第147話お帰りなさい

「チシャーちゃーん! 待ってー!」

「えへへ! 捕まらないよ!」


 子供達がカゲオニっていう遊びをしてる。

 あれはサクラが皆に教えたのよね。


 洗濯物を干しながら楽しそうに遊ぶ子供達を見て思うこと…… 

 今でも信じられない。なんて平和なんだろう。

 微笑ましい光景を見ながら思い出す…… 昔の思い出を……


 私達ビアンコの民はネグロスに捕まらない様、隠れるように大森林で暮らしてきた。


 静かにして…… 見つからないように……


 でも、私が子供の時に大規模なビアンコ狩りが行われた。

 その時に私の家族は……


 私は友達と二人で逃げた。大森林を抜け、アスファル聖国、アズゥホルツ、そして世界の反対側のリッヒランドまで。


 リッヒランドに着いた私は一人で生きていくために冒険者になった。

 クエストをこなし、小さなダンジョンに籠り、少しずつ強くなって…… 

 いつの間にか時が経ち、私は十九歳になっていた。


 とある日、私は一つの依頼を受けた。害獣駆除だ。

 畑を荒らす大猪を退治するために森に入ったんだけど、そこでゴブリン・ロードに捕まったんだよね。


 怖かった。長いこと冒険者をしてきたので、危険は承知の上のはずだった。

 でもいざ死に直面したら、怖くて泣くことしか出来なかった……


 その時だ。鉄の馬、バイクに乗ったライトさんが現れて私を救いだしてくれた。

 今でも思い出すと胸が熱くなる。ライトさん今頃何してるんだろうな……


「チシャちゃん捕まえたー!」

「きゃー! えへへ、捕まっちゃった」


 カゲオニが終わる。私も洗濯物を干し終わった。

 お日様がちょうど真上に来ている。もうお昼か……


「チシャー。ごはんにするわよー。戻ってらっしゃい」

「分かったー! サナちゃん、またねー!」

「うん! また遊ぼうね!」


 チシャと一緒に家に戻る。二人で手を洗ってごはんを作り始める。

 お昼はラーメンだ。ライトさんがよく作ってくれた野菜たっぷりのラーメン。便利で簡単で、かつ美味しい。

 ライトさんの世界ってほんとすごいよね。こんな美味しい物がある世界なんだ。

 ライトさん食いしん坊だから帰りが遅れてるのかな?


 二人で食卓に着いてラーメンをすすり始める。


「美味しいねー」

「ふふ、そうね。ねぇチシャ? ライトさんが行ってしまってから半年が経つけど…… 寂しくない?」


「ちょっと寂しい…… でもお友達がいっぱいいるから我慢出来るよ! でもやっぱり早く会いたい…… お父さん帰ってこないかな……」


 私の問いにチシャがシュンとしてしまう。

 この子も寂しいんだ。ライトさん…… 私も会いたい……



 ごはんを食べて、少しゆっくりしたらチシャと二人で大浴場に行く。

 お風呂はいつも賑わっている。多くのビアンコの民、交配種がお風呂を楽しんでいる。

 私達もお風呂の入ると……


「チシャちゃん!」

「エリンちゃんだ! フィーネお姉ちゃん、エリンちゃんと遊んできてもいい?」


「ふふ、いいわよ。でも滑るから走っちゃだめよ」

「うん! 分かった! ありがとね!」


 チシャは友達のところに。しょうがないわね。

 私は一人湯船に浸かっていると……


「フィーネじゃないか? あんたも風呂かい?」


 この声は…… ロナさんだ。


「ロナさん、お仕事は終わったんですか?」

「取り敢えず今日のところはね。全く、忙しくってしょうがないよ。でもようやく皆まとまってきたかな。これから少しずつ自分の時間を取れるようになるさ。いつまでもライトに甘えてるわけにはいかないからね」


