11 マーシア公爵令嬢の切り札とアメリアの提案するゲーム

「さて、お久し振りですね。マーシア様」

「アメリアっ」

「後、取り巻きのお二方は……。申し訳ありません。名前を忘れてしまいました。貴女達はマーシア様の取り巻きとだけ覚えていたので、名前はあまり記憶に残っていなくて……」

「なっ!!」

「くっ!!」

「もしよろしければ、自己紹介をしていただけませんか?」


 無論、アメリアは二人の名前も覚えている。だが、こう言えば彼女達のプライドを逆撫でできると知っているアメリアは挑発の意味も込めて言ったのだ。

 案の定、二人は苛立ちを見せている。


「私はエルザ・ヴァネルラント。ヴァネルラント侯爵の令嬢よ!! 今度私の事を忘れたら許しませんわ!!」

「私はマーシャ・アッカーソン。アッカーソン侯爵家の令嬢です!!」

「はい、お二人共ありがとうございます。今度は忘れません」


 そう言ってアメリアはクスクスと笑った。しかし、その行為が更に二人のプライドを逆撫でするが、この場には二人を制止する令嬢がいた。


「貴女達、あの女の安い挑発に乗るなんてみっともなくてよ」

「ですが、マーシア様……」

「ああ言われて黙っている事など……」

「わたくしに同じことを二度言わせないで」

「「は、はい……」」


 二人を制止したマーシアは何処からか扇を取り出して、それをアメリアへと向ける。


「さて、貴女の目的はわたくし達への報復、と捉えてもよろしいのかしら?」

「ええ。ですが、貴女達には切り札とやらがあるようですね。それを早く使えばよろしいのでは? そうすれば、私を止められるのでしょう? ぜひ私にもその切り札とやらを見せてくださいな」

「っ、言われなくても使わせてもらいますわ。わたくしの切り札を見せて差し上げます!!」


 マーシアは取り巻き達に、安い挑発に乗るな、といいながらも自分はその安い挑発に完全に乗せられていた。それに気が付かないマーシアは懐から赤く輝く宝石の様な物を取り出した。その宝石の様なものにアメリアは見覚えがあった。


「それは、マジックジェムですか?」

「ええ、よく知っていますわね」


 マジックジェム、それは魔術が込められた宝石の事だ。このマジックジェムという道具は非常に便利な道具で、魔力を籠めるとその中に封じられた魔術が使えるのだ。その代わり、使い捨てで、込められた魔術も一度しか使えないというコストパフォーマンスが悪い側面もあるが、込められた魔術次第ではとても便利な物なのだ。

 だが、そんな物が切り札と言い張るマーシアにアメリアは疑問を抱いていた。余程の魔術でなければ、切り札とも呼べないからである。


「それが貴女の言う切り札、とやらですか?」

「その通りですわ!!」


 そして、マーシアは自信満々な表情を浮かべながらマジックジェムを砕き、その中に籠められた魔術を発動させる。その瞬間、アメリアの足元から鎖が現れた。そして、その鎖は彼女を拘束する様に手足に絡みつき、完全に拘束する。

 アメリアは体を動かそうとするが、その鎖はビクともしなかった。


「これは、一体……?」

「ふふっ、驚いていますわね。このマジックジェムに籠められた魔術は古代魔術ですわ」

「古代、魔術……」

「ええ、かつて存在したといわれる失われた伝説の魔術、古代魔術の事は貴女も知っていますわよね。このマジックジェムに籠められた魔術は、その中でも拘束系最上位の魔術ともいわれた『永劫の鎖』ですわ」

「……こんなもの、一体どこで……?」

「折角ですし、教えて差し上げますわ。このマジックジェムは我が公爵家秘蔵の道具ですの。我が家の宝物庫から少しだけ拝借させていただきましたわ」

「…………」

「ふふっ、絶望で声も出ない様ですわね。先程、伝達の魔術で公爵家の私兵を呼ぶように命令を出しておきましたわ。もうすぐ私兵たちもやって来るでしょう。貴女もこれで終わりですわね」


