第39話 忘れ物

残念な人。



 うわぁ、やっちまった。

 今日提出の書類、家に忘れてきた…。


「どうした?神妙なツラして」


 課長…


 それにーーー


「どうしんですか、先輩。「うわぁ、やっちまった。今日提出の書類、家に忘れてきた…。」みたいな顔してますよ?」


 怖いくらいに考えを当ててくる後輩。

 こいつ絶対ババ抜き強いな。


 この2人に心配されるところから、今日の仕事は始まる。



 そして、忘れ物が気になり、いまいち仕事に集中できないまま、お昼の時間を迎えてしまった。


 課長と他愛もない会話をしながら、いつもの魚肉ソーセージ弁当を食べていると、食堂にあるテレビからニュースが聞こえてきた。



『新たに入った情報によりますと、エプロンを着たカワウソは住宅街を抜けて、この大通りを走っていたようです。エプロンを着て茶色い封筒を咥えて走る、愛らしい姿のカワウソを一目見ようと、街中に人集りができています』



 ……まさか。


 いや、確実に奴だ。




『最初に見かけた時はどう思いました?』


 リポーターが若い女性にインタビューしている。


『本当にビックリしました。最初は電車の荷物置きにいて、ぬいぐるみがあるのかなって思ってたんですけど、駅に着いたらバッと飛び出して、そのまま自動改札をピョンって。しかも、ちゃんと首にかけてあるICカードもピッて。可愛すぎて追いかけちゃいました』



 ああ、さくらさんだな。

 こんな芸当ができるかカワウソはさくらさんしかいない。



「先輩!これ!さくらさんから連絡です!!ボイスメッセージです!」


「キュー。キュッキューキュッ」



 え?いや、なんて?わからないから。



「先輩の忘れた書類を届けに今向かってるらしいです」


 ナチュラルに翻訳するのはやめろ。



「お昼休み終わりくらいに会社に着くから、ロビーまで来て欲しいって」


 繰り返す。ナチュラルに翻訳するのはやめろ。



「おい、お前んとこのカワウソ、話は少し聞いてたけどヤバいな。良い奴じゃないか」


 課長、そんなこと言ってる場合じゃないです。



 会社の人に見られたら絶対面倒なことになる。

 何としてもバレる前に合流しなくては。


「先輩、もう着くみたいです。人に囲まれると面倒だから、野生のカワウソのフリをして待ってるそうです」


「それは無理っ!!!」


 ダッ!


 急いでロビーへと向かった。筋肉痛は避けられない。


 さくらさん、前もあったけど野生のカワウソは無理があるんだよ。

 どこの世界に、会社のロビーにエプロンを着た野生のカワウソがいるんだよ。



 ロビーに着くと、大きめの観葉植物の所にさくらさんがいた。

 一応野生らしさを出すために植物の側を選んだのだろう。


 そのおかげか、幸い人にはまだ見られていないようだ。


「ありがとう。さくらさん」


「キュー!」


 そんな「やりきったぜ」みたいな顔されたら注意できないじゃないか。



 しかしどうするか。

 このまま帰すとまた騒ぎになりそうだし…



「先輩!」



 どうやら後輩が心配して後を追いかけて来てくれたみたいだ。

 どうしようか考えていることを伝えると、


「私にいい考えがありますよ!」


 お、なんだ?


「さくら先生、エプロンとか外して、先輩の首に巻きついて下さい」


 さくらさんが器用登ってきて、首をギュッと巻き込む感じで包んできた。




「先輩!マフラーです!!」


 ……。

 ……。



 この後、ロビーの受付のお姉さんに事情を話し、仕事が終わるまで内緒でさくらさんを匿ってもらった。




残念な人。

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