57 現れた『敵』

 アメリアが指を鳴らした直後、ネビル達の視界は一瞬だけ暗転し、その次の瞬間には何時の間にか先程まで観客席から中央にある舞台へと移動していた。


「っ、なにがっ」


 なにが起きたのか、いまだに理解できていないネビル達はアメリアによって転移させられた直後から、周囲をキョロキョロと言った様子で見まわしていた。そんな事をするのも当然だろう。彼等にしてみれば、一瞬だけ自分の視界が暗転したかと思うと、次の瞬間には自分達の目に映る光景が一変していたのだから。


「ここは……、闘技場の中央の舞台、か?」


 そして、周囲の状況から彼等はようやく自分達が闘技場の中央の舞台にいる事を理解した。


「さて、早速始めましょうか」

「っ!!」


 突如として聞こえてきたその声に対して、ネビル達がその声が聞こえてきた方を向くと、そこには観客席で佇むアメリアがいた。彼女は、観客席からまるでネビル達の姿を眺める様に、彼等のいる中央の舞台を見下ろしていたのだ。


「っ、アメリア、貴様何をした!?」

「……何、とは?」

「とぼけるつもりか!? 先程まで、我々は貴様がいる観客席にいた筈だ!! 何をしたのだ!?」

「何と言われましても……、私は貴方達をそこに転移の魔術を使って転移させただけですよ?」

「転移、だと? それは失われた古代魔術に類する魔術の筈だ!! お前が使える筈がないだろう!?」

「はぁ、あの地下通路からこの場所に移動するのにも転移魔術を使ったのですが、まだ納得できていないようですね……。分かりました、私が転移魔術を使えるのだという証拠をお見せいたしましょうか」


 そして、アメリアが指を鳴らすと、その直後に彼女の目の前には一本の剣が現れていた。


「……っ」


 その光景を見たネビル達は、アメリアが転移の魔術を使う事が出来るのだと理解せざるを得なかった。


「ご納得いただけた様で何よりです。では、これから貴方達には私の用意した相手全てと戦ってもらう予定ですが……」


 そこで、アメリアは一度言葉を区切った。


「まず、戦うというからには貴方達にはそれなりの準備をしてもらわなければなりませんね」

「準備、だと……?」


 だが、観客席にいるアメリアは彼等のその言葉を無視する様に、パチンと指を鳴らした。すると、突如として中央の舞台にいる彼等の前に無数の武器や防具の山が現れたのだ。先程、アメリアが転移の魔術を使える事を知ったネビル達は突如として目の前に武具の山が現れた事に対しては大きな驚きは無かった。代わりに彼等の顔に浮かぶのは困惑の表情だ。こんなものを用意してアメリアは一体何をするつもりなのか、分からなかったからだ。


「これは……?」

「貴方達にはこれから戦ってもらうというのに、武器の一つや二つも無く徒手空拳ではつまらないでしょう? ですので、貴方達の為に態々武器を用意してあげたのです。どうぞ、それをお好きに使ってください。ああ、その武器や防具には妙な仕掛けはしていません。ですから、安心して使ってくださいな」

「……いいだろう」


 彼等はアメリアの言葉にそう返事を返した直後、彼女が用意した武器の山へと歩を進めて行く。彼等は各々、彼女の用意した武器の山から渋々と言った表情で自分に合った武器を物色していった。アメリアがこの場所にあの結界を張っている以上、逃げる事は叶わない。だったら、アメリアの言葉を信じて、わずかでも生き残る可能性を上げたいと彼等が考えるのは当然の事だろう。

 その後、彼等は自分に合うであろう武器を手に取り、防具を身に着けていった。今の彼等の姿はそれこそ、先程アメリアが言っていた様に闘技場で戦う剣闘士の姿を彷彿とさせるものになっている。

 そして、数分が経過した後、全ての準備を終えた彼等の姿を見たアメリアは満足げな笑みを浮かべた。


「さて、貴方達の準備も終わったようなので、最後に質問等はありますか?」

「……我々が勝てば、本当にお前は我々を解放するのだな?」

「ええ、先程も言った通り、私の用意する相手全てに勝つ事が出来れば、貴方達を解放する事をお約束いたします。……ああ、もう一つだけ。もし勝つ事が出来たのなら、貴方達を解放した後、反乱軍から暫くの間は匿ってあげても構いませんよ」

「……なんっ、だとっ!?」

「それ位のご褒美があった方が貴方達も奮闘するでしょう? では、貴方達が今から戦う相手をご用意いたしましょうか」


 そして、アメリアは先程と同じ様にパチンと指を鳴らした。すると、彼等の目の前に大きな魔法陣が出現する。その直後、その魔法陣からネビル達が戦う事になる存在が現れた。


「なんだ……、これは……?」


 しかし、ネビル達は魔法陣から現れたその存在の姿を見て思わず絶句してしまった。だが、それも当然と言えるだろう。何故なら魔法陣から現れたその存在は、まさに怪物としか表現できないものだったからだ。

 その怪物は四足歩行の獣が元になっているのだろう。四足歩行をする獣と同じ様に前足と後ろ足を地面に置く事で姿勢を保っていた。だが、その存在の体躯は全身が禍々しい色で染まっており、その口からは常に涎らしきものが垂れ落ちている。更に、その怪物の足には鋭く尖った爪が何本もあり、それらは一見するだけでも相手を引き裂く事に特化している事が分かる。そして、その怪物の口の先端には無数の鋭利な牙がある事から、その牙は捕食に特化している事が簡単に推察できる。総じて、その怪物の姿は人間の恐怖心を煽る様な姿形をしていると言っても過言では無かった。


 その怪物はネビル達の姿を見るなり、「ハァ、ハァ」と荒い息を零し始める。荒い息を零す怪物の姿はまるで空腹の時に目の前にある餌を我慢している獣の様であった。

 この怪物と戦う事になるのか、そう思った彼等は思わず息を飲んだ。


「これと、戦えというのか……?」

「ええ、貴方達の目の前にいる怪物が今回貴方達の戦ってもらう相手です。貴方達の無駄な足掻きを私に見せてくださいな。さぁ、今こそ貴方達への罰を始めましょうか!!」


 そして、アメリアがそう叫んだ直後、彼女が呼び出した怪物は「ギャァァァァァァァ!!」という叫び声を上げながら、まるで餌へと一直線に向かっていく空腹の獣の様な動きをみせながらネビル達の方へと駆け寄っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る