16 マーシア達への罰ゲーム④

 マーシアは公爵領から王都に戻る為の馬車の中で目を覚ますと、先程見た夢の内容を思い返していた。


「嫌な夢を見ましたわ……」


 彼女の言う嫌な夢、それは追放されたアメリアが自分の所にまで来て復讐をしようとする夢だった。その夢の中では罰ゲームと称してゴミ廃棄場に送られ、残飯だけで生活させられる。挙句の果てには取り巻き二人が死に、自分も餓死するという酷い最後で終わっていた。


「疲れているのかしら……」


 だが、普通に考えればそんな夢を見る方がどうかしている。

 ここまでの旅路では数十日以上馬車で移動している。その為、疲れが溜まっており、その結果あんな酷い夢を見たのだろうとマーシアは結論を出した。


 しかし、異変が起きたのはそう結論を出した直後の事だった。今迄走っていた馬車が突然、停車したのだ。


「な、何が起きたんですの!?」


 しかし、異変はそれだけでは無かった。なんと馬車の外から大声や堅い物同士がぶつかる音、具体的に言うなら剣と剣がぶつかり合うような音が聞こえてきたのだ。


 それから数分後、外から聞こえてきていた音は次第に聞こえなくなっていた。だが、突然馬車の扉が開いたかと思うと、馬車の御者をしていたはずの男が顔を出してきた。


「お嬢様、山賊です!! 山賊が現れました!! 護衛の者は全員殺されました!! 早くお逃げ、うぎゃぁぁ!!」


 だが、その御者も後ろから現れた山賊に斬り殺された。そして、御者の後ろから現れた山賊は馬車の中に入りマーシアを捕まえようとする。


「ほぅ、こいつは上玉だな」

「っ、お離しなさい!! わたくしはファーンス公爵令嬢、マーシア・ファーンスですわよ!!」

「ほう、あんたの実家は公爵家なのか。身代金がガッポリ取れそうだな!!」

「なっ!?」

「身代金を頂くまでは一応あんたの事は丁重に扱ってやるよ。ま、相手が身代金を拒否した場合はどうなるかは保証しないがな」


 非力な貴族令嬢では山賊に抵抗できず、マーシアはそのまま山賊に捕まる事となり、彼等のアジトへと連れて行かれる事になったのだった。






 マーシアを捕えた山賊達、彼等は最近相当金に困っているらしく、貴族の令嬢を捕まえて身代金を得ようと画策していた様だった。

 マーシアはその為の絶好の材料として使われる事になった。一応、マーシアは交渉の材料の為、乱暴はされず、丁重に扱われている。娘が無事だったなら身代金は払われるだろうが、もし乱暴されたとしれば、マーシアの父は怒り狂い、討伐隊が差し向けられる事になるかもしれない。それは、彼等も避けたかった。彼等は金が欲しいだけだ、命が惜しくない訳では無いのだ。


 だが、当のマーシアは山賊達に捕まっているこの生活に耐えられそうになかった。一応、手製の牢屋に入れられて山賊達からは隔離されているが、出てくる食事は何時も屋敷で食べていた物に比べると明らかに質が低い。身だしなみを整える為の使用人もいない。それがマーシアにとって何より我慢できない事だった。

 しかし、山賊にそれを訴えたとしても、聞き入れる筈も無く、今よりも扱いが酷くなるかもしれない。そう思い、彼女はそれを言葉に出す事は無かった。それでも、いつか助かると信じて耐え忍んでいた。


 そして、それから数日後、マーシアの元に救いの手が現れる。


「お頭、侵入者です!! しかも、凄い数です!! 恐らく、その娘の実家が雇った連中かと!!」

「なっ、こっちには人質がいるんだぞ!? どうなってやがる!?」

「分かりません!! ですが、もう表の連中は殆どやられました!!」

「なんだとっ!?」

「もうすぐここにも、ぎゃぁぁ!!」

「なっ!?」


 報告に来た山賊が突然、奥から現れた兵士に斬り殺された様子を目撃した山賊の頭は突然の事だったので、一瞬硬直してしまう。

 その直後、公爵家の家紋が入った鎧を着た兵士たちが次々とアジトの中へと侵入してくる。

 山賊の頭は、突如現れた兵士への対応に追われ、人質で脅すどころではなくなっていた。マーシアが簡易の牢屋に入れられており、山賊の頭のいた場所から離れていた事も幸いしたのだろう。その後、山賊の頭も数分もしない内に、兵士に斬り殺される。そして、兵士たちは頭を倒した勢いそのままに残りの山賊を掃討していった。

