第130話城塞都市イグリ 其の一

 いつもの集会所。今ここには戦いに向かうビアンコ、交配種がひきめしあっている。

 その数五万人以上……


 俺達はこれから城塞都市ダイーンとイグリに向かうのだ。

 マルスとロナが広場に設置されている壇上に上がり、俺達に向かい激を放つ。


「時は来た! 戦いの時だ! 今までに殺された同胞の仇を取る! そして今だネグロスに囚われている仲間を救い出す! 油断はするな! 相手はネグロスだ! どんな卑怯な手を使ってくるか分からん! 各自注意しておいてくれ! そして…… みんな生きて帰ろう! 無理かもしれんが…… 少なくともそのつもりでいてくれ! 俺はお前達を誰一人失いたくない! いいか! 死ぬなよ!」


 マルスの激励を聞いて、歓声を上げる者、涙を流す者、口付けをする恋人と反応は様々だ。

 俺の隣にはフィーネがいる。彼女は俺の胸に顔を埋めて……


「しばらくお別れですね…… ぐすん……」

「おいおい、泣くなって。お互い出張に行くみたいなもんだ。フィーネ…… 無事でな……」

 

「はい…… ライトさんも……」


 フィーネは埋めた顔を上げてキスを求めてくる。

 隣には桜がいるんだけどな……


「…………」


 あ、桜はニマッと笑って背を向ける。ありがとな。

 フィーネの頬を優しく撫でてから口付けを交わす。


「ん……」


 フィーネ…… 愛してるぞ。桜のことは頼んだ。

 名残惜しいがここまでだ。ゆっくりと口を離す。


「ぐすん…… ライトさん、いってらっしゃい」

「あぁ…… フィーネも気を付けてな……」


 俺達はダイーンに向かう者、イグリに向かう者に別れる。

 ダイーン担当はマルス、桜、フィーネ。

 俺とロナはイグリ担当だ。


「では出発!」

「みんな行くよ!」


 マルスとロナの掛け声のもと、俺達は大森林を出発。

 一人で先行するわけにはいかない。

 行軍はみんなと歩調を合わせなきゃな。


 城塞都市ダイーンは徒歩で七日、隣のイグリは八日といったところだろう。

 俺はフィーネ達と別れ、ロナと共にイグリに向かう。



◇◆◇



 行軍一日目が終わり、俺達は野営の準備にかかる。

 テントを張ってから各々食事の支度に。

 食事って言っても桜の準備した無限ラーメンだけどな。

 支給された野菜と乾燥肉を使い、思い思いにトッピングをしている。

 調味料も支給されているので、味噌味、醤油味に変更可能だ。

 これからしばらく三食ラーメンだが贅沢は言っていられない。


 さて、俺もラーメンを作るかな……? 

 おや? なんか、ロナが誰かと話している。

 話を終えたロナがこっちにやって来て……


「ライト、ちょっと聞いて欲しいんだ」

「どうした?」


「今、斥候から話を聞いたんだけどさ。この近くにカレニエの町があるんだ。最近まで兵士が駐屯してたんだけど…… 町には誰もいないらしい。もぬけの殻だったんだってさ」


 誰もいない? 普通に考えれば俺達を警戒するため、要所には兵を置くはずだ。

 いかに住人が居なくなろうと、守りの拠点を放棄するとは考えにくい。

 万が一ということもある。


「ロナ、早馬を使ってマルスに警戒するように伝えるんだ」

「どういうことだい?」


「孫子の兵法、攻戦の計。かわらげて玉を引く」

「また訳の分からないことを……」


 抛磚引玉。

 つまり、偽りの状況を設定して俺達を罠にはめようとしている可能性があるということだ。


「罠なのかい……?」

「あくまでその可能性があるということだ。考えすぎかもしれないが、警戒しておくに越したことはない」


「分かった。マルスに知らせるように言っておくよ」



 ネグロスめ…… 恐らく俺達の動きをある程度把握して、対策を練っているのだろう。

 これは一筋縄ではいかんな。いいや、相手も必死なんだ。

 俺達がネグロスを敵と認識しているように、ネグロスも俺達を平和を乱す異分子として対処しようとしている。

 

