39 第二章エピローグ

 アメリアはデニスとルナリアへの復讐を終えた。その時、彼女の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


「これは……、涙……? どうして……?」


 突然、自分の瞳から零れ落ちた涙にアメリアは困惑を隠す事が出来なかった。二人への復讐を終えた筈だ。それは間違いなく歓喜の感情を呼び起こすはずだ。だというのに、彼女の心の中は歓喜の感情よりも寂寥感の方が勝っていたのだ。


「……これは、私に残った最後の良心という事、ですか……」


 デニスとルナリアは復讐の対象だったとはいえ、元は彼女の肉親だ。そんな肉親たちを殺して心が痛まない訳がない。アメリアに残された最後の良心、それが涙という形で現れたのだ。


 そして、アメリアは涙を拭うと転移の魔術を行使し、石化した二人の体を別の場所に転移させる。その後は屋敷の外に出て、この屋敷の周囲や外壁に油をばら撒いていった。彼女がここで火を放てば間違いなく屋敷は全焼するだろう。


 先程、二人に最初に与えた火炙りの刑の時には屋敷に引火しないように配慮し、結界を張っていたのだが、もうそれも必要が無い為に解除していた。


「全てを、跡形もなく燃やし尽くしなさい」


 油を撒き終えたアメリアが火を放つと、その火は撒かれた油に引火し、一瞬にして屋敷の全体に行き渡った。その火は炎となり屋敷の全てを灰にするが如くに勢いを増して燃えていく。

 炎により外壁が崩れ落ちる、炎により屋敷の至る所が黒色化していく。恐らくは、屋敷内にあった暗殺者達の死体もこの炎で燃え尽きてしまうだろう。しかし、それでもまだ足りぬと言わんばかりに炎は只々燃え続けた。


 復讐の時とは違う、全てを燃やし尽くさんと滾る炎にアメリアは何処か寂寥感を感じ、感傷に浸っていた。その炎はまるで、今も彼女の胸に滾る復讐の炎の行く末を暗示している様にも見えたからだ。復讐の炎は全てを焼き尽くす、それは己自身であっても例外ではないだろう。


 そして数分後、アメリアは風に煽られて更に勢いを増して燃え続ける屋敷を背にし、指を鳴らして転移の魔術を発動させた。


 アメリアが転移した先、それは王都にある元ユーティス侯爵邸の敷地、彼女が両親の墓標を作った場所だった。

 ここに来たのは、両親の墓参り以外にももう一つの理由があった。それは、デニスとルナリアの墓標作りの為だった。


「さて、始めましょうか……」


 そして、アメリアはデニスとルナリアの手製の墓標を作り上げていく。墓標の場所は、両親や使用人達の墓標からは離れた位置に作っている。アメリアはどうしても二人の墓標を両親たちの墓標の近くには作りたくは無かったのだ。

 今、彼女が作っているこの墓標は、デニスとルナリアの肉親であったアメリアが彼等へと向ける最後の慈悲にして手向けだ。憎い相手ではあったが、それでも肉親だったのだ。この墓は二人に手向ける墓標にして、自分の手で行った肉親への復讐の証、肉親をこの手で殺めた証明、そして彼女に残された最後の良心を捨て置く場所だった。


 そして数十分後、完成した二人分の手製の墓標にアメリアは手を合わせた。


「肉親殺しは大罪、自覚はしています。私はこれからも数多くの人達を殺めていくでしょう。それでも私はもう止まれない。止まる訳にはいかないのです」


 アメリアは二人の墓標に手を合わせた後、最後に両親や使用人達の墓標に手を合わせて、この場から立ち去るのだった。




 アメリアの復讐から数日後、カストル伯爵領では何者かによって領主の館が放火されたと発表された。その放火で領主であるデニスとその養女であるルナリアが行方不明になった、その為にデニスの妻であったカストル伯爵夫人が領主代理として領の政務に当たる事などが発表された。

 流石に領主が住まう屋敷が燃やされ、領主も行方不明となれば隠蔽は不可能だったのだろう。


「夫であるデニス・カストルが行方不明の今、私が領主代行として就任する事をここで宣言いたします!!」


 デニスの妻であったカストル伯爵夫人は今、領民に向けての説明の為の演説をしていた。領主が突然行方不明になり、領主の屋敷にも火が放たれた。間違いなく、前代未聞の大事件だ。それによって、現状でもこの街には小さくない混乱が生じている。そして、この混乱は今後さらに大きくなる事は容易に想像がつく。それを収束させる為には、強いリーダーシップが必要になるのは間違いない。それを民衆に示す為に、彼女は街の中心部であるこの場所に集まっている彼等の前で大々的に演説をしているのだろう。


 そして、アメリアは集まっている民衆に紛れてその演説を聞いていた。彼女はその演説を聞き、心の中で安堵していた。


「これで恐らくはこの地も安泰でしょうね」


 アメリアにしてみれば、デニスやルナリアに恨みはあっても、彼の妻や領民たちには何の恨みもない。復讐を止めるつもりは一切ないが、全くの無関係な者まで巻き込まれて不幸になってもいいとも思っていない。それに、復讐対象だったとはいえ元肉親が治めていた地だ。その為、ほんの少しではあるが、デニスを殺めた事によるこの地の今後の影響について憂いていた。

 だが、カストル伯爵夫人が領主代理として就任するなら何も問題が無いだろう。アメリアは彼女がデニスには多少劣るが、それでもかなり政務に関しては優秀だという事を知っていた。故に、デニスが死んだ事による混乱も最小限に収まる筈だと彼女は判断したのだ。


「さて、行きましょうか」


 そして、アメリアはデニスの妻の演説姿を背にし、次なる復讐の地へと旅立っていく。復讐はまだまだ終わらない。彼女の憎悪の炎が絶えるまで、この復讐劇は終わる事無く続いていく。彼女の復讐の果てはまだ遠い所にあるのだから。











 カストル夫人の演説から数日後の早朝、彼女が演説した街の中心部に突如として人一人分の大きさがある大きな石像が二つ設置されていた。その石像の顔は、先日行方不明になった領主であるデニスとその養女であったルナリアにとても酷似していた。

 しかし、その石像を誰が置いたのか等は一切分からず、設置の許可も取られていない事も分かった為に石像は不法投棄物として扱われる事になり、最終的に撤去される事が決定した。

 だが、その二つの石像は撤去しようとしても、不思議な事に置かれている場所からは一切動かす事が出来なかったのだ。

 この街の人間達がどれだけの手段を講じても一切動かす事が出来ず、壊そうとしても石像はとても頑丈で壊す事も出来なかった為、最終的に石像はこの場所に放置される事が決定された。

 その、少し後にこの石像は行方不明となった領主とその養女の慰霊碑として扱われる事になり、やがては領主とその養女の姿を精巧に模倣した芸術品として街の名物と化していくのだった。

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