47 スケープゴート

 アメリアがディランの別荘で教会の不祥事の証拠の数々を手に入れたのと時を同じくして、エルクート王国の王都にある教会の本部であるエルクタル大聖堂では教皇が教会幹部である司教や枢機卿ら計十数人と会議を開こうとしていた。


「さて、早速会議を始めようか」


 そう宣言するのはこの会議の中心人物、教会の教皇でもあるネビル・クラストだった。


 教皇であるネビルと教会幹部である司教や枢機卿らがいるこの会議場はエルクタル大聖堂の地下に秘密裏に作られた会議場であった。この会議室の用途は表には出す事が出来ない教会の不祥事等に関わる議論を行う為の秘密の会議場だ。それ故、隠匿性と防音性を追求した結果、隠匿と防音が完璧な地下にこの会議室は作られたのだ。この会議場の存在を知っているのは教会でも一握り、所謂上層部と呼ばれる人間のみであり、この国の王族、或いは貴族であってもこの会議場の事は知らないだろう。


「もう始めるのですか? いつもより、参加者が少ない様ですが?」


 参加者の一人がそう言って会議場を見渡すと、その顔に訝しげな表情を浮かべた。何故なら、この秘密会議のメンバーの三割程の者が欠席していたからだ。


「今回は急な招集だった為、今いないメンバーは欠席だ」

「……なるほど……」


 ネビルが言っている様にこの会議に参加している面々は数日前に緊急にこの会議が開かれる事を通達された。それ程までに今回の会議の議題は急を要するものだった。その為、今現在王都から離れており、この会議に参加できない者もいた。そんな者達は今回は欠席扱いになっている。


「では、会議を始めよう。本日の議題だが、例のアメリア・ユーティスの件だ」


 ネビルからその言葉が出た瞬間、会議の参加者全員が苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。


「その件ですか……」

「やはり……」


 会議の参加者達も、今貴族社会に広がっているアメリア・ユーティスの復讐の話を知っていた。何故なら、会議の参加者の中にもあの夜会の参加者が多くいたからだ。貴族社会で起こる騒動は、それと強く結びついている教会にも小さくない影響を与える。だからこそ、彼等は貴族社会の動きに敏感だった。


「皆も知っての通り、アメリア・ユーティスの復讐という噂が貴族の間で流れている。そして実際、あのファーンス公爵やカストル伯爵までもが行方不明だ。私が独自のルートで手に入れた情報では、噂通りあのアメリア・ユーティスがかの行方不明事件の主犯であるのは間違いないらしい」


 ネビルは王国騎士団内にいる自分に通じている人物からその情報を入手していた。それを聞いた彼等は焦りを露わにする。アメリアの魔女裁判の一件は教会が主導していた。つまり、魔女裁判に関わっていた者が彼女の復讐の対象となってもおかしくは無い。

 彼等も大なり小なりアメリアの魔女裁判に関わっている。具体的に言うなら、彼等の中にはファーンス公爵から金銭を受け取って、アメリアの魔女裁判を行う為に便宜を図った者がいる。だからこそ、自分達も彼女の復讐の対象となるのではないかと戦々恐々としていたのだ。


「くっ、こんな事なら翌日まで待たず、判決を出したあの時に即処刑を行っておけば……」

「今更言っても仕方があるまい。クライアントであるファーンス公爵の依頼ではアメリアの処刑を公衆の面前で行うのが希望だった」


 アメリアの魔女の一件のクライアントであったファーンス公爵は娘であるマーシアの願いから、公衆の面前での処刑を教会に望んでいた。その為、判決を出した日の翌朝に処刑を執り行おうとしたが、結局その翌朝までの空いた時間でアメリアの脱走を許してしまったのだ。


 因みに、処刑前日のアメリアが捕らえられていた牢屋を見張っていた兵士は、アメリアの脱走の責任を取らされて即座に放逐されていた。その後、楽しみにしていたアメリアの処刑を見る事が出来なかった事で憤ったマーシア公爵令嬢によって放たれたファーンス公爵家の私兵によって殺されていたりする。


「このままでは、我々もファーンス公爵の様に消されかねないぞ……?」

「……なら、スケープゴートを用意するしかあるまい。我々の咎の全てを背負ってくれるスケープゴートを、な」


 これは彼等がよく使う手だ。危機的状況に陥った時、替えの効く人間に全ての罪を押し付けて、自分達は無関係だったと主張する。そうやって、彼等は罪を免れてきたのだ。

 そんなスケープゴートとなる人間を彼等は教会内部に何人も用意していた。その殆どが、彼等の手によって教会でも上位の役職に就いている。いざという時の罪の押し付けは、その人間が上位であればある程、説得力が増すからだ。


「では、ディラン・マルチーノをスケープゴートに使うのはどうか? あの男があの魔女の一件の全てを主導していたと捏造するのだ」


 彼等にとっては、ディランも替えの効く人間であり、いざという時のスケープゴートなのだ。ディランが、その立場を利用して金銭を授受している事も彼等は知っていたが、あえて見て見ぬ振りをしていた。


 また、ディランはその事を薄々感づいていた為、自分の手元に切り札を用意していたのだが、それを彼等は知らない。自分がスケープゴート役になるかもしれないという危機感から切り札を用意していたディランは中々強かだったと言えよう。


「ふむ、なるほど。それはいい案だな」

「そう、か。確か、あの男が我々とファーンス公爵との仲介をしたのだったな。なら、あの男に全ての罪を被ってもらおうか。あの男が一件の全てを主導していた、という事にしよう」


 彼等にしてみれば、ディランは確かに自分達の不都合な事実の隠蔽を担っている非常に使い勝手の良い男だが、それでも替えが効かない訳では無い。事務局長という立場を使って、アメリアの魔女の一件の全てを主導していたという事にすればいい。実際は、ディランだけであれ程の事は出来る筈がないのだが、そんな事をアメリアが知る筈も無い。教会の内情を詳しくは知らないであろうアメリアなら、ディランが独断であの一件を行ったと言えば彼女はそれを信じるしかないだろうと彼等は考えていた。

 実際は、アメリアはもっと深い所まで知っているのだが、それをこの時の彼等が知る筈も無かった。


「では、ディラン・マルチーノを事務局長職から解き、アメリアの魔女の一件の全てを奴に被ってもらおう。本案の賛成の者は挙手を」


 そして、ネビルの言葉にこの会議場にいる者全員が挙手をする。それを見た彼は満足げな笑みを浮かべた。


「全会一致という事で、本案を採用とする。……これを以って本会議は解散とする」


 そして、ネビルが解散の言葉を告げると、会議の参加者たちは次々と会議場から退出していく。会議の参加者たちはこれで自分達は安泰だと信じ込んでいた。


 だが、彼等は気付いてすらいなかった。自分達の危機が目前に迫っている事に、アメリアの手が今まさに彼等に届かんとしている事実に、彼等は全く気が付いていなかったのだった。

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