一章 恋愛の妖精、と、時々幽霊

1話

梅雨明け。本日は晴天なり。教室の窓から見える景色は青々しい山が広がりその間を忙しそうに車が走り大人たちを会社へと運び、バス通学の生徒を忙しそうに青色の大型車が学校の近くにあるバス停へと向かい走っている。めいっぱい空気を鼻から吸ってみる。と、夏の朝らしく生き生きとした匂いがしてくる。夏独特の空気の匂いは何度も嗅いだところで飽きは来ない。四季全てに香りがありどの空気感は大好きなのだけれど梅雨が終わり夏が迫ってくる時の空気は格別に気持ちよく大好きな香り。教室には未だ誰も到着しておらず紫穂にはよく気持ち悪がられるのだけれど、梅雨が終わりを迎えるといつも教室に一番乗りし窓を開けこの様に夏の香りを満喫し思考停止するのがなによりも幸せであり最大の贅沢だと思っている。友達にもこの良さを知ってもらいたく高一の夏、香り満喫ツアーに誘い、複雑そうな表情をされてしまったのは良い思い出である。しばらくするとクラスメイト達が挨拶を交わしながら教室へと入ってくる。すかさず挨拶を済ませつつそれぞれ仲の良い友人と会話をしたりゲームをしたりと朝のHRまでの時間を有意義に使い始めている。

「おはよっと!またいつも通り曲を聴きつつ外を見てるんだね!よっく飽きないね!」

「そう言っていつも僕の片方のイヤフォンを取るよね!」

「だって、私もひろちゃんの聴いている曲を聴きたいんだもん」

そっか。なんてそっけない返答をしてしまうけれど心臓は表情とは裏腹に熱く真っ赤になり速度も通常の二倍は早くなってしまう。当然のように香織は友達として僕に接して来てくれる。周りから見たら僕たちの事をどう思うのだろうか?二つあるイヤフォンを分け合い曲を聴くなんて彼氏彼女にしか見えないんじゃあないだろうか?もしかしたら、香織は自分の事が好きなんじゃあないか。なんて勘違いしたことだってある。けれど、それはとしてただ、他の男子友達よりも友人としての距離がほんの少し近いだけ。香織にとって僕はただの幼馴染の一人であり気軽に話せるただの、友人。でも、こうして彼氏が出来たのに相変わらず接してくれることはとても嬉しい。

「なに?面白いことでもあったの?」

肘を机へとつけ不思議そうな表情を向けてくる。イヤフォンを互いに付けているため顔と顔の距離が近い。つい顔を後退させイヤフォンが取れてしまう。その光景が面白く映ったのかケタケタと笑いながら外れたイヤフォンも自分に付け一人で曲を聴き始める。曲を聴いている人のイヤフォンを無理矢理取るわけにもいかず手持無沙汰になってしまいただ、曲を聴いている香織の横顔に見蕩れてしまっていた。

「おはよっと!」

「ぬわっ!」

後頭部に予想もしない衝撃が襲ってきたため変な声を出してしまい視線を横へと向けると悪戯でも成功した。と、言う満足げな表情をした雨谷圭あめやけいが隣の席へ座っていた。

「なーに朝からいちゃついてんだよっ!俺も混ぜろよなっ」

鞄の中から教科書を出しながら冗談まじりの声色で話しかけてくる。相変わらず雨谷は格好よく誰からも好かれる様な気さくさがある。そして、清水香織の彼氏でもある。香織も雨谷に気が付いたのかイヤフォンを付けながら頬笑みを向ける。その頬笑みに頬笑みで返し何とも幸せ空間を目の当たりにしてしまう。これほど心に来るものはない。しかし、二人ともが容姿、性格が完璧で嫉妬さえ生まれてこない。

「で、お前はどうなの?」

「どうなのって?」

唐突な質問に過剰に反応してしまったせいか雨谷も驚いた表情を作りお互いの時間が、約一、二秒ほど止まってしまう。が、すぐに雨谷は笑いながらわき腹を突いてくる。

「そんなに驚くことかよ!だから、前に俺が紹介してあげた一年生の子だよ。お前に気があるから紹介してやった。あれからメールとかしてるのか?」

「あ。うん。たまにだけど・・・って!地味にわき腹突くの痛いから!」

「ははっ!・・・って!たまにって!一年の中では一番人気がある子なんだぞ。その子がお前に気があるって聞いたからわざわざ俺が仲介人になってやろうとしてるのにさっ!何がダメなわけよ?」

