38 最後の断罪

 アメリアが手を振るった直後、四方八方に逃げていた使用人達の首がズレ落ちた。その直後、彼等の首は地面に落下し、彼等の体もバタリと崩れ落ちる。首と体の切断面からはボトボトと大量の血が流れだしており、彼等の死体の周囲はすぐに血で埋め尽くされる。それと合わせて、血の匂いがこの場に充満し始める。それが、この場にいる残り三人の嗅覚を嫌でも刺激していた。


 この場には、何も知らない人間がこの場を見れば連続猟奇殺人の現場としか思えないだろうという光景が広がっている。それ程の虐殺が行われたというのに、虐殺を行った張本人であるアメリア顔色一つ変える事無く、磔にされている二人に問いかけた。


「あははははははははっ!!!! ねぇ、今どんな気分ですか? 貴方達が信用していた筈の使用人達に裏切られた気分は!!」


 アメリアの蔑むようなその言葉にデニスは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。だが、デニスも彼女に対して反論する。


「おっ、お前がそうさせたのだろう!?」

「ですが、貴方達に暴行をすると選択したのは彼等自身です。本当に貴方達に対する忠誠心が彼等にあったなら、潔く私の手による死を受け入れるのでは?」

「そ、それは……」


 デニスの反論はアメリアの更なる反論によって、打ち消される。貴族に仕えるというのなら、それぐらいの気概を持っていても、おかしくは無い。命を掛けて主君を守る使用人、主君に危害を加えるぐらいなら自ら命を絶つ使用人、そんな者が複数いてもおかしくは無いだろう。

 だというのに、使用人達は誰一人としてデニスに危害を加える事を拒否することなく、真っ先に自分の命を優先した。それは、デニスにとってみれば自分の人望の無さをこれでもかと思い知らされる事であった。


 そして、アメリアは気分を変えるべく、一度パンと手を叩き、歪んだ嗤い顔を浮かべた。


「さぁ、さぁ、さぁ!! 貴方達への復讐もついに最後の時です!!」


 彼等に対する二つの私刑を終えたアメリアのテンションは最高潮に達していた。その勢いのまま、彼女は最後の刑を始めようとする。


「貴方達が『過去』に抱いていた嫉妬に対する罰、そして『現在』、貴方達に仕えていた使用人達に裏切られるという罰を貴方達に与えてきました。なら、貴方達に与える最後の罰もお判りでしょう?」


 過去、現在、そういった単語が続くとなれば、次に来る罰も自ずと明らかになる。


「そう、最後の罰として、貴方達から未来を奪いましょう!!」

「み、未来、だと……?」

「ま、まさかっ!?」


 未来を奪う、それはつまり自分達を殺すという事ではないのか。そう考えるのも自然な流れだ。だが、アメリアはそれを否定する様に首を横に振る。


「いいえ、あの時に言ったでしょう。私は貴方達を殺すつもりはないと」


 少し前にアメリアがその言葉を言ったのは確かだ。そして、アメリアはその言葉を守るつもりの様だ。だが、それは二人の無事が保障されたわけではない。その事を既に二人は知っている。


「さぁ、貴方達に下す最後の罰はこれです!!」


 そして、アメリアは勢い良く指をパチンと鳴らした。だが、先程の様に誰かが転移してくるわけでも無い。自分達の体が突如として燃えるわけでも無い。しかし、あれだけ高らかに告げ、勢い良く指を鳴らしたのだ。何かがあるのは間違いない。二人はアメリアが一体なにをするつもりかと訝しげな様子で彼女の事を見つめていた。


「ふふふっ、私が何をしたのか分からなくて戸惑っている様子ですね。折角なので、貴方達に教えてあげましょう。お二人共、足の爪先に意識を注目してくださいな」


 二人はアメリアの言葉に従い足の爪先に意識を集中させた。


「「っ!?」」


 その直後、二人は自らの足の爪先の感覚が消えて行っているのが分かった。そして、その感覚の消失は爪先だけに留まらず、足の全体へと広がっていく。

 そして、感覚の消失が足の全体に広まったと思ったら、今度は感覚の消失が足の付け根から体の上へと這い上がる様に進行していく。一体何が起こっているのか、と二人は慌てて足元を見ると、彼等の足が少しずつ石を思わせるような灰色へと変わっていっているのだ。それは、まるで二人の体を侵食していくかの様に、彼等の肌を少しずつ、だが確実に灰色へと変えていく。それと同時に、灰色に変わった部分の感覚が二人の中から消えていく。


「これは……、一体!?」

「あはははははっ、今貴、方達には石化の呪いを掛けました!! 名付けて石化の刑、この刑こそ貴方達に下す最後の罰に相応しいのです!! ですが安心してください。貴方達は死ぬ訳ではありません。貴方達の意識と魂は石化した体と共にこの世に留まり続けるのですから」


 アメリアはゆっくりとした足取りで磔にされているデニスの元まで歩んでいく。


「ですが、伯父様にはこの石化の罰だけでは片手落ち。最後の総仕上げと行きましょうか」


 そして、デニスの額に手の平を向けると一つの魔術を行使する。これこそ、アメリアが与えるデニスへの罰への総仕上げなのだ。


「何を、したのだ……?」

「その石化の呪いが全身を覆うと、伯父様は石像として生きていく事になるのです。なので、伯父様には素敵なプレゼントを用意しました」

「プレゼント、だと?」

「ええ、伯父様には幸せな夢をプレゼントいたします」

「幸せな夢、だと……、まさか!?」


 幸せな夢、その言葉で思い出されるのは先程アメリアに見せられた全てが叶った都合のよい残酷で甘美な世界だ。


「そう、先程伯父様に見せてあげた幸せな夢。その夢を一定期間が過ぎる度、自動的に伯父様が見るように予め設定しておきました。そして、その夢で幸せが絶頂に達しかけたその瞬間、夢が覚める様にも設定してあります」

