第41話 水族館

暴君現る。




「先輩!向こう見に行ってみましょう!!」


 後輩に手を引かれ深海魚コーナーに連れて行かれる。


「深海魚って気持ち悪いけど、見たくなるんですよねー。先輩はどうですか?」

(ぐふふ。さりげなく手を繋いじゃった!)





 俺は今、後輩と一緒に水族館に来ている。


 というのも、後輩がこの前俺に作って飲ませた、虚無スープのお詫びに、一緒に水族館に行って欲しいとのことだ。


 暴論だと思う。お詫びの意味を理解してほしい。


 まぁ勢いに負けて来てるから何も言えないんだが。




「なぁ、カワウソのとこ行かないか?俺、最近普通のカワウソってどういうのか、わからなくなって…」


「あー………。そういえば、今日さくら先生はどうしたんですか?」

(ふふ。さくら先生が料理教室の日なのは調べ済みですよ)



「わからない。なんか朝から出かけていったな」



 やけに笑顔の後輩と話しているうちに、カワウソコーナーに辿り着いた。


 さすがは、今の日本で、いや世界で最も勢いのある、可愛さ王者であるカワウソだ。ものすごい人集りである。



「「うわー、可愛い」」


「「飼いたい!」」


「「もふもふだぁー」」



 おぉ、そうだそうだ。あれが普通のカワウソだ。

 THE カワウソだ。可愛いな。


 しかし…うーん…



「どうしたんですか?先輩」


「なんか地味だなって。ただ泳いだりしてるだけだし」


 ただ泳ぐんじゃなくて、バタフライとかクロールとかなんか面白いことしてくれないかなぁ。



「先輩、さくら先生が特殊なんです。世の真理はこんなものです」





ピンポーン

ーーただ今よりカワウソの餌やりを行いますーー



「先輩、餌やりですよ!見ていきましょう」


 確かに。普通のカワウソは何を食べるんだ?



 飼育員のお姉さんがカワウソたちを一か所に集めている。


『餌をあげる前に、今日は特別ゲストをお呼びしています!!』



 お、何かのイベントか?



『カワウソのことなら私に聞け!さくらのマークは伊達じゃない!カワウソ博士のさっちゃんでーす』


キャャアアア

ワーワー


 紹介され、扉の中から、白衣とまるメガネを装着したカワウソが現れた。

 あたりはその可愛さに熱狂の渦である。



「先輩…あれ」


「言うな」


「さくら先生ですよね」


「言うな」



 最近のさくらさんの機動力はおかしくないか。

 何でカワウソが水族館にいる。


 あれ?おかしくないな。



(ううう。さくら先生何でいるの。料理教室はどうしたのよ)




『じゃあ、観客の中から誰か、さっちゃんと一緒にカワウソに餌をあげたい人ー?やってくれた人には、さっちゃんからプレゼントもあるよー』



 ハーイ!!ハーイ!!ハーイ!!


 子供から大人まで我先にと手をあげている。



 嫌な予感がする。

 ここにいると、なにか面倒なことになりそうな気が。


「おい、もう行くぞ」


「わかりました!」


その場を離れようと思った瞬間ーーー


『じゃぁそこのカッコいいお兄さんと、男たらしっぽいお姉さん!こちらへお越し下さい!」



 マズイ!バレた!気づかないフリだ!


『お兄さーん!!』


 無視して行こうとした時、遠目にさくらさんの顔が目に入ってきた。

 とても悲しそうな顔をしている。


 うっ…ダメだ。なんて顔してやがるんだ…。



「おい、さくらさんのとこに行くぞ」


「え?良いんですか?先輩」


「あぁ。」



 さくらさんを悲しませてまで逃げる必要はないからな。




ーーーーーーーーー


『はい。このお魚をあげて下さい』


 後輩と2人、普通じゃないカワウソに指導されながら、普通のカワウソに餌をあげる。


 特に問題も起こらなかった。




 ああ、何事もなく平和に終わりそうで良かった。





『ありがとうございました。最後にさっちゃんから2人にプレゼントがあります!さっちゃん特製ドリンクです!とっても美味しいよ!まずはお兄さんから』



 特製ジュースか…まぁさくらさんの作ったやつなら、味の心配はいらないな。


 俺はさくらさんからジュースを受け取った。

 ハートマークの描かれたカフェラテみたいだ。


 喉が乾いていたので、熱いけどゴクリと一気に飲み干す。



 うん。美味いな!



『次はお姉さんもどうぞ』


 飼育員に案内され、後輩がさくらさんの前に立った。


……


…………


 一向に飲み物を受け取らない。


「どうした?」


 おかしいと思い様子を見ると、さくらさんの手には漆黒の液体が入ったグラスが…。




っ!!!!!!!?



「おい、あれはーー」


「言わないで下さい」


「いや、だってあれはお前が作ったーー」


「言わないで下さい」



忌まわしき虚無スープがそこにはあった。






後輩視点ーーーーー



「さくら先生……」


「どうぞ (^-^)」


 怖いよさくら先生。笑顔が怖い。


「飲まないの?作るのに苦労したんだから」


 いや、勘弁してほしいなぁ…なんて。


「私を出し抜いて、彼とデートするような悪い娘にはお仕置きが必要よね。どうぞ (^-^)」


 うぅ。


 チラッ


 涙ぐみながら横をみると、


「やめろ!それはダメだ!やめろ!」

必死の形相で止めてくる先輩がいる。



「彼に泣きついて逃げるの?いくじなしね。彼には相応しくないわ」



 カッチーン。


 いいでしょう。飲みましょう。女気みせたるわ!!





「先輩!私、先輩に相応しくなります!いきますっ!!!」


「おい!何を意味わからないこと言ってる!?やめろ!危険すぎる!あっ、やめろぉぉおおおぉぉ………………………」



 先輩の声が遠くで響いた気がしたーーーー。




暴君現る。


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