おーばーすぺっく!

猫の手

第1話

 おーばーすぺっく!


 決してこれは自慢では無いが、俺は小さい頃からモテにモテた。

 しかし、顔がイケメンだとか運動神経が抜群だとか金持ちだといった、そういう要素は一切無い。

 悲しいくらいに容姿は普通だし、運動神経も並、家も極々普通の一般家庭。それなら、どうしてモテたのか。


 答えは簡単だ。俺が目覚めたOSオーバースペック──つまりは超能力が女性を魅了する、所謂いわゆるフェロモンに似たモノを知らず知らずの内に発していたからだ。


 体臭や体液、声もそうだが、そういった俺から分泌、または発せられるものに魅了の効果があるらしく、そのせいで周りには常に女子がいた。

 男としては非常に嬉しい限りだが、当然周囲の男からは敵視され、果てには酷い虐めを受けた。

 そう言ったこともあり、俺は人との関わりを避ける様に心がける様になったのだ。

 常に匂いを誤魔化す香水を付け、女子に安易に触れない様に徹底し、無口なキャラを演じる。

 そうして俺は、クラスに1人は必ず居るコミュ障ぼっちの座を獲得した。


「……」


 今日も今日とて寝たフリで朝の時間を潰し、担任がやって来るのを待つ。

 その間、話しかけて来るものはまず居ない。

 基本的にグループを形成して会話に励んでいる。

 万が一話しかけてきたとしても、頷くか首を横に振るだけで会話というものは一応だが成立する。

 それを会話と呼ぶのかはさておいて。


「──でさ、昨日彼氏から夜中電話があった訳よ。今からウチ来ない? って」

「それ完璧誘ってんじゃん。で、行ったの?」

「行くわけないでしょ。明日学校だし、それに彼氏ゴム着けてくんないからさ」

「マジ? 最低じゃん」


 特に耳を澄ませるわけでも無く、そんな会話が聞こえて来る。

 最近の若いモンは進んでるなぁ、なんて同年代のクセに俺は心の中でそう呟いた。


「見てみ、ほれ。スゴくね?」

「スゲェ! つかメッチャぬるぬる動くじゃん! やっぱレア度高い方がLive2Dのクオリティも高いよな」

「だろうよ。でもこれ当てるのに2万は飛んだからな……」

「うわぁ……ま、まぁ当たったんだし良いんじゃね」


 少し離れたところで話す男子グループの会話はまだ可愛げのあるものだった。

 年相応というか、何というか。


「聞いた? 転校生の話。今日ウチのクラスに来るっぽいよ」


 今度はやたらと近く、というか耳元に囁く様に聞こえる。

 何事かと伏せていた顔を少し上げて横を見ると、こちらを覗き込む誰かと目が合った。

 何とも言えない空気感に言葉を失い、瞬きを繰り返す。


 切れ長の瞳にスッと通った鼻筋と、真一文字に結ばれた口。

 ぱっと見の印象としては寡黙そうな美人で、何とも近寄り難いオーラを纏っている。


 そして、ふと思う。

 彼女はなぜ俺を見ているのだろうか、と。


「──っ!」


 急に我に帰ると思わず声を上げそうになり、しかしそれをグッと堪えて平静を装う。


「おはよ、織原くん」


 何でもない朝の挨拶。

 それなのに、妙な特別感があった。

 きっと、彼女が美人だからなのだろう。


 ……誰だ、この人。

 率直にそう思いながら小さく会釈した。


 悪戯っぽい笑みを浮かべたその謎の美人はそれだけ言うと、ヒラヒラと手を振って教室を後にする。


 先程まで騒がしかった教室内はシンと静まり返り、生徒達の視線は彼女の出て行った方へと向けられて、時折俺の方を見ては首を傾げていた。

 結局担任がやって来るまでの間、教室内には妙な空気が流れたままだった。



「……えー、ホームルーム始める前に、今日から新たにクラスメイトに加わる生徒を紹介します。楪さん、入って来て下さい」


 いつもより早めにやって来た担任は、緊張した面持ちで咳払いを一つ、教室の外で待つ生徒へと声を掛けた。


 教卓横の扉が開き、入って来た生徒を見て騒めく教室。だが、それもその筈。

 何故ならやって来た転校生は。


「──ゆずりは初楓いちかです。よろしくお願いします」


 先程出会った、謎の美人だったのだから。


 簡潔に。

 ただそれだけ言うと、こちらを見て──微笑んだ。

 彼女のその笑みにいったいどんな意味合いが込められているのか。

 この時の俺には知る由もなかった。

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