 そして、マーシアが悦に浸っている時、扉がノックされ、執事と思われる男性の声が聞こえてきた。


「お嬢様、御命令通り兵を連れてきました」

「待っていましたわ。あそこにいる鎖で縛られた女を始末なさい」

「はっ!!」


 部屋の中に入ってきた公爵家の私兵はマーシアの命令通り、武器を構えてアメリアを取り囲むが、当の彼女の表情が悲嘆にくれることは無かった。それどころか、彼女の表情にはどこか呆れたような笑みが見え隠れする様になっていたが、マーシアがそれに気が付くことは無かった。


「さて、これで終わりですわね。さようなら、アメリアさん」

「……ふふふっ、あははは」

「な、何を笑っていますの!?」

「あはははっ、こんな物で今の私を止められると思い込んでいる貴女が滑稽で滑稽で、笑いを堪える事が出来ませんでしたよ」

「っ、お前達、早くこの女を始末なさい!!」

「は、はいっ!!」


 そして、公爵家の私兵たちがアメリア目掛けて各々の武器を一斉に振おうとしたその瞬間だった。


 ――――パリィィィィン!!


 そんな音を立てて彼女を拘束していた鎖が一気に砕け散ったのだ。アメリアはそのままの勢いで手を振るうと、まるで先の夜会の衛兵達を再現したかのように、全員が一気に吹き飛んでいった。


「……アメリア、貴女一体何をしましたの……?」

「何、とは?」

「ふざけるのもいい加減になさい!! 貴女を縛っていた鎖は古代魔術で作られた物、貴女如きに壊せるわけがありませんわ!!」

「……壊すことが出来ましたが?」

「さ、先程のマジックジェムは壊れていたに違いありませんわ!! ですが、わたくしにはもう一つだけ同じ物があります。今度はそう甘くは行かなくてよ!!」


 そう言って、懐からもう一つのジェムを取り出した。マーシアは先程同様、自信満々といった表情で再びマジックジェムを砕いた。


「さぁ、今度こそ貴女は終わりですわ!!」


 だが、その滑稽な様子を見てアメリアは、はぁ、と呆れる様に溜め息をついた。そして、今度はアメリアに鎖が巻き付いた直後に、パリンという音を立てて鎖が砕け散ったのだ。


「なっ……」


 その一部始終を見ていたマーシアは何が起こったのか分からず、呆然とした表情を浮かべている。解放されたアメリアは満足げな笑みを浮かべ、彼女達の元へとゆっくりと歩を進めて行く。


「ウソ、ウソですわ……。古代魔術、ですのよ……。何かの、何かの間違いに決まっていますわ……」

「ねぇ、今どんな気持ちですか? 切り札と自信満々に言っていた、その古代魔術が私には効かないと知った今の気持ちはどんなものなのですか?」


 だが、マーシアはそんなアメリアの言葉も耳に入らない様で、只々呟き続けるだけだ。


「あ、ああ……」


 そして、段々と現実が飲み込めてきたマーシアの表情は絶望に染まったような表情へと変わっていく。それを見たアメリアは恐悦の笑みを浮かべた。


「そう、そうです、その表情です!! 希望が無残に打ち砕かれ、絶望に染まるその表情が見たかったのです!!

 あはははは、あははははははははは!!」


 公爵家の令嬢として生まれ、更には生まれ持った美貌、富、名声を持つマーシアはどんな事でも自分の思い通りになり、望みが叶わなかった事など無いのだろう。

 そして、今回も自分の思い通りになると信じて疑わなかっただろう。だが、絶望というのは落差が大きければ大きい程、濃くなるのだ。マーシアの心には今まで味わった事が無い程の絶望感が襲っていた。


