59 二人目の犠牲者

――――ゴリッ、ガリッ、ゴリッ、ガリッ


 そんな音がこの闘技場全体に響いている。その音は怪物、正確に言うなら怪物の口から発せられていた。その音の正体は言うまでも無く、怪物の口の中にある先程喰らった男の骨を砕く音だ。

 そして、怪物は喰らった肉や骨の味を最後まで楽しみたいと言わんばかりに、周囲の事を気にする事無く只々咀嚼を続けている。


 普通ならば、怪物が只々喰らった骨肉を咀嚼しているこの瞬間は彼等が怪物に対して攻撃を仕掛けるのには絶好の機会だろう。


「う……、あ……」


 だが、この場にいる者達は、自分達の仲間の体が怪物に捕食されているというのに全く動く事が出来なかった。その理由はただ一つ、自分達の目の前で繰り広げられた捕食劇の一部始終の光景に彼等は臆してしまったからだ。


「ウッ!!」


 その光景を見せられた者達の中には自分の仲間が怪物に喰われている場面を見て、吐き気を催してしまい、手で口元を抑えて吐き気を抑えてようとする者やまでいた。

 だが、自分達の目の前で仲間が生きたまま怪物に喰われるという悍ましい光景が繰り広げられたのだから、それも仕方がないだろう。

 怪物は、そんな彼等の動揺する様子を気にする事無く、自らが喰らった獲物の味を堪能するかのように只々咀嚼を続けている。


 やがて、怪物は長々と続いた咀嚼を止めたかと思うと、今度は口の中に含んでいた物を嚥下したような様子を見せた。


「グギャアアアアアアアアアアアア!!」


 そして、怪物が嚥下した様子を見せた直後、一瞬だけその口を歪めたかと思うと、口を大きく開き、満足したと言わんばかりに大きな叫び声を上げた。


「っ!!」


 怪物のその叫び声が嫌でも耳に入って来た彼等はふと我に返り、自分達の目の前には敵がいるのだ、臆している場合ではない、と思い直して未だに満足げな様子の怪物に対して警戒心を強める。


 だが、その直後、彼等がいる舞台の上に位置する観客席、その一角から女性のものと思われる声が彼等の耳へと届いた。


「あははっ、これで先ずは一人が完全に脱落、と言った所ですね」

「っ!!」


 その声に、闘技場にいる全員が一斉に声が聞こえてきた方へと視線を向ける。彼等の視線の先にいたのは観客席から自分達の姿を見つめているアメリアの姿だった。アメリアはその視線に気が付くと、その顔に嗜虐的な笑みを浮かべた。


「ふふふっ、どうですか? 自分達の仲間が生きたまま、捕食された場面を見た気分は」

「……っ」


 アメリアのその言葉に闘技場の舞台にいる者達は思わず絶句する。彼等にしてみればアメリアがそんな言葉を平然とした様子で言えるのが信じられなかったからだ。

 先程、闘技場で繰り広げられた怪物による捕食劇、その光景は男性である彼等ですら吐き気を催しかける程の悍ましい光景だった。だというのに、女性であるアメリアは先程の捕食の光景に嫌悪感を抱いている、或いは吐き気を催している様な仕草等は一切見受けられなかったのだ。寧ろ、アメリアは喜劇か何かを見る様な楽し気な視線を彼等のいる闘技場に向けている。それが彼等には到底信じられなかったのだ。


「おっ、お前は一体何がしたいのだ!?」

「何が、とは?」

「我々にこんな事をさせてお前は一体何が楽しいというのだっ!?」

「言ったでしょう、これは私の復讐だと。そして、同時にこれは貴方達が今までしてきた行いへの報いなのですよ」


 そう、彼等に与えられたこの罰は彼等自身の行いへの報いに相応しいであろうとアメリアが考え抜いた罰だった。


「貴方達は今迄自分達が持つ権力を使って沢山の人間の血肉を食らい、私腹を肥やしてきたのでしょう? 故に、私は貴方達にこの罰を与えようと考えたのです」


 アメリアの言ったその言葉こそ、彼女が彼等に与えたこの罰の本質だ。数多もの人間達を喰い物にして、私腹を肥やしてきた者達の最後として、彼等では敵わないであろう怪物に喰われて死ぬ。これこそが彼等に一番相応しいであろう罰であるとアメリアは考えていたのだ。


「さぁ!! 今迄、自分達が他者を喰い物にしてきたその罪、それを少しでも自覚しながら死んでいきなさい!!」


 アメリアは仰々しく手を大きく広げたかと思うと、高らかにそう告げた。


 そして、その直後、彼女は闘技場にいる彼等に対して少しだけ呆れが混じった様な目を向ける。


「ところで、全員が私の方を見ていますが、そんなに余所見をしていて大丈夫なのですか?」

「っ!!」


 アメリアがそう言った直後、再び怪物は叫び声を上げる。そして、彼女の警告の言葉で彼等は慌てて怪物の方へと向き直った。だが、彼等の内の一人が怪物の方へと向き直ったその瞬間、自分に肉薄してその前足を振るおうとしている怪物の姿が彼のその目に映ったのだ。


「なっ!?」


 それは、一時でも意識を別の方へと向けている彼等に対しての怪物の奇襲だった。その男はこの想定外過ぎる事態に驚きの声を出す事しか出来ず、怪物の不意の攻撃に対処する間もなかった。そして、怪物が全力で振るった前足の一撃を何の対処も出来ずに受けた男はその場から勢い良く叩き飛ばされる。


「かはっ!!」


 叩き飛ばされた男はそのままある程度の距離を飛んだかと思うと、上手く着地をする事が出来ずそのまま地面に倒れ込んだ。しかし、怪物の動きはそこで止まらない。男を叩き飛ばした直後、再びその頑丈な足で勢い良く地面を蹴る。そして、一度の跳躍で先程同様倒れ込んでいる男の上に飛び乗った。


「ま、まさかっ!?」


 怪物に乗りかかられた事で男には自分の身にこれから何が起きるのかが理解できてしまったのだろう。その直後、彼はこれから自らの身に訪れるであろう恐怖で顔を青くする。


「やめろ、やめろやめろ、やめろやめろやめろ、やめろおおおおおおおおおおおおっ!!」


 男は必死に叫ぶが、本能で動いているに近いこの怪物がそんな叫び声で止まる訳もない。また、男の上に乗る怪物の口からは再び涎が零れだしている。そして、ハァ、ハァと息を零し始めた。その姿はまるで餌を前にした犬の様だ。


「ひいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ、嫌だ嫌だ嫌だああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 怪物は一瞬だけ口元を歪めたかと思うと、男の叫びを気に留める様子もなく、まるで先程の光景を再現するかの様に再びその男の体へと喰らいついていく。そして、男の体は足、腕と順序良く喰われていき、やがてはその男の体全てが怪物の腹の中へと納まるのだった。

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