14 マーシア達への罰ゲーム②

 マーシア達三人がこのゴミ廃棄場に送られてから、既に三日が経過していた。しかし、彼女達は今もこのゴミ廃棄場に留まる事を余儀なくされていた。

 最初の頃は三人で力を合わせて上部にある窓から外へと脱出しようと意気込んでいた。あそこから外に出れば助かると信じ、何度も何度も挑戦を繰り返していた。だが、何度やってもうまくいかなかったのだ。

 その途中で毎日手入れをしている自慢の爪も折れ、着ているドレスもボロボロになっていた。それでも、挑戦を続けたがギリギリのところで手が届かない。まるで何かに阻まれる様に手が届かないのだ。

 そんな失敗を数え切れないほどの回数積み重ねてきた彼女達は既にあそこから脱出しようという気概も消え失せていた。


 


 

 そんな時、もう何度目かになるか分からないアメリアの声が聞こえてきた。


「さて、お食事の時間ですよ」


 そう言うアメリアの声はまるで家畜に餌を与える時の様な声色をしていた。

 そして、いつも通りの魔法陣が現れ、もう何度目かになるか分からない残飯と濁った水が支給される。だが、今回支給された残飯を見たマーシアはそのおかしな点に気が付いた。


「量が、少ない様な……? っ、アメリア、貴女まさか!?」

「ああ、やっと気が付かれたのですね。そうですよ、最初の頃から量を減らしています」


 そう、アメリアは支給していた残飯を減らしているのだ。今回支給された残飯の量ではとてもではないが三人の飢えを凌ぐ事はできない。精々、二人分といった所だろう。


「因みに、気が付かれなかった様なので教えて差し上げますが、支給するたび少しずつ量を減らしていたんですよ? 何時気付いてくれるかずっと待っていたんですけど、まさかこれだけ時間が掛かるとは思いませんでした」


 アメリアのその言葉で、三人は今まで支給されていた残飯の事を思い返す。すると確かに回を重ねる度、気づかれない程度の量だけ減っていた事に思い至った。


「この量で、どうやって飢えをしのげばいいのよ!?」

「さて、それは貴女達で考えてください。そのゴミの中の生ごみを食べてもいいですし、それ以外の方法でも別に構いませんよ」

「ふ、ふざけるのもいい加減になさい!!」


 この残飯を食べているだけでも彼女達はプライドを大きく傷つけているのだ。生ゴミを漁って、更にそれを食べろと言うのだ。ゴミ漁りの真似事など、彼女達には到底耐えられそうになかった。

 しかし、アメリアはもう一つだけ選択肢を、彼女達を更なる地獄へ叩き落す為の選択肢を用意していた。


「ああ、そう言えば今まで生き延びた貴女達にプレゼントがあります」

「プ、プレゼント?」


 アメリアのその言葉に三人は嫌な予感がした。何故なら、今のアメリアの言葉は彼女達にとって不幸を運ぶものでしかなくなっていたからだ。

 その直後、いつもの魔法陣が現れ、そこから小さな箱が出現した。マーシアはその箱を手に取り、恐る恐る箱を開ける。すると、その中には鞘に入った短剣が一本だけ入れられていた。


「さて、そのプレゼントをどう使うかは貴女達次第です。どう使おうが私は一切関与しないので」


 だが、このタイミングで短剣を渡す理由はたった一つしかないだろう。

 要は、三人分の量が無いなら、二人にしてしまえばいいとアメリアは言っているのだ。あまりにも簡単で残酷な合理的引き算だ。


「その短剣は特定条件を満たすと私の元に戻って来る様になっているので、その点だけは注意してくださいね。後、その短剣は次の食料の支給時間になっても私の元に戻って来る様になっていますので、使うなら早い方が良いかもしれませんよ?」


 その言葉を聞いたマーシアは箱に入った短剣を手に取った。そして、しばらくその短剣を見つめた後、その目を取り巻きの一人であるマーシャへと向けた。その目を見たマーシャは思わず後ずさる。


「…………マーシャ、お願いがあるのだけれど…………」

「ひっ、も、もしかして私なのですか!? その短剣で私を殺すつもりですか!?」

「ええ。マーシャ、貴女、わたくしの為に死んでちょうだい!!」

「やめっ、許して、許してください!!」


 そして、マーシアは短剣を抜き放つと、それを構えたままマーシャの胸元目掛けて勢い良く飛び込んだ。マーシャも咄嗟の事で避ける事が出来ず、短剣が胸元に突き刺さった。


「マーシア、様……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 マーシアの振った短剣が致命傷になったのか、マーシャの目からは光が消えバタリと倒れ込んだ。また、マーシアも顔やドレスがマーシャからの返り血を浴びて血塗れになっている。すると、彼女の胸に刺さっている短剣は消えてしまった。

 残った二人はそれを見て全てを察した。アメリアが言っていた特定の条件、それはこの短剣で人一人を刺殺した時に満たされるのだと。


「どうやら条件を満たしたようですね。それにしても、貴族令嬢が残飯を巡って殺し合いですか。ふふふっ、本当に醜いですね」

「っ、こうなるように仕向けたのは貴女でしょう!?」

「さて、何の事でしょうか? 私は言いましたよね、貴女達がその短剣をどう使おうが私は一切関与しないと」


 アメリアは我関せずとでも言わんばかりに、マーシアの非難を受け流した。そして、言葉を続ける。


「さて、二人になった事で飢えを凌げますね。さぁ、存分にお食べください」


 二人は嫌悪の表情を浮かべながら支給された残飯を食していく。今後マーシアは、マーシャを殺したことに対する嫌悪感で苦しむことになるかもしれない。だが、その苦しみこそがアメリアが求めていたものなのだ。