 そう言ってロナさんは笑う。強い人…… 

 この人はマルスさんと一緒にみんなのまとめ役をしてくれている。この人達がいてくれたから大森林の今はあるんだ。


「ロナさん…… いつもありがとうございます」

「はは。急にしおらしいじゃないか。元気出しな。ライトはもうすぐ帰って来るからさ」


「そうですね…… そう願いたいです……」

「そういやあんたら結婚するんだろ? 異種間結婚か…… 人族とアルブの結婚は私が知る限り初めてだね。でも二人なら大丈夫さ。幸せになりなよ」


「ふふ、ありがとうございます。ロナさんもマルスさんと結婚するんでしょ? 契りの儀はやるんですか?」

「そうだね…… 別にやらなくてもいいけど…… 嘘! やっぱり契りの儀はやってみたい! 私だって一応は女だしさ、綺麗なドレスとか着てみたいし……」


 ふふ、ロナさんも女の子だね。契りの儀は女の子の憧れだ。

 神様の前で番になる者の耳を噛みあって愛を誓う。

 そしてみんなに祝ってもらうんだ。私も想像してみる。


 ドレスを着た私をライトさんが抱きしめて耳を噛んでもらう。

 そしてキスをして、私の聖名を呼んでもらう……


 その光景を思い浮かべるだけで……


「ちょっとフィーネ! ニヤニヤし過ぎ! あはは! ライトのこと考えてた!?」

「え? そんなに笑ってましたか? ご、ごめんなさい……」


「ははは! いいさ、でもあんたの気持ちは分かるよ。ライトはいい男だ。私もマルスがいなかったら惚れてたかもね」

「ライトさんはあげませんからね! 駄目ですよ!」


「おぉ、恐い恐い。心配無いよ。フィーネだって私の恩人でもあるんだ。あんたの男を盗る気は無いから安心おし。さてと…… 私はそろそろ上がるよ。フィーネ、またね」

「はい!」


 ロナさんはお風呂を上がる。

 私もしっかり温まったし、そろそろ出ようかな……


 チシャとコーヒー牛乳を飲みながら家に帰る。


「お姉ちゃん、お風呂気持ちよかったねー」

「ふふ、そうだね。またみんなで入りたいね」


 大きなお風呂も気持ちいいけど、やっぱりライトさんと入るお風呂が一番気持ちいい。

 また皆でお風呂に入りたいな……


 ライトさんのことを想いながら家に着くと…… 



 ガタッ ゴトッ



 中から物音が? まさか泥棒? 


「チシャ、下がってなさい」

「え? どうしたの?」


 私は家に近づく。物音に続き声が聞こえてくる……


 その声は……


『しまった! 忘れてきた!』

『忘れ物? 何を置いてきたの?』


『フィーネへのお土産だ…… どうしよう…… あれ高かったのに……』

『パパって意外とうっかりだよね。で、お土産ってまさか……?』



 この声……



 愛しい声。



 力強く、優しい声。



 私の大好きな声。



 私をいつも元気づけてくれる声。



 私の聖名を呼んでくれる愛しい声……



 何も考えられなかった。



 扉を開けて声の主に飛びつく。



「ライトさん!」

「フィーネ? うわっ!?」



 ガバッ ドサッ



 ライトさんは私を受け止めきれずに地面に倒れる。

 私は構わずにライトさんの顔にキスをする。

 気持ちが抑えられない!!


「フ、フィーネ! 落ち着いて!」

「もう! 遅いですよ! 今まで何してたんですか!?」


 困らせたくないんだけど、再会出来た喜びと、ライトさんを待ち続けたことのヤキモキした気持ちが合わさってしまって……


「待たせてごめんな…… でもけじめはつけてきた。これからは…… ずっと一緒だ」

「ライトさん…… ふぇーん……」


 その言葉を聞いて涙が溢れ出す……


「フィーネ、ありがとな。お前のおかげで帰ってこれたよ」

「ぐすん…… 私のおかげって?」


 ライトさんは首にかけてある紐を外す。これは……? 

 私のあげたお守りだ。お守りは所々千切れてボロボロになっている。


「これが転移の触媒になるのを防いでくれたみたいだ。これが無かったら死んでたかもしれん……」

「そうなんですか…… よかった…… ライトさん、もうどこにも行かないで…… ずっとそばにいて……」


「…………」



 ライトさんは黙って私を抱きしめる。



 言わなくちゃ。私は嗚咽を堪え、口を開く。



「ライトさん…… お帰りなさい……」

「ただいま、フィーネ……」



 その言葉を聞いて止まっていた私の時間が動き出すのを感じた。



 ここからなんだ。ここから私の新しい人生が始まるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る