第6話 黒剣登場

 その、飛び込んできた何かが先生の首を掴んでいた。

 人間の右腕。

 そして褐色の肌の色。


 その肌の色は見覚えがあった。日本人としては飛びぬけて色黒の、黒剣の肌の色だった。


「くっ。放せこの」


 そう言いながら槙田先生は右掌を開いて外へ向ける。

 掌が眩く光ったかと思った瞬間に、小さな火球が外へと飛び出していった。


 ドゴーン!


 窓の外で火球が弾け、炎が燃え盛かる。


「何処にいる。今度は逃がさない」


 褐色の右腕を放り投げ、先生は窓から外へと出て行った。


 コトリ。


 また、石膏像から音がした。

 石膏像?


 これは警察の人じゃないか。僕はなんて勘違いをしていたんだ。

 この人生きているのか?


 そう思った瞬間にその周囲の空間が歪み、その奥から黒剣が姿を現した。


「良い格好をしているじゃないか。おお。これは眼福という奴だな。ははは」


 黒剣は笑いながら右腕を拾って肘に装着する。それは黒剣の義手だったんだ。


「黒剣」

「何だ?」

「どうしてここが分かったの?」

「どうもこうも最初からここにいたのさ」

「え?」

「だから、貴様と一緒にいた時に姿を消した。アレは見えなくなっただけでその場にいたんだ。そしてトラックの荷台に乗ってここまでついて来たのさ」

「まさか、ずっと見てたの」

「ああ、剥かれた時の表情は傑作だったぞ」


 僕は途端に恥ずかしくなった。

 今さらながら、自分が素っ裸であったことを自覚したからだ。


 黒剣はポケットからナイフを取り出して、手足を縛っているロープを切ってくれた。ベッドから起き上がってみたものの、寒いし股間を隠すので精一杯で、とにかく恥ずかしかった。


「ほら。これでも着てろ」


 黒剣は制服の上着を脱いで僕に差し出してくれた。そして、クククっと笑っている。下半身素っ裸の僕の姿がそんなに可笑しいのだろうか。


「じゃあ退散しようか」


 黒剣には僕の手を引いて外に出て行く。そしてピックアップのドアを開く。


「乗りな」

「コレ、先生の車じゃないですか」

「ちょっと借りるだけだからいいんだよ」

「でも……」


 僕が渋っているとお尻を蹴飛ばされた。そして、腰から拳銃を抜いて、建物の方へ向かって構えた。


「早く乗れ」


 パンパン!


 黒剣の持っていた自動拳銃から乾いた破裂音が響く。そして彼女は手りゅう弾のピンを引き抜いて投擲した。


 バン!


 向こうで手りゅう弾が爆発する。

 僕は車に飛び乗った。黒剣は運転席に乗り込む。


「運転できるの?」

「簡単だ。オートマだからな」


 まだ高二なんだから免許なんて持ってないだろうに、黒剣にとっては関係ない事のようだ。

 パーキングブレーキを解除した瞬間に猛ダッシュする。そして、車が停車していた場所に火球が放たれたのが見えた。火球は弾け、大きな炎が吹き上がった。


「ははは。奪還成功」

「成功って……何だかゲームみたいな言い方だね」

「そう思うか」

「うん」

「ある意味そういう事なんだ」

「え?」

「貴様の争奪戦って事さ」

「そういえば、槙田先生が僕の事が貴重だって言ってたんだけど」

「その通り。貴様は貴重品だ」

「物みたいに言わないでくれる?」

「ふふ。ん? 不味い。もう追いついて来た」


 バックミラーを見ながら黒剣が言う。この車に追いつくなんて、空でも飛んでるのだろうか。


 前方の崖に火球が弾けるのが見えた。

 落石が起こって道路を塞いでしまった。黒剣は急ブレーキをかけて停止する。


「あの火球は何なのさ。先生、変だよ」

「そうだな。魔法使いは変だな」

「あれは魔法なの?」

「他にないだろう」


 先生が魔法使い?

 これはもう、どんな設定なんだと叫びたくなる。自分の脳内ではもうついていけなくなっていた。


「昌彦。車から降りて隠れていろ。槙田は私が相手をする」

「分かったよ」


 僕と黒剣は車から降りた。そこへ、本当に空を飛んできた槙田先生がゆるりと着地をした。

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