24 復讐の影響

 アメリアのガストンやマーシア達へ行った復讐から数日後、エルクート王国の行政の中核を担う王宮内では激震が走っていた。

 宰相、財務大臣、法務大臣という重要な役職を担っていた者達が数日前から突如として娘共々行方不明になったからだ。

 国の運営にも関わる重要な役職のトップが、三人も同時に行方不明になればその影響は計り知れないだろう。

 特に宰相であるガストンがいなくなったのは国にとって大きな痛手だ。ガストンは宰相としてはかなり有能だったのだ。

 今は宰相や大臣が行方不明になってからまだ数日しか経過していない為、そこまで大きく影響は出ていないが、時間が経つにつれ、その影響は大きなものになっていくだろう。


 そして、ファーンス公爵以下三名が娘共々行方不明という話を聞いた、アメリアの宣戦布告があったあの夜会に参加していた者達の間では一つの噂が流れ始めていた。


『遂に、アメリアの復讐が始まったのだ。宰相、ファーンス公爵と彼の側近であった大臣たちは最初の復讐対象に選ばれてしまい、既に殺されている』


 そんな噂があの夜会の参加者の内で広まり始めたのだ。


 元々、ファーンス公爵たちがユーティス侯爵家を嵌めた事自体が貴族社会全体で噂になっていた。ファーンス公爵家の権力が強かった為、表だって口に出す事は無かったが、その後の様々な情勢の変動を見ていると、ユーティス侯爵家の凋落にファーンス公爵家が大きく関わっていることは明らかだ。

 機を読む事に長けた貴族であれば、その程度の事なら即座に理解できる。そこから、ファーンス公爵が一連の黒幕であるという答えに近づくのも簡単だろう。その為、ファーンス公爵以下三名が娘共々、アメリアの第一の復讐対象として選ばれたのだろうという推測は容易にできた。

 なら、既にファーンス公爵は彼女の手によって殺されている。行方不明なのはアメリアがファーンス公爵たちの死体すらこの世に残したくなかったのではないかとも言われ始めていた。


 そして、その噂を聞いた夜会参加者の一部、アメリアやユーティス侯爵家に対して負い目のある者達は彼女に対して恐怖を覚えていた。

 あの凄まじい権勢を誇っていたファーンス公爵がアメリアの宣戦布告後、すぐに行方不明になった。ファーンス公爵達は既にアメリアによって殺されているだろう。それは、今のアメリアには、権力という貴族が持つ最大の武器であると言っても過言ではない力、それが一切通じないという事に他ならない。

 噂が流れ始めてから、彼等はいつ自分にアメリアの復讐の手が伸びるか、そればかりを考える様になっていた。その事ばかりを考えていた為、彼女の復讐の噂を聞く度に、恐怖を煽られ、次第に、アメリアの名前そのものが恐怖の対象になっていく。更には、アメリアやユーティス侯爵家の名が出るだけで、体の震えが止まらなくなる者まで現れ始める始末だった。




 そして、アメリアの復讐という噂を聞いたエルクート王国の王太子ヴァイスは怒りを露わにしていた。


「くそっ、アメリアの復讐だと!? 俺が一体何をしたというのだ!!」


 アメリアの元婚約者であるヴァイスはアメリアの復讐という噂に苛立ちを隠せなかった。


「俺はあの女との忌々しい婚約を破棄しただけだ!! 何故、俺が復讐などされなければならない!?」


 アメリアの口振りからすれば、彼女の復讐の手がヴァイスにも届くであろう事は誰でも推測できる。その為、次に殺されるのはヴァイスではないかという一部の貴族が流している噂が彼自身の耳にも入ってきたのだ。

 ヴァイスがその話を聞いた時、なぜ自分が復讐対象にされているのか、意味が分からなった。要は、ヴァイスが何故アメリアに復讐されるのか、その理由を全く自覚していなかったのだ。


「あの女は俺の愛しのアンナに酷いイジメをしていたのだ。それを見ていたという令嬢達の証言もある。そんな性根の悪い相手との婚約など破棄して当然だ!! だというのに、何故、俺が復讐などと!!」


 挙句の果てに、ヴァイスは自分の愚行を顧みるどころが、あの婚約破棄は正当なものだったと宣う始末である。

 

 その時、文官が大量の書類を持ってヴァイスのいる執務室内へと入室してきた。


「殿下、次の書類をお持ちしました」

「くそっ、まだ終わらないのか……」


 宰相であるガストンが行方不明となってから、ヴァイスは自由な時間もない程に日々の仕事に追われていた。

 ガストンは宰相としては有能だった。宰相の役割は、王族の補佐や代理であり、王がしなければならない仕事の大部分を引き受けている。なら、宰相が行方不明になった時、その仕事を肩代わりしなければならないのは誰か。

 それは言うまでも無く、王太子であるヴァイスだ。だが、当のヴァイスは今迄宰相であるガストンがしていた為、今まで全くした事が無い仕事に悪戦苦闘していた。


「殿下、次の書類は何処に置いておけば」

「そこに置いておけ!! くそっ、アメリアの復讐だと……、ふざけるなよ………」


 ヴァイスはアメリアの恐怖に怯えながらも、宰相が行っていた仕事も肩代わりしなくてはいけない毎日を過ごしていた。自身のしなければならない仕事を含めると、その量は一日を費やし、更に自分の睡眠時間を削ってやっと終わるという程の量だ。ヴァイスはアメリアの復讐の矛先がいつ自分に向くかに、恐怖しながらも日々の仕事をなんとかやり遂げていく。