 その後、兵士の一人がマーシアの元へと近づいていく。


「お嬢様、ご無事ですか!?」

「え、ええ。大丈夫ですわ」

「では、急いで脱出しましょう」

「わ、分かりましたわ」


 その日、マーシアは公爵家の私兵の手によって無事に山賊から解放されたのだった。


 しかし、これはアメリアの用意した罰ゲームの始まりに過ぎなかった。




 そして、アメリアの罰ゲームが本当の意味で始まったのはマーシアが山賊から解放されて一月後の夜会での出来事だった。

 彼女は山賊から解放され、精神状態も良好なものになった為、本日開かれる夜会に参加する事にしていた。王都にいるというのに一月も顔を見せないとおかしな噂をされかねないからだ。


「マーシア様、お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりですわね」


 夜会に参加していたマーシアの元に一人の令嬢が現れた。その令嬢はマーシアに敵対している派閥の令嬢の一人だった。彼女は、マーシアを見つめる目に歪な笑みを浮かべていた。


「それにしても、王都に戻ってこられたとお聞きしてから、一月近く夜会で見かけなかったので私達は心配しておりましたのよ」

「ご心配をおかけしたようですわね。体調が芳しくなく、屋敷で療養しておりましたの」

「まぁ、そうだったのですか。私はてっきり、あの噂が原因だと……」

「……噂、ですの?」

「ええ、ご存じないのですか?」

「……知りませんわ。その噂がどんなものかわたくしに教えてくださらない?」


 そして、彼女は口元を扇で隠しクスリと笑うと、今社交界に流れている噂の話をし始めた。


「マーシア様、山賊に捕まり乱暴されたという噂が流れているのです」

「えっ……? そ、それは誰の事を仰っていますの?」

「いえ、だからマーシア様が山賊に捕まり乱暴されたという噂が流れているのですよ」

「なっ……」


 確かに、マーシアが山賊に捕まったのは確かだ。だが、山賊に乱暴されたという事実は一切ない。更に言うなら、救出に来た公爵家の私兵たちにもマーシアが山賊に捕まった事に関する事は緘口令が敷かれていた。なので、マーシアが山賊に捕まったのを知る者はほんの一握りの人間だけだったはずだ。

 だというのに、その話は何時の間にか貴族社会に広がっていた。しかも、その話は捕まった山賊に乱暴されたという事実無根の悪意ある付け足しが行われた噂だった。



「そ、そんな事実無根の噂をどこから聞きましたの?」

「私は出所の把握はしておりません。ですがほら、あそこの方々も噂しておりますよ?」

「なっ……」


 その令嬢の視線の先にいる貴族達は何やら話し込んでおり、同時にマーシアに憐れみの視線を送っている様でもあった。


 ――――クスクス、マーシア様の噂はご存知かしら?

 ――――ええ、何でも山賊に捕まり乱暴されたとか……

 ――――まぁ、お可哀想に。そうなってしまえば今後の縁談にも……


 彼等のそんな話し声は小さいながらもマーシアの耳へと届いていた。

 しかも、よく見るとマーシアに憐れみの視線を向けながら、噂話をしているのは彼等だけではない。会場の至る所から憐れみの視線が向けられていた。

 その視線を感じたマーシアは文字通り顔から血の気が引くような感覚を味わっていた。彼女も貴族令嬢の一人、下手に釈明しても、火に油を注ぐだけになりかねないというのは知っている。父である公爵家当主にお願いして、一刻も早く噂の鎮静化を図らなければならない。そう考えた彼女は慌てた様子で自分の屋敷に戻ろうとする。