これでもかとわき腹突きながら、不満があるなら白状しろ、なんて言いたげに一定のリズムを刻みながら攻撃をしてくる。雨谷は顔が広くこう言う風に仲介人になることが多い。気さくで優しく的確な恋愛論が学校に広まり多くの恋愛相談を受け持っているらしい。そんなに的確な恋愛論を持っているなら相談もして見たいけれど僕は絶対に相談をする事は出来ない。

「んだよっ!でも、向こうはすっごくお前のことが気になってるらしいぞ?なんか入学式のときにお前がさ・・・」

雨谷の楽しそうな表情を見ているだけで罪悪感に駆られてしまう。同性として見ても容姿は完璧で性格まで格好良い人の彼女かおりの事を好きになってしまっていることが申し訳なく胸のあたりになにか痛みが走り無意識に押さえてしまう。

「お、おい!大丈夫か?もしかして、俺がわき腹を突き過ぎて胸が痛い病でも発症してしまったか?」

「どんな病名だよ。ありがとう。大丈夫。てか、ちょっと痒かっただけだから」

「ならいいけどな!それよりさ、梅雨昨日で明けたらしいぞ?よかったな!これで、お前の好きな天体観測がほぼ毎日できるんじゃね?」

胸の奥から沸々と湧き上がってくるこの気持ちは何なんだろう。昨日も同じような言葉を聞いた気がする。二人ともが自分の為に情報を提供してくれる。大好きな天体観測が出来るね。なんて嬉しそうに言ってくれるその表情が優しくて辛くなってしまう。僕はズルい人間だ。大切な人が居る人を好きになるなんて本当に最低な人間。どうして人は恋をする。こんな気持ちを持つぐらいだったら・・・

「ぬわっ!!」

もう一度後頭部に先ほどよりも五倍以上はあるであろう衝撃が襲ってくる。雨谷が元気のない僕に渇を入れるために再度気合いを注入してくれたのだろうか?それにしてはあまりにも痛すぎ重い衝撃で危うく机に頭をぶつけてしまうほどであった。横を向くと雨谷は笑い香織は笑いながら後ろに視線を向け手を振っている。つられて頭を擦りながら振り向いてみると、予想通り紫穂の姿があった。殴った張本人だと言うのに何故か呆れたため息をつきながら席へと着く。雨谷は笑いながら、平木は相変わらずひろに厳しいな、なんて言いつつ面白おかしそうにしている。殴られた方はたまったもんじゃあない。抗議の視線を向けてみる。と、紫穂も整った顔立ちで睨みかえしてくる。勝敗はすぐに決し視線を机へと下げてしまう。

「ひろってホント男らしくないっ!」

「唐突になにさ!」

そうだ、そうだ!なんて雨谷は紫穂の言葉に賛同するように相槌を打ちつつ腕を組み頷き出す始末。しかし、僕自身は内心穏やかじゃあない。朝一で殴られ男らしくないとまで言われてしまっては流石にと言われている僕だって黙ってられない。

「なんでそう思う?」

「ふんっ!」

ひろが発した疑問形ことばは紫穂の鼻息でゆらゆらと虚しく教室の片隅にひっそりと落っこちてしまう。こうなってしまえば最後。紫穂はこう言うふうにたまに意味もなく怒り僕をいじめてくる。これは昔からの事であり日常茶飯事でもある。こんな事が日常茶飯事なんて言っている自分が悲しいけれどこう言う時はほっておくのが正解である。余計にかまってしまうと何をされてしまうのか分からないため視線を戻し前へと向き直す。と、目の前の光景を見た瞬間に、

「あ、そうか」

自然と声が出てしまう。視線の先にはいつの間にか雨谷と香織が楽しそうに会話をしている。机には綺麗に置かれたイヤフォンがありもう一度後ろへと視線を向ける。そこには未だ不機嫌そうな表情を作っている紫穂が座り肘をつき外を眺めている。整った顔なのだからそんな表情をしていたらモテるものもモテないぞ?なんて言いたくなってしまう。が、そんな事を言ってしまえば自分自身が可哀想なことになってしまうのは火を見るよりも明らかなためそっと言葉を飲み込む。

「ね、ねえ。紫穂?」

「なに?」

視線はそのままでぶっきらぼうな声色で言葉を返してくる。怒っているのに彼女は僕に対しては絶対と言っていいほど無視はしない。大喧嘩した時でも絶対に二人の間に無視はなかった。

