33 アメリアの呆れ

 デニスが所有する別荘の寝室、アメリアはそこで熟睡しているルナリアの額に手の平を当てて、彼女の記憶を覗いていた。

 そして、その記憶から明らかになったのは妹の秘密と抱えていた本心だ。


「…………っ」


 ルナリアの記憶を覗いたアメリアはその内容に思わず絶句する。妹の秘密、そして妹の本音を知ったアメリアの内心は驚き一色に染まっていた。


 まず、ルナリアの秘密だ。彼女が生まれ変わっており、更に前世で只の村娘の記憶を持っている事は驚いた。だが、アメリアが習得した古代魔術の一つに『転生の秘術』と呼ばれる自らの命を対価に、記憶を保持したまま別の人間として生まれ変わるという術がある。だからこそ、ルナリアが前世の記憶を持っているという事には驚きはしたが、同時にすんなりと受け入れることが出来ていた。


 だが、アメリアが一番驚いていたのはルナリアが抱えていた本心だ。昔のアメリアはなぜルナリアが自分を裏切る様な真似をしたのか、全く心当たりが無かった。


 しかし、ルナリアの記憶を覗いた今の彼女にはその理由がはっきりと分かる。結局の所、ルナリアはアメリアに対して嫉妬心を抱いていたのだ。しかも、その理由は客観的に見れば至極身勝手な物だった。

 それを知ったアメリアは、同じ嫉妬という感情を心に抱いていたデニスとルナリアはある意味ではお似合いではないかと皮肉気に思っていた。


「……はぁ、どれだけ私の目は盲目だったのでしょうね……」


 アメリアは呆れが多分に入った溜め息を零す。彼女が一番呆れているのは実の妹である筈のルナリアの本心に全く気付く事が無かった自分自身に対してだ。

 あれだけ長く接していながら、実の妹の本質にすら気付けなかった自分の目はどれだけ節穴だったのかとアメリアは自分自身に呆れていたのだ。

 そして、妹の本心を知ったアメリアにはもう一片の迷いも無かった。他者に嫉妬する事と、その者を排除する為に行動した事は全く別問題だ。アメリアは、嫉妬したからといって行動に移したルナリアの愚行を許すつもりは一切なかった。


「ルナ、貴女が私を裏切った事、一度たりとも忘れた事はありませんでしたよ。さぁ、貴方の愚行に対する報いの時はもうすぐです」


 そして、アメリアは口元を歪め、不敵に笑うのだった。





 アメリアがルナリアの記憶に干渉してから数分後、眠っていたルナリアは突如として唸り声を上げる。そして、何度も頭を押さえながら唸り声を上げたかと思うと、ゆっくりと目を覚ました。


「んっ、ん……」


 目を覚ましたルナリアは体を起こしたかと思うと目を瞑り、右手で頭を押さえている。


「痛っ……」


 起床したばかりのルナリアの頭には今まで彼女が感じた事が無い類の痛みが走っていた。その原因は言うまでも無くルナリアの記憶をアメリアが探っていたからだ。眠っていた為、痛みを直に感じる事は無かったが、今もその痛みの残滓は残っている。

 こんな夜更けに唐突に起床したのも、それが原因だ。


「この頭痛は……なに……?」


 だが、痛みの原因がアメリアによるものだとは知らないルナリアがそう呟いた直後、自分の隣に人の気配を感じたのだろう。彼女はゆっくりとだが、首をその気配のする方へ向ける。

 窓から入ってくる月明かりのおかげでその人物の顔をはっきりと見る事が出来た。そして、そこにいたのは、彼女にとって実の姉であるアメリアだった。


「お姉、様……?」

「久しぶりね、ルナ。私達を裏切ってくれたあの時以来かしら?」

「……え、……どう……して……?」


 寝起きで頭が十分に回っていなかったのだろう。ルナリアは一瞬だけ呆然とした表情を浮かべて間を置くと、その数秒後、状況が完全に飲み込めた彼女は驚愕の表情を浮かべた。


「いやぁっ!!!!」


 自分の隣に歪な笑みを浮かべて佇んでいたアメリアの姿を見たルナリアは叫び声を上げながらベッドから転げ落ちる様に抜け出し、部屋の隅まで這いずりながら移動する。

 しかし、ルナリアのそんな様子を見たアメリアは呆れた様な表情を浮かべた。


「……仮にも実の姉に対してその態度は無いでしょう?」

「やめてっ、来ないでっ!!!!」


 アメリアの呆れ声とは反対にルナリアはベッドから抜け出た時に持っていたシーツを必死に握り締めて怯えた様な表情を浮かべていた。

 また、この別荘にも一応は護衛の類が配置されているが、流石に嫁入り前の令嬢と同じ部屋で過ごす訳にはいかない。その為、彼等は部屋の外でルナリアの事を護衛している。今、この寝室にいるのはアメリアとルナリアの二人だけだった。


「どうして!? どうしてこの場所が分かったのよ!?」


 ルナリアは今夜アメリアが屋敷にやってくるかもしれないという事をデニスから聞いていた。その為、万が一に備えて今日はこの別荘に避難する事になった。

 そして、アメリアを殺す為の準備も整っているとデニスから聞いた。だから、ルナリアは安心して熟睡していた。だというのに、そのアメリアは死んでおらず、それどころか突如として自分の前に現れたのだ。彼女がどれだけ驚愕したのかは想像に難くない。

 更に言うなら、この場所の事を知っているのは、それこそ今この屋敷にいる人間を除けば、デニスの部下として屋敷に働いている者くらいだろう。しかも、この別荘には数多くの寝室がある。だからこそルナリアにとっては、何故アメリアが自分の使っている寝室が分かったのか、何故部屋の外で待機している筈の護衛に気付かれないように来る事が出来たのかが全く分からなかったのだ。


「し、侵入者よ!! 誰かっ、誰か助けてっ!!」


 だが、そんな疑問を考えている余裕はないとルナリアは部屋の外に居る筈の護衛にまで聞こえる様な大声で必死に助けを求めて叫ぶ。


 しかし、ルナリアが何度叫ぼうとも、この部屋に護衛達が駆け込んでくることは無かった。


「どうして!? どうして誰も来ないの!?」

「無駄です。そんな大声を出しても誰も助けに来る事はありませんよ」


 この部屋にはアメリアの手によって予め消音の結界を張られている。その為、この部屋の外にいる護衛達にはルナリアの声は届かないのだ。


「お願いっ、誰かっ、誰かっ!!!!」


 だが、そうとは知らないルナリアは部屋の外にいる護衛達に必死に助けを求める声を出す。ルナリアのそんな滑稽な様子を見ていたアメリアは必死に助けを求める彼女に対して溜め息と共に嘲笑を向ける。


「ふふふっ、さぁ、ルナ、行きましょうか。舞台もちゃんと用意してあるのです。伯父様もお待ちですよ」

「いやっ、いやっ、誰かっ、誰かっ!!!!」


 アメリアは必死に叫ぶルナリアを無視し、パチンッと指を鳴らす。すると、アメリアとルナリアの二人の足元に魔法陣が現れた。そして、その魔法陣が光り出したかと思うと、その直後には寝室から彼女達の姿は消え去るのだった。

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