「くそっ、最近は仕事ばかりでアンナに殆ど会えていないじゃないか!!」


 宰相がいなくなった影響で、ヴァイスは真の愛で結ばれていると豪語している愛しのアンナとの愛を育む為の時間も大きく削られる事になったのだった。




 一方、アメリアの復讐が始まったという噂だが、それは一気に広まりを見せ、もう一つの噂と共に、夜会参加者以外の耳にもその噂達が届く様になっていた。

 そして、それはあの夜会に参加していなかったとある貴族も同様だった。


「くそっ、どうしてこうなった!?」


 自身の執務室で声を荒げるのはアメリアの伯父であるデニスだ。彼の耳にも例の噂は届いている。

 また、デニスはヴァイスと違い自分の行いがどういったものかを自覚していた。自覚しながら、彼は自分の弟であった筈のディーンを裏切った。だからこそ、自分がアメリアの復讐の対象になっている、そう言う確信があった。


「くそっ、くそっ!!」


 あの忌々しい弟を排除した、可愛いルナも自らの養女とした。その二つを成した事で、デニスはやっと人生の絶頂期が到来したのだと確信をしていた。

 だというのに、あの忌々しい弟の忘れ形見とも呼ぶべきあの女が復讐しにくる。

 更には、自分達の安全を保障してくれるであろう筈だったファーンス公爵は行方不明ときた。噂では既にアメリアによって殺されているという。

 デニスの心中は、『どうしてこうなった』という言葉で埋め尽くされていた。


「くそっ、くそっ、くそっ!!!!」


 アメリアの復讐の噂と共に、もう一つの噂も彼の耳に届いている。それは、アメリアが王宮の屋根を一度の魔術で吹き飛ばしたという噂だ。デニスはその噂を聞いた時、とてもではないがその噂を信じることが出来なかった。アメリアは魔術の適性が無かった事を知っていたからだ。

 噂は人を跨いでいくと段々と誇張される物だ。だからこそ、デニスはその噂を安易には信じなかった。

 だが、どれだけ情報を集めても出てくる噂は、アメリアが一度の魔術で王宮の屋根を吹き飛ばしたというものだ。しかも今、王宮では屋根の修理工事が行われているという情報もある。そこから導き出せる真実は、噂は本当であるという事だ。


 だからこそ、デニスはアメリアが魔術以外の何某かの超常の力を得たと仮定した。一部とはいえ、あの防御魔術によって堅牢に守られている王宮を破壊したのだ。そうでなければ説明がつかない。

 しかし、それはそれで問題だ。アメリアの目的は復讐だ。それは、彼女の持つ超常の力が自分に向くことを意味している。


(奴らに頼るか……? 奴らなら確実にあの女を殺すことが出来る。しかし、対価として何を要求されるか……。金銭なら問題は無い。しかし、奴らの求める報酬がそれ以外の可能性も……)


 そこまで思考を進めた時、突如、執務室の扉がノックされた。


「誰だ?」

「伯父様、私です。入ってもよろしいでしょうか」


 そう言うのは、デニスの姪であり、現在は養女でもあるルナリアだった。彼女の声を聞いたデニスは入室を許可する。


「ああ、ルナか。入っていいぞ」

「では、失礼します」


 そして、ルナリアは入ってくるなりデニスに近寄り、先程彼女の耳に入ってきた噂の話を始めた。


「伯父様、あの噂はお聞きになりましたか?」

「噂? ……まさか、あの噂がお前の耳にも入ったのか!?」

「ええ、何でもお姉様が復讐を始めるとか……」

「そうか……。お前の耳にも入ったか……」

「も、もしかして、私も殺されてしまうのですか!? あの行方不明になったファーンス公爵の様に!!」


 ルナリアはそこまで告げると、その顔に怯えの表情を見せた。ルナリアにも自分の行いがどういったものかの自覚はある。それを自覚しながらルナリアはアメリアを裏切った。その裏切りによって、アメリアを逃がす為に、彼女の護衛や侍女が少なからず犠牲になった。

 故に、ルナリアは姉であるアメリアに復讐されるのだと思い、体を震わせ怯えていた。ルナリアの震えを見たデニスは彼女を安心させる為の言葉を紡ぐ。


「……ルナ、心配するな。もし、あの女が生きていて復讐しにこようとも、私がなんとかする。お前には手を出させない」

「本当ですか!?」

「ああ、どんな手を使ってでも必ず、必ずお前を守ってやる」

「伯父様、嬉しいですっ!!」


 そう言って、ルナリアはデニスに抱き着いた。抱き着かれたデニスも満足げな表情を浮かべる。

 そして、デニスは策を練る。超常の力を手に入れたるアメリアに対抗する為の策を。


(くそっ、この手段は出来れば使いたくは無かった。だが、四の五の言っている場合ではない。私の可愛いルナを安心させるためにも、一刻も早くあの女を始末する。こうなれば、奴らに頼るほかない)


 デニス自身、この手は諸刃の剣になりかねないという事は分かっている。だが、アメリアが噂通りの力を持っているのなら、奴らに頼るしかない。そう思ったデニスは自身の治める街へと出歩く準備を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る