「なんか頭を殴られて悲観する思考が紫穂のお陰ですっ飛んだよ。えっと・・・」

「・・・えっと?」

ほんの数秒前まではぶっきらぼうな態度だったのに今はこちらを向きからかう様に笑いながら、きっと、自分が言おうとしている言葉を早く聞きたい、なんて言いたそうな表情をしている。

「・・・だから、そう言うことっ!」

「あ!逃げた!」

急に恥ずかしくなり前へと向きイヤフォンを両耳に付け世界から逃げようとボリュームを上げうつぶせになる。が、そんな簡単に紫穂から逃げれる訳がない。後ろから両わき腹を攻撃され跳ね起きイヤフォンを取り後ろへ振り向く。

「だー!やめなさいって!僕はわき腹が弱いの!」

「ほんっと!ひろって昔からわき腹弱いよね!あははっ」

「・・・ありがとう」

「どーいたしまして」

ぶっきらぼうに言葉を紫穂へと向け恥ずかしくなり前へと向き直す。背中からは小さくクスクスと微笑む声が聞こえてくるけれど聞こえないふりをしつつ外を眺めてみる。雲ひとつない快晴でこれから日中は熱々な気温になる事は間違いないだろう。そんな事を思いつつ席へ座っていると教室の前側の扉が勢いよく空けられ一人のクラスメイトが肩で息をしながら必死な形相でクラスメイト達を見渡す。あまりにも勢いよく空けられた扉の音に驚き皆も一人のクラスメイトへと注目せざるを得なかった。一度大きな深呼吸をし、

「き、今日は日野が腹痛で病院に行くらしくてHRは無くて授業は自習だって!おめでとう。そして、俺に喝采を」

歓喜、歓喜、歓喜。クラスのメイトの殆どは喜びあっている。自習と言えば殆ど自由時間と思ってもいい。本当はそんな思考はいけないことなんだろうと思ってしまうけど、やっぱり自習となると気分は上々ハツラツし自然に笑顔になってしまうのが学生の性ではないだろうか。香織、雨谷も他のクラスメイト達と嬉しそうにじゃれ合っている。なんとなく見た視線に楽しそうな二人が入ってきたため視線を窓の外へと向けると、肩を控えめに突いて来ている気がしたため紫穂を見るとボールペンで突いてきていた。

「なに?」

「あそこへ混ざりたかったら尋も混ざれば良いのに。なーに遠慮してんだか。好きとかそういうの関係なく香織は幼馴染で友達でしょ?ひろは頭で考えても何も良い事を思い描かないんだから考えるだけ無駄だよ。いっつも悪い方向ばかりにとっちゃうし」

呆れているような声につい苦笑いを浮かべてしまう。別に遠慮なんかしていないし僕はポジティブだ。と力強く反論したいけれど出来ない自分が恥ずかしかった。紫穂は大きくため息をつき肩へぐりぐりとボールペンを刺してくる。

「痛いって」

「なんかじれったいよ。でも、尋の気持ちも分からないでもないから強くは言えないけど・・・でも、それでうじうじ考えていても進展はないよ?それより、私、ちゃんと聞いたことなかったんだけど・・・」

「ん?」

紫穂の表情はなにかを探るような表情でほんのりと目を細めてこちらを見てくる。

「香織に自分の気持ちをぶつけてちゃんとフラれたいんだよね?」

「ま、まあ。でも、ちょっとずるいかなって思うんだよね」

「ずるい?」

ひろの言葉になにか引っかかったのか眉間にしわを寄せこちらを見つめてくる。相変わらず整った顔で睨まれるとここまで怖いのかと思ってしまい自然と視線を逸らしてしまう。紫穂を見ていると本音が出てこないと思い、視線を外に向け、

「彼氏が居る人にフラれると分かっていても自分の気持ちを伝えるって自分勝手すぎるかなって思ってさ。でも、小学生から思い続けていた気持ちをすぐに切り替えろって言われても出来ないし。だったら・・・!?」

思いきり背中を叩かれ鈍い音が体中に響き渡る。数回ほど咳き込み紫穂を見てみると険しい表情とはうって変わり昔から知っている笑顔になっていた。

「そっか。ひろも大人になったんだね!確かに、自己満足かもしれないね。でも、別に片思いは悪いことだとは思わないよ?」

「でも、相手に彼氏が居るんだよ?」

「居ても良いじゃん。相手に好きな人が居ても好きだって気持ちはとっても素敵なことなんだよ。だからって相手が居るのに奪って付き合うって言う行為は最低だと思うよ?もしも、自分が同じ立場だとしたら最悪だもん。けど、は違うんだよ・・・うん。違う感情きもちなんだよ」

