45 別れ

 少女達がアメリアの言葉に従って屋敷の外へと脱出して暫く経った後、彼女達は念には念を入れてだれかに見つからない様に屋敷から離れてアメリアが出てくるのを待っていた。

 だがその時、ドドドドッッッという音と共に彼女達の足元が激しく揺れ始める。


「きゃっ!!」

「え!?」

「な、なに!?」


 突然の地震に少女達は困惑を隠す事が出来ず思わず声を上げてしまう。その直後、揺れが更に激しさを増した。激しくなった揺れに少女達はとても立ってはいられず、膝を地面に着きそのまま立ち上がる事が出来なかった。それ程の地震だった。

 そして、地震の影響を受けたのか、彼女達の目の前にあった屋敷が大きな音を立てて崩れていく。幸い、彼女達は屋敷から離れていた事で屋敷の崩壊に巻き込まれた者はいなかったが、屋敷が崩れていく様を見て少女達は慌てふためいた。


「ねぇ、あの人は!? 私達を助けてくれたあの人は!?」

「あの人は一人で屋敷に残っているのよね!? 早く助けないと!?」


 屋敷が崩れたというのにアメリアが現れない事に少女達は焦りを隠せなかった。アメリアの事を詳しく知らない少女達は、アメリアがまだ屋敷の中にいて屋敷の崩壊に巻き込まれたと思ったのだ。そして、少女達は揺れが収まると、無駄だと分かりつつせめてアメリアを助けようと言わんばかりに危険を承知で崩れた屋敷に近づこうとした。


 だがその直後、彼女達の目の前にアメリアが転移して現れる。アメリアの姿を見たその瞬間、少女達はその瞳に涙を溜めて、アメリアの元へと駆け寄っていった。


「ぶ、無事だったんですね!?」

「ええ、大丈夫よ」

「良かった!! 本当に良かったです!!」


 少女達の何人かはアメリアに抱き着いていた。彼女達はアメリアに抱き着き続けて延々と涙を流す程であった。

 その後、流石にそろそろ離れてほしいと思ったアメリアは彼女達を宥めて何とか引き離す。


「貴女達、全員無事かしら?」

「はい、全員ちゃんと無事です!!」

「そう、良かったわ」

「……あの男は死んだのですか?」

「ええ、あの男は今頃屋敷の下に埋もれているわ。貴女達が捕まっていた地下室とともに地面に埋もれている筈よ。間違いなく生きてはいないでしょうね」


 それを聞いた少女達は安堵する。そして、捕まっていた少女達の一人であるマイは少し間を置いた後、意を決した様な表情を浮かべたかと思うと、アメリアに向かって口を開いた。


「……あの、私達に出来る事はありませんか?」

「? 突然どうしたの?」

「助けてもらった恩を返したいのです!! 貴女の手助けをしたいんです!! せめて貴女の復讐のお手伝いだけでもさせてください!!」


 少女達にはアメリアから受けた恩を返す方法がそれしか思いつかなかった。アメリアが復讐を目的に生きている事だけは彼女達も感じ取っていた。だからこそ、せめてその手伝いをしたいと思ったのだ。

 だが、アメリアは首を横に振って、マイの言葉を拒絶する。


「恩返しなんて考えなくても大丈夫。これは私の復讐なの。私自身の手で行わなくては意味がないの」

「ですけど……、それじゃあどうやって恩を返したらいいのですか!?」

「……じゃあね、今迄あの男にされた事は忘れて、これから貴女達は未来だけを見て生きて行くの。それが私が貴女達に望む事で、貴女達が出来る私への一番の恩返しよ。分かった?」

「ですけど!! ……はい」


 アメリアの諭す様な言葉と彼女が浮かべる真剣な表情に少女達は折れるしかなかった。そして、アメリアは何処からか取り出した袋をマイに手渡した。


「それとマイ、貴女にこれを預けるわ。皆で助け合って、本当に必要になった時にこれを使って」


 アメリアが渡したその袋の中には金貨や銀貨が大量に入っている。この金貨や銀貨はディランがこの屋敷に蓄えていたものだった。その総額は彼女達全員が一生働いても得られるかどうかという程の金額だ。これだけあれば、少女達が今後の生活に困る事は無いだろう。

 だが、その中身を見たマイは慌ててアメリアにその袋を返そうとした。


「こ、こんな大金、受け取れません!!」


 少女達にしてみれば、あそこまで恩を受けながら、これ以上アメリアに何かをしてもらう訳にはいかないのだろう。しかし、アメリアもその袋を受け取ろうとしなかった。何故なら、今のアメリアには必要の無い物だからだ。これから、少女達は路頭に迷う事になる。仕事や済む場所もそう簡単には見つからないだろう。だからこそ、彼女達には間違いなくこのお金が必要になる。それが分かっているからこそ、アメリアもその袋を受け取ろうとはしないのだ。


「いいの、受け取って。私には必要ないもの。これは貴女達が元の生活に戻る為に使って頂戴」

「だ、だけど……」


 アメリアは逡巡を続けるマイの手を優しく握って、微笑みを向けた。


「いいのよ。私には必要ないの。嘘じゃないわ、本当よ。だから大丈夫、受け取って」

「…………分かり、ました…………」


 頑なに受け取ろうとしないアメリアに、マイは遂に諦めて袋を返そうとするのを止めた。それを見たアメリアは優しく微笑み、ゆっくりと頷く。


「強盗なんかにとられないように注意するのよ。分かった?」

「……はいっ」


 そして、アメリアは最後に少女達全員の頭を優しく撫でていった。撫でられた少女はもうすぐ別れの時が来るのだと感じて、無意識の内に涙を流していた。

 そして、全員を優しく撫でた後、アメリアは姿勢を正して少女達全員を一度見渡した。



「じゃあ、そろそろお別れをしましょうか。元気でね」

「あ、あの!!」

「……マイ、なにかしら?」

「一つ教えてください。貴女はもしかして女神様なんですか!?」


 少女達にとってアメリアは自分達を救ってくれ、更には自分達を虐げ続けてきたディランに復讐の機会を与えてくれた大恩人だ。そして、彼女が振るう古代魔術の力、少女達にはもうアメリアが自分達を救う為に降臨してくれた女神としか思えなくなっていたのだ。だが、マイの言葉を聞いたアメリアは目を閉じて首を横に振る。


「……私は女神なんかじゃないわ。私は……、只の復讐者よ」

「じゃ、じゃあ最後に貴女の名前を教えてください!!」

「……アメリア・ユーティス。それが私の名前よ」

「……アメリア……、ユーティス様……」

「じゃあ、私はもう行くわ。それじゃあね」

「……アメリア様!! もう一度、もう一度会えますよね!?」


 だが、アメリアはマイのその言葉に只々微笑み、答えを返す事は無く、少女達に背を向け、そのまま彼女達の元から立ち去っていった。


「女神様……、復讐者……、……アメリア、様……」


 立ち去っていくアメリアの後ろ姿を見て、マイは無意識の内にそう呟いていた。去っていくアメリアの後姿を只々見続けていた少女達には、彼女の後ろ姿が何処か悲しげに映っていたのだった。

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