「なっ、なっ……」

「もうお分かりですよね。貴方は幸せな夢で絶頂に達しかけたその瞬間、夢が覚めて現実を知り絶望するのです!! その繰り返しを貴方は永遠に、そう永遠に繰り返してもらいます!!」


 それは何という惨い行いだろうか。幸せな夢を見せておいてその絶頂には決して到達できない。それどころか、その瞬間に現実を思い知らされる。それはどれ程の絶望だろうか。もはや残酷な生殺しという言葉でしか表現できないだろう。


「やめろっ、やめろっ、やめろっ!!!!」

「あはははははははは!! もう遅いですよ!! 夢が覚め現実を思い出すたび、貴方は絶望します。そして、その繰り返しにより、貴方はいずれ狂い、麻薬中毒者の様に幸せな夢を求めるだけの存在となるでしょう。ですが、貴方には死という安息は与えません。無限に繰り返される絶望を味わい続けなさい。それこそ、私が貴方に与える最後の罰なのですから!!」

「ア、アメリアァァァ!!!!」


 その言葉に怒り狂ったデニスは石化していない両手を必死に動かし、何とか自らを縛り付けている鎖を壊そうとするが、そんな程度で壊れる程、彼を縛り付けている鎖は軟なものではない。それでも、彼はこの鎖から何とか逃れようと必死に抵抗を続ける。


 そんなデニスを横目に、アメリアは妹であるルナリアの元まで向かった。


「ルナ、貴女には伯父様と違い何も与えません。それが貴女への一番の罰です」

「何、も……?」

「ええ、貴女には何も与えません。死という安息も、二度目の生まれ変わりという可能性すらも与えません。只々、石像となりこの世に永遠に留まり続けなさい。それが貴女に与える最後の罰です」

「えっ……?」

「貴女は心の何処かで期待しているのでしょう? もし、ここで死んでも生まれ変われるかもしれない、と。だから、貴女からはその生まれ変わりの可能性という最後の希望すらも奪います!!」

「やっ、やめてっ、それだけは、それだけはっ!!」


 ルナリアは止めて止めてと懇願の声を上げるが、アメリアがそれを聞き入れることは無い。必死に叫ぶルナリアを無視し、アメリアは二人を見渡せる位置まで向かう。


 そして、二人の体の石化の呪いの侵食は足を覆い胴体部にまで到達し始めていた。


「ひっ!! 来るなっ、来るなっ!!」

「いやっ、いやっ、いやっ!!」


 二人は必死に叫び声を上げるが、それで呪いの侵食が収まるわけもない。胴部から更に石化の侵食は進み、今度は両腕への侵食が始まっていた。


「ひぃぃぃぃぃ!! た、頼む!! アメリア、私が悪かった、だからどうか許してくれぇぇ!!」

「いやっ!! お姉様、お願い、今迄の事を全て謝るからお願い許してっ!!」

「ふふふっ、嫌です。……今更謝られても、もう遅いのです。遅すぎるのです」


 一瞬だけ、アメリアは悲しげな表情を浮かべる。だが、それも一瞬の事、すぐ後には彼女の表情は歪んだ嗤い顔へと戻っていた。


「ひっ、だったら、だったらここで殺して!!」

「私も、私も殺してくれ!! あんな絶望を永遠に味わい続けるなんて私には耐えられない!!」


 二人は苦し紛れにそんな願いをアメリアに告げる。もし、自分達がここで死ねば、デニスはあの残酷な夢を見る事も無く、ルナリアは三度目の生を得る事が出来るかもしれない。アメリアは自分達を殺すつもりは全くないという事を二人は思い知らされた。それでも万に一つの可能性に掛けて、二人はアメリアにそう願っていた。これから永遠に石像となり死ぬ事もできず、この世に留まり続けるぐらいなら死んだほうがましだ、と。

 だが、それを聞いた当のアメリアはその表情に呆れの感情を浮かばせる。


「だから言っているでしょう、貴方達を殺さないと。私はその言葉に嘘をつくつもりはないのです」


 そう、アメリアは自分の言葉に一切嘘をつくつもりはない。それこそ、彼等にどれだけ懇願されようとも、彼女には自分の言葉に一切嘘をつくつもりはないのだ。


 そして、石化の呪いは、とうとう両腕へと広がり、残すは首から上、頭部だけになった。自分達の終わりがすぐ傍まで近づいている事を思い知らされた二人はその表情に焦りの感情を強く浮かばせている。それを見たアメリアはまるで恋い焦がれていた時が遂に訪れたと言わんばかりの歓喜の笑みを浮かべた。


「あははははは!! もうすぐ石化の呪いも完成します!! さぁ、私に貴方達の最後の悲鳴を聞かせてください!! それこそ、私のこの心を癒す唯一の慰みなのです!!」

「止めろ、来るな、もうやめてくれ、ああああ、があああああああああああああああああ!!!!」

「いやっ、いやっ、来ないでっ!!!! もういやっ、いやっ、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 彼等が断末魔の叫び声を上げた直後、石化の呪いは完全に全身を覆い二人の体は完全に石像と化してしまった。


「伯父様、ルナ、永遠に、永遠に、さようなら」


 そして、一人この場に残ったアメリアは一瞬だけ寂し気は表情を浮かべると共に石化した二人に向けてカーテシーをする。彼女の瞳からは、一筋の涙が零れ落ちるのだった。

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