「っ、わたくしはこれから用事がありまして、もうすぐ帰らなくてはなりません。これにて失礼いたしますわ」


 あんな噂が広がっているというのに、これ以上この場にいる事など彼女には耐えられなかった。

 彼等の向ける視線や話し声にに耐えられず、マーシアは彼等に背を向ける。後ろではクスクスといった笑い声が聞こえてくるが、彼女はそれを無視して夜会会場から急いで立ち去ったのだった。




 マーシアが夜会会場で噂を聞いてから数日が経過していた。

 しかし、マーシアが山賊に乱暴されたというあらぬ噂は沈静化するどころか貴族社会全体へと広がりを見せていた。無論、マーシアの父であるファーンス公爵も溺愛する一人娘の為に噂の火消しに奔走していた。だが、そんな火消しを嘲笑うかの様に噂は尋常ではない速度で貴族社会全体に拡散していたのだ。


「いやっ、もう嫌ですわ……」


 また、当のマーシアはあの夜会の直後から自室に引きこもるようになっていた。


 貴族令嬢は外聞がある意味、最も重要だ。故に山賊に乱暴されたなどという醜聞は、大スキャンダルだ。それが真実であろうとも偽りであろうとも、そんな噂が流れた時点で終わりなのだ。今もあんな噂をされていると思うと、夜会に参加する気にもなれない。

 夜会に参加すれば、他の貴族達からどんな噂をされるか分からないからだ。


 また、使用人達にもその噂は広がっている様で、彼等も陰ではその話をしていた。その為、使用人達には緘口令が敷かれる事になったが、マーシアの噂は沈静化するどころか、更に勢いを増して、既に歯止めが利かない程に拡散されていた。

 まるで、裏から手を引いている者が恣意的に噂を操作している様であった。


 そして、もう一つ。あの夜会からマーシアにとある異変が訪れていた。


 ――――ねぇ、聞きました? あの噂を……

 ――――ええ、聞きましたわ。なんでも、あのファーンス公爵家のご令嬢のマーシア様が……

 ――――クスクス、お可哀想に……


「いやっ、いやっ、もう聞きたくありませんわ……」


 そう、彼女は夜会の直後から自分の噂をしている貴族達の声が幻聴として聞こえる様になっていたのだ。

 しかし、幻聴が聞こえるようになったと誰かに言えば精神異常を疑われて、今以上に苦しい立場に置かれるだろう。その為、彼女は幻聴の事を誰にも告げることが出来なかった。だが、それで更に苦しむのは彼女自身だ。幻聴で苦しんでいるというのに、その事を誰にも打ち明けられないという精神的な負担は想像を絶する者だろう。


 また、使用人達が自分に向ける視線にも憐れみが込められている様な気がして、部屋に誰も通していなかった。使用人たちの憐れみの視線にとてもではないが耐えられそうになかったからだ。その為、身だしなみも全く整っておらず、毎日手入れをしていた綺麗な金髪はボサボサとなり見る影もなくなっている。

 今の彼女は、屋敷内の自室に引きこもり使用人が持ってくる食事を食べるか、ベッドで蹲っているかのどちらかであった。

 自分の醜聞を噂する貴族達の幻聴に耐え切れず必死に耳を塞ぐが、それを嘲笑うかのように幻聴は未だに聞こえ続けている。


 ――――クスクス、あそこにいるマーシア様は山賊に捕まって乱暴に扱われたそうですわよ?

 ――――まぁ、本当ですの?

 ――――ええ、お可哀想に……

 ――――本当に。あれでは王太子妃どころではありませんわねぇ……


「いやっ、もう耐えられませんわっ!!」


 もう聞きたくないと言わんばかりに、首を何度も振り幻聴を振り払おうとするが彼女の耳に届く幻聴は止むことは無い。


「いやっ、いやっ、いやあああああああああああああ!!!!」


 そして、マーシアはその幻聴に耐え切れず、ある日の真夜中に狂乱の果てに自室の窓から身を投げ出し、飛び降り自殺を行ったのだった。

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