聞いたアメリアはあまりの滑稽さから思わず破顔した。
「あはははっ、これはおかしな事を言いますね。裏切り者? 売国奴? 先に私を裏切ったのは貴方達自身ではないですか。もう私はエルクート王国の貴族の令嬢ではありませんし、王国の民の一人ですらないのですよ。
そんな私が何をしようとも、貴方に裏切り者と罵られる道理はありません」
アメリアのそんな正論にもリチャードは馬耳東風と言わんばかりに怒り狂う。
「くそっ、我がオーランデュ侯爵家の誇りたる城塞都市オーランデュを他国に売り渡そうとした貴様を私は絶対に許さんぞ!! 必ずだ、貴様に必ずその報いを与えてやる!!」
「許さない、報いを与えると貴方は言いますが、今も地面に這い蹲っている貴方が一体私をどうするつもりなのですか? まさか、貴方が私を殺すつもりだとでも?」
そう告げるアメリアの声色には嘲りが多分に含まれていた。実際、傍からこの状況を見ればどちらが有利か不利かは一目瞭然だろう。
「があああああああああああああ!!!!」
リチャードはあまりの怒りからか、顔は真っ赤に染まり、額の方からは血管が浮き出始めていた。
「貴様っ、絶対に許さんっ!! 絶対に許さんぞっ!!」
そして、リチャードがそう叫んだ直後、彼はなんと自身に降りかかっているアメリアの術を力技で無理矢理に破り、そのまま立ち上がったのだ。
彼はその勢いのまま、懐に隠し持っていた短剣を取り出して、そのままアメリアへと飛び掛かっていく。
「あら、まさかあの拘束を自力で破るとは思いませんでしたよ」
リチャードが自分に掛かっている筈の拘束を力技で破った一部始終を見ていたアメリアは少しだけ驚いた様な表情を浮かべる。が、それだけだった。
「死ねっ、アメリア・ユーティス!!」
「まぁ、それならそれで、拘束を強くすればいい話ですがね」
そして、アメリアが指を鳴らすと、彼女のすぐ目の前まで迫っていた筈のリチャードは先程と同じ様に再び地面に這い蹲る事になった。
「あぐっ!?」
「あら、私を殺すのでは無かったのですか? こうして私は傷一つ無く、無事に生きていますよ?」
「ぐっ、貴様っ、貴様あああああああああああああああああっ!!!!」
それでもリチャードは心折れる事無く、アメリアに憤怒を向け、必死に体を動かそうとする。しかし、今の彼の身にはまるで、自分の上に何か途轍もなく重い物を乗せたかの様な圧力が降り掛かっていた。
その影響からか、彼は先程まで自分が持っていた短剣も、既に手から零れ落ちている。
「がぐっ、あぐっ!!」
リチャードに掛かっているその圧力は普通の人間ならもはや動く事もままならないだろう。それどころか、圧死していてもおかしくは無い程だ。王国第一騎士団の団長として、常日頃から体を鍛えている彼だからこそ、死なずに済んでいるのだ。
「あぐっ、がぐっ」
それでも、リチャードは怒りの感情をアメリアにぶつけている。しかし、そんな彼に対してアメリアは無情な宣告を告げた。
「さて、と。これで終わりだと思ってもらっては困りますよ。さぁ、覚悟してください。ここからです。ここからが私の復讐の本番なのです」
そう、リチャードを絶望の淵に落とす為にアメリアが用意した仕掛けは当然これだけではない。寧ろ、ここからが本番なのであった。
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