 そして、残った二人はマーシャの死体の傍で生きていく事を余儀なくされるのだった。




 マーシャが死んでから数日が経過していた。彼女が死んだ当初の頃は二人なら十分な量が支給されていた。だが、回数を経るにつれ、その残飯の量も少しずつ減っていった。


「「なっ……」」


 そして、今回の支給された残飯を見た二人は唖然となる。今回の残飯の量はどう考えても一人分しかなかったのだ。

 それを見たマーシアは全てを察し、アメリアに聞こえる様に大声を出した。


「アメリアっ、今回もあの短剣を用意しているのでしょう!! 早く出しなさい!!」

「ふふっ、ではご期待お応えして」


 アメリアがそう言うといつも通りの魔法陣から短剣が入った箱が現れた。


「前回同様私は貴女達がそれをどう使おうが一切関与しません。さぁ、私を楽しませてください」

「くっ!!」


 マーシアが現れた箱を手に取り、中にある短剣を見つめていると横からエルザが短剣へと手を伸ばした。エルザは短剣を手に取ると、鞘から短剣を抜き、その刃先を自分の胸元へと向ける。


「エルザ、貴女、一体何をするつもり!?」

「決まっています。こうして自害すればこれ以上の辱めを受けずに済みます!!」


 そう、自害はこの地獄から解放されるための手段の一つだ。だが、短剣は一本しかない。また、短剣は一人を刺殺した時点でアメリアの元に戻る。つまり、自害の為の片道チケットは一枚しかないのだ。

 自害という手段に気が付いたマーシアはエルザの握る短剣に手を伸ばした。


「マーシア様、何を!?」

「決まっていますわ。わたくしも自害をするのです!!」


 そして、二人は短剣を奪い合おうともみ合になる。互いに恥も何も無く、ただ力任せに短剣を手に入れようと必死に力を振り絞っていた。


「エルザ、その短剣をわたくしに渡しなさい!!」

「お断りします!! もう、こんな生き地獄は耐えられません!!」


 そして、もみ合いの末に短剣を手に入れたのはエルザだった。彼女はすぐさま短剣の刃先を胸元に近づけた。


「マーシア様、お許しくださいっ!!」

「まっ、待ちなさい!!」


 だが、マーシアのそんな声も空しく、エルザは勢いよく自分の胸に短剣を突き刺した。突き刺した部分からは血が滲み出て、エルザの着ているドレスが真っ赤に染まっていく。

 エルザはその直後、バタリと倒れ込み動かなくなってしまった。その直後、彼女の胸に刺さっていた短剣が消えていく。短剣が消えるという事は、エルザの死は確定したという事だ。


「あはははは!! 自分が死ぬために短剣を奪い合う!! なんて滑稽な展開なのでしょう!! 正直に言うなら、もう一度殺し合うと思っていましたよ!! あははははははははははははははは!! わ、私を笑い殺すつもりですか!? あははははははははは!!」

「アメリアァァァァァ!!」


 マーシアは淑女の仮面すら脱ぎ捨て、令嬢にはありえない憤怒の形相を浮かべるが、アメリアがそれを意に介することは無い。

 だが短剣が消えてしまった以上、自害する方法はもうない。取り巻きだった二人が死んだ今、マーシアはたった一人でこのゴミ廃棄場に残されるのだった。






「あ、ああ……」


 あれから一体どれだけの時間が経過しただろうか。このゴミ廃棄場でたった一人残されたマーシアの精神は限界を迎えていた。たった一人で、しかも取り巻きだった二人の死体のすぐ傍で過ごす時間は彼女の精神にとてつもない負荷をかけていた。それこそ、精神がいつ崩壊してもおかしくは無いだろう。

 しかし、この生き地獄から逃れる方法である自害をしようにもその方法が無い為、今の彼女はただ惰性で生きている様な状態に近かった。もう今の彼女には物事の正常な判断すら出来ないかもしれない。


 食べ物も満足に食べられなくなり、彼女の自慢だった容姿は既に見る影もなくなっている。体は痩せ細り、毎日手入れを欠かさなかった自慢の金髪もこのゴミ廃棄場では手入れが出来ずボサボサになっている。今の彼女を見て、貴族令嬢だと思うのは誰もいないだろう。


 マーシアはただ支給される飲食物を飲食しては、それ以外の時はボーっとするだけの毎日を過ごしていた。しかし、彼女が一人になっても支給される飲食物は段々と減り続けている。


「さて、食事の時間ですよ」

「もう、そんな時間ですの……?」

「ええ」


 もう、マーシアは完全にアメリアに飼いならされる家畜のような状態へとなり替わっていた。彼女のプライドも完全に圧し折れ、アメリアに反抗しようという気すら消え失せていた。


「今回は、この程度しか、ありませんの……?」


 支給された少ない残飯を見てマーシアはそんな事を呟いていた。だが、彼女の言葉に答える者は誰もいない。ただ、アメリアがクスクスと笑うだけだ。




 それから数日後、遂に食料が支給されなくなった。結局その数日後の夜に、最後に生き残ったマーシアも餓死してしまった。






「あはははっ、この程度では終わらせません。これはまだ始まりですよ。貴女達には、あの男達への見せしめになって貰わないと困るのですから……」


 そして誰もいなくなったゴミ廃棄場、そこにアメリアのそんな声だけが響き渡るのだった。

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