「さて、もう手が無いのなら今度は私の番ですね」

「な、何をするつもりですの……?」

「それは、勿論……」


 その先の言葉を告げることは無く、アメリアは古代魔術の一つ、重力魔術を行使する。

 その瞬間、マーシア達の体にはまるで自分達を押し潰そうとしている様な、とてつもない重力が襲い掛かった。そんな重力が体に掛かっては、ただの貴族令嬢でしかない彼女達ではとても立ってはいられない。


「「「きゃあっ!!」」」


 そして、マーシア達は先の夜会の衛兵の様に地面に這いつくばる事になった。


「ふふっ、無様ですねぇ?」

「くっ!!」


 だが、地べたに這いつくばりながらも、マーシアはアメリアの事を忌々し気に睨んでいる。まだ彼女の心は自身の高すぎるプライドのおかげか完全には折れていない様だ。


(この女の事です。どうせ、ファーンス公爵令嬢たるわたくしにこんな事をしてタダで済むと思っていますの!? などと思っているのでしょう)


 マーシアの様子を見たアメリアがそんな事を考えていたその時だった。


「ファーンス公爵令嬢たるわたくしにこんな事をしてタダで済むと思っていますの!?」

「……ぶふっ!!」


 マーシアのそのあまりにも想像通りな言葉を聞いた瞬間、アメリアは思わず吹き出してしまった。およそ淑女として相応しくない、はしたない下品な行為だったが、不意に出てしまったのだから仕方がない。


「な……、なにが可笑しいのですか!?」

「ふっ、ふふっ。い、いえ、だってねぇ……」


 だが、アメリアは笑いを堪えきれずに何度も吹き出しそうになる。そして、マーシアはその度、顔を真っ赤にして苛立ちを募らせていった。しかし、体に掛かる重力により動く事が出来ないマーシアにはアメリアをどうする事も出来なかった。


 そして、ある程度笑って満足したアメリアはこの復讐劇を次なる展開へと移す事にした。


「さて、貴女達は十分に私を楽しませてくれました。ですので、ここからは趣旨を変えてゲームをしましょうか」

「ゲーム……?」

「ええ、このゲームに勝てば私は貴女達を見逃し、今後二度と危害を加えないと約束しましょう」

「……本当に危害を加えないんですの?」

「それは約束いたしましょう。もしこのゲームに乗るというのなら、貴女達に掛けているその魔術も解除しますよ」

「…………分かりましたわ。そのゲームに乗りましょう、貴女達もいいですね?」

「「は、はいっ……」」


 その言葉を聞いたアメリアは満面の笑みを浮かべて手を叩いた。


「ではルール説明と行きましょう。ルールは簡単です。今から私は貴女達を解放します。そして、貴女達は解放された後、この屋敷の何処かに隠れてもらいます。それを私が探すという簡単なゲームです。

 刻限は日の入りまで。その間に三人の内、一人だけでも隠れきる事が出来れば貴女達の勝利。今後は貴女達に危害を加える事無く、この屋敷を立ち去りましょう。

 私が刻限までに全員を見つければ私の勝利です。もし私が勝てば……、これは後のお楽しみにしましょうか。

 後、この屋敷周辺には結界が張ってあります。屋敷外に逃げられるとは思わないでくださいね」


 そして、アメリアが指をパチンと鳴らすと、マーシア達に掛けられていた重力の魔術が解除された。


「さて、始めましょうか。私は少しの間、この部屋で待って差し上げますので、私に見つからない様に上手く隠れる事ですね」

「くっ!! 貴女達、行きますわよっ!!」

「「は、はいっ!!」」


 恥も外聞も捨てるような勢いで三人は部屋から逃げ出していく。三人ともドレスの裾を持ち上げて走るが、ヒールを履いている為にかなり走りにくそうなのが印象的だった。


「ふふっ、そんな簡単に逃がす訳がないでしょう。精々、逃げ回りなさい。貴女達が隠れた場所が、貴女達自身の末路になるのですから」


 マーシア達が去った後、一人部屋に残ったアメリアはそう呟くと、その顔に嘲笑を浮かべながら嗤うのだった。

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