「そりゃあ、奪うと想うってのは違って当然だよ。そもそも奪うと想うってなにさ?」

「うっさい!感覚で感じろ!」

「うわっ!暴力反対!感情論反対!」

紫穂はツッコミに照れ隠しをしつつどこか寂しそうな笑顔になった気がした。ふんわりと冷たくて暖かい言葉きもち。青春の真っただ中だから感じることができる空気。少し空いている窓から夏の風が二人の間を駆け抜ける。二人でじゃれ合っていると微笑ましものでも見ているかのような視線を感じ二人ともが一斉に視線の先へと向く。と、香織が満面の笑みでこちらを見てきておりうん、うん。なんて幸せそうな表情で頷いて近づいてくる。

「ホントにひろちゃんと紫穂は仲がいいよねっ!なんか、幼馴染として見てるだけでほんわか暖かい気持ちになっちゃう」

そう言うと自分のノートを取り先ほど居た場所へと戻っている。尋、紫穂は、まばたきを数回し顔を見合わせる、と

「こ、こっちみんな!」

「こっち見るなって。紫穂って他の人には暴言を吐かないのに僕だけにはめちゃくちゃ言ってくるよね!」

「そ、そりゃ幼馴染だからね」

なるほど。と、なんとなく納得してしまい笑ってしまう。つられるように紫穂も笑う。

「さて、自習と言うこともあってなにしようか?僕的には・・・」

当然のように紫穂は教科書を出し始める。

「なにって、予習するべきでしょ。馬鹿なの?」

「そうですよね。はい。ごめんなさい」

紫穂は自習だからと言って自分に甘やかす性格でないことを忘れていた。かく言う僕も別に自習だからと言って走りまわるわけもなく大人しく自習に備えて教科書、ノートを出しているとポケットから震動を感じたため取り出すと一通のメールが届いていた。液晶画面を見てみると母親からのメールであった。急ぎの用事ではないと思いつつ見てみると、夕方にスーパーで特売があるらしくそれを買って来いと言う指令であり本当に急ぎのようでもなんでもなかったため何故かどっと疲れが襲ってくる。理由が分からない疲労ほど疲れるものはない。返信をしため息をつき暇だったため椅子を少し下げもう一度振り向いてみると机に椅子が当たってしまったせいか紫穂が書いていた文字が変になっており鋭い睨みを向けながら消しゴムで消し始める。

「なに?」

「特に理由はないんだけど暇で」

「暇なら香織のところにでも行って観察してくれば?」

「観察って、怖い事を言うね」

いつもならここで会話が終了するはずだったのだけれどひろも暇つぶしをするために振り向いたため紫穂の筆箱からシャーペンを取りだしノートに落書きを始める。紫穂も諦めたのか幼馴染の暇つぶしに付き合うことにした。文句を言いながらも面倒見がいいところは紫穂の良さの一つでもある。


ーーーーー


ひろの絵は高校生とは思えないほど幼稚でまるが主体となっている棒ニコちゃん人間が多い。それでも可愛いから私はひろの描く絵はとても大好きだ。きっと、他の誰かが見たら、同じような絵を描くことは容易いのかもしれない。けれど、私は絶対にひろが描いた絵を見つけ出せる自信がある。棒人間の中にもひろの絵には優しさ、温もりも描かれているんだ。一筆書きでも描けそうな絵を楽しそうに描くひろの絵は本当に・・・なんていうか。

「ん?・・・あ・・・さては、紫穂も絵を描きたくなったんでしょ?昔から紫穂って僕の真似とかすぐにするよね!」

ほら、その笑顔。

「真似なんかしないし!ひろの方が私の真似ばっかりしてたんでしょ!」

「そうだっけ?忘れちゃった」

顔の熱さを紛らわすようにひろが描いていたはげ頭の棒人間に髪の毛や服を描いていく。まるまる頭が可愛いのに!なんて文句を言いつつもひろは笑いながらノートの邪魔にならないような場所に絵を描いていく。こんな時間がずっと続けば良いのに。そんな風に思ってしまう。が、現実は非情である。一人のクラスの女子の悲鳴にも似た声が教室内をこだまする。

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