現代魔術師の新世界輪舞曲(メイガス・ロンド)

シカノスケ

第1話:現代魔術師達 -ダブル・メイガス-



幼い頃、ゲームや漫画の世界の勇者に憧れた。


絶対的な魔王がいて、怪物モンスターがいて、優れた能力を以って外敵を打倒することで希望をもたらす勇者は賞賛される。

そんな人々を救う夢を見て、魔王なんて世界に存在しないとわかっていてもチラシを丸めた聖剣で正義を掲げた。


だが、現実ではそれらは概ね実現しない。


十七年の人生の中でやや捻くれた逆無輪さかなし りんという男は想うのだ。

現代で魔王を打倒しうる力があったとしても正義の為に使われることはない。

現代魔術師と仮に呼称する輪は、振るう刃を持ちながら使う目的を持たなかった。


それ故に出会ってしまったのだ。


魔性に続く扉を押し開ける力を持つ魔女に。



そして、夏も近付いた六月のある日のことだった。




「———ダメよ、却下。ボツ」



現代史同好会げんだいしどうこうかい、そう貼り紙がされたドアの奥の部屋には輪自身を除くと一人の少女しかいなかった。


ああ、なるほど確かに目の前の少女は優れた容姿をしているかもしれない。

長く美しい黒髪、理智と意志が籠った引き込まれそうな大きな瞳、すっと通った鼻梁にその形の良い唇。


その容姿は一級品の魔女に魅入られてしまって、早半年以上。


机の中にピンポイントで入れられた勧誘のチラシにホイホイと着いていった輪はいつか壺や布団を売りつけられても文句は言えない。


「どれだけダメかがわかった所で俺は帰るぞ。寄る場所がある事実は変わらない」


「最近、早帰りばっかりじゃない。一人暮らしで多くない友達との付き合いも悪くて、ウチが潰れたら帰宅部のくせに」


「全部事実だけど言い方・・・・・・」


「とにかく、今日はダメ。絶対に帰さない。たまにはしっかりと同好会として活動するべきだわ」


悠然とコーラを飲み干す光景には優雅さのカケラもないが、貴族のそれと言われても納得するほどに気品が無駄に漂う。

同い年で頭脳明晰・容姿端麗の鷹崎舞たかさき まいは近寄り難い雰囲気を持つせいもあって友人の類は輪以外にいない。


可哀想なので口にはしないが、言い換えれば元ぼっちである。


舞の名誉の為に言うならば、輪への扱いこそ雑なものの決して傍若無人なだけの人間ではない。

輪に対して俗的に言い換えるとマウントを定期的に取りたがるだけで、性根はむしろ善良である。

彼女の問題点は性格が極端に悪いとか、そういった類のものではない。


そう、それは―—


「それで、本音は?」


「独りでここにいるのはもう十分。さては私とこの同好会を捨てるつもりでしょう?」


悪く言えば度々重く、面倒臭い。


彼女はぼっち期間が長かったせいか、とある理由でスカウトした輪が毎日部室に顔を出すのを内心で喜んでいるようだ。

以前に部室では部員が欲しくてべそをかいた時代があるとか、ないとか。

彼女がなぜ友人を作れないか、理由は簡単だった。


クールなキャラでいこう、そう彼女が余計な決意をしたのは遥か昔。


昔に読んだ漫画の影響で幼い頃は中二病めいた病気になり、気付いた時にはエスカレーター式の学校ではキャラが変更できなくなっていた。

そして、人と接してこなかった舞が決意を捨てた所で友人が出来るはずもない。

要するにこの女、非常に残念なのである。


それでも、本音を言えば輪はこの同好会で楽しくやっていた。


どんな理由があろうと恩人に報いるべし、と幼い頃から父親に言い聞かされたことは頭に残っている。

だから、邪険にし過ぎて彼女を傷付けるのも本末転倒ではあった。


「明日はちゃんと来る。そうだ、明日の帰りに寄り道で手を打とう?」


「よ、寄り道・・・・・・悪くないわね。私も鬼や悪魔ではないから譲歩しましょう。今日のお喋りは三十分に譲歩しましょう。ええ、そうしましょう」


「必死過ぎだろ・・・・・・。わかったよ、それくらいは付き合ってやるよ」


今日は寂しい日なのか必死に引き留める彼女に従い、気付かないふりをして一時間前後なら付き合ってやろうと決めた。

そんな面倒臭い舞でも人間的に好きな所が弱い部分だった。


だが、そこで敗北感を覚えるのが輪のやや捻くれた性格である。


相手を認めているからこそ、自分の熱を自覚するから、口に出そうとすると軽口めいた言葉に変換してしまう。


「その代わり、この貸しは返してもらうからな」


「みみっちい男ね。何が欲しいの?飲み物ぐらいなら―――」


「季節のトロピカルパフェで手を打つ。もちろん奢りでな。ざっと見積もっても千円以上は・・・・・・」


「構わないわ、行きましょう。約束手形でも請求書でも回すがいいわ」


無論、バイトしていない高校生にそこまで求める鬼畜ではないが、冗談が全く通じない女がそこにいた。


気合十分で財布を漁って一万円札を取り出す彼女は、一体いくらのパフェを学校帰りに食べるつもりなのだろう。

舞にとって、友人とパフェという響きは魅惑に満ちたものなのかと考えると可哀想になってくる。


「俺が悪かった、割り勘でいい。だから万札しまえ」


「ちなみにこれはデートなの?」


「……じゃ、デートでいいよ。ちなみにそっちの希望は?」


「デ、デート扱いでもいいけど墓の下まで一緒に来て貰うわ」


一度出すと言ったら絶対に金を出す舞を利用しているようで、デート方面に気を逸らそうとしたが裏目に出たようだ。

いくらなんでも高校生には背負いきれない程に重かった。


「いやー、さすがにそれは激重だわ。ちょい無理」


「急に口調が軽くなったけど、私が重い女であることへの皮肉かしら」


「たくましい想像力は評価するが、責任取るって言ったらどうするんだ」


「そ、そのままの意味よ。どうせ私と親しくしてくれる男性なんて同世代じゃあなたくらいだし」


「・・・・・・そこまで重い覚悟でパフェに誘う奴を俺は知らない」


さすがに動揺したものの、いつの間にか一時間が過ぎて逃亡に成功する。


ようやく解放された輪は昇降口へと歩きながら、習慣に従って片目を閉じた。

最初は妙な物が見えると繰り返した習慣はすっかりと染み付いている。


やはり、今日も自分の歪みが見える。


浮かぶのは七つの時計にも似た文字盤のイメージだ。


それぞれの中央には紅、蒼、緑、紫、黄色、黒、白の水晶が嵌まっていて、それが自分の力だと知りながらも現代では使用そのものが許可されていない。

ゲームにいる魔王でも出現しない限りは出番もなく、使用に関する制限も解かれないと本能が告げている。


果たして、自分の力を解放する為に悪の誕生を望むのは悪なのか。


無論、そこまでして力が欲しいとは思わない。

そもそも魔王も英雄もこの世界は必要としていないのだから。

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