 悲しいことだが、これはどの世界でも変わらない。

 世に絶対敵というものは存在せず、時代によって相対敵が生み出される。

 だってもともとビアンコもネグロスも仲良くやってたんだよな。

 それが意見の相違で二つに別れ、支配する側、支配される側に分かれてしまったのだ。


 この負の連鎖を終わらせるには、まず俺達が勝たなくては。

 決意をあらたに俺は行軍の一日目を終える。


 そしていくつかの夜が明けて……


 俺達は城塞都市イグリまで後一日ということろまでやって来た。


 辺りは夕闇に包まれ、ビアンコ、交配種共に連日の行軍の疲れが顔に滲んでいる。今日はここで一泊だな。

 簡単に夕食を済ませ、ロナのテントを訪ねる。


「ちょっといいか?」

「どうしたんだい?」


「いや、明日のことでな。不安なんだ。少し話さないか?」

「へぇ? あんた不安なんか感じることあるんだ! 意外だね!」


「おいおい、俺だって人間だぞ。いつだって不安さ。そう感じさせないよう振舞ってるだけさ」

「はは、そうだね。でもアンタっていつも私達を導いてくれてたしさ。ごめんね。あんたに甘えすぎてたのかもね」


「ロナ、お前はこの戦いが終わったらどうするつもりなんだ?」

「私かい? そうだね…… よく分からない。でもマルスがいてくれればそれだけでいいかも……」


「はは、熱々だな。火傷しちゃうぜ」

「もう! からかうんじゃないよ! あんただってフィーネと一緒になるつもりなんだろ!?」


「まぁな。ロナ、一つ聞いておきたい。お前が望むマルスとの未来。その世界にはネグロスはいるか?」

「ネグロス……? 考えたこともないね。私達の未来に奴らは必要じゃない」


「なら殺すか? ネグロスの全てを」

「…………」


「ロナ、お前はこの戦いが終わったら上に立つ立場になる。新しいヴィルジホルツを引っぱっていく存在になる。今は無理かもしれないが…… 私怨は捨てるんだ。ネグロスに今までの復讐をなんかするべきじゃない」

「あんたが同じ立場だったらどうする? あんた親の仇を許せるのかい!」


「分かってる。もし、フィーネがネグロスに殺されたら俺は奴らを憎むだろう。全てを殺したいと思うかもしれない。でもさ、いつかは許さなきゃいけないんだ。

 俺の世界でもさ、未だに過去の戦争のことで争いが起こっている。そのせいで変ないざこざが国家間で起こってる。それでも相手を許し、少しずつ前に進んで行くことが大事なんだ」

「…………」


「俺達はこの戦いに勝つ。絶対だ。でもさ、一つだけ肝に銘じておいてくれ。憎しみは更なる憎しみを生み出す。負の連鎖はいつかは断ち切らなくちゃいけないんんだ」

「なんでそんなこと私に話すのさ……」


「言っただろ? お前は将来この国を背負って立つ者の一人になる。上に立つ者は全てに公平でなくてはならないからな。一つ上の視座で物事を見る必要があるんだよ。それにな……」

「それに?」


「お前、子供が生まれたらその子に何て教える? ネグロスは昔悪いことをしてたから殺してもいいのよって教えるか?

 そうじゃないだろ? 次の世代に負の遺産を残してはいけないのさ。それは俺達、大人の役目だ」

「ふふ…… 子供って、まだ早いよ……」


「そうか? お前らが結婚したらすぐ出来るだろ? あんなに熱々な二人なんだ。でも風呂の中でするのはどうかと思うぞ?」

「ちょっと!? あんた聞いてたのかい!」


「はは! 何のことかな? それじゃ俺は寝るわ! お休みな!」

「ライト! 待ちな!」


 逃げるようにテントを飛び出す! 

 ははは! 最後はロナを怒らせてしまった。

 まぁ、ロナは基本的にいい子だ。口は悪いがね。

 俺の言ったことを理解してくれるだろ。


 俺は自分のテントに戻る。寝る前に一服するか。

 懐からタバコを取り出し、火を付ける。

 深く吸い込んで、吐き出す紫煙を眺める。

 朝が来れば戦いが始まる。覚悟しなくちゃな……


 吸殻を携帯灰皿に入れて、俺はテントに戻っていった。

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