第127話デート 其の二

「ふー…… お腹いっぱいです……」


 食事を終え、フィーネはとても満足そうにしている。

 俺は食後のコーヒーをフィーネに手渡し……


「んふふ。ありがとうございます」

「ごめんな。ほんとはコーヒーじゃなくて、緑茶を用意したかったんだけど……」


 俺の加護に無限緑茶なんてあったらよかったのにな。

 はは、贅沢言っちゃいかんか。


 まぁこの世界には紅茶の楽しむという文化はあるようだ。

 たしか紅茶と緑茶の茶葉は同じものなんだよな。

 そのうち茶葉を手に入れて、フィーネに緑茶の素晴らしさを教えてあげよう。


 コーヒーを飲みつつ再び菜の花を見つめる……

 時折吹く風が優しく俺達の頬をかすめる……

 平和な時が流れていく……


 お? 不意に眠けが…… 

 おにぎりを作るために、朝早くに起きたからな。


「ふぁあ……」

「んふふ。ライトさんったら。ほら、こっち来て下さい」


 フィーネが正座をして、自分の膝をポンポン叩く。

 これはもしや…… 膝枕をしてくれるのかな?


「いいのか?」

「はい!」


 それじゃお言葉に甘えて。フィーネの膝に頭を乗せ横になる。

 下からフィーネを見上げると、彼女はニッコリ微笑んで、俺の髪を撫で始める。


「ふふ、ライトさんってかわいい」

「かわいい? かっこいいじゃないのか?」


「最近はかわいいと思います。ライトさんの寝顔って男の子みたいなんですもん」

「それはかみさんにも言われたことあるな。顔が子供っぽいっていう意味だと思ってた」


「ふふ、それもありますけどね」


 フィーネに撫でられながらどうでもいい話をする。

 楽しいな。何でもない時間がこんなにも楽しいものだっとは……


 俺はかみさん…… 凪が死んでから必死で生きてきた。

 残された桜を悲しませないため、定時で帰り桜の帰りを待つ。

 仕事で家族の時間を削られるのが嫌で昇進の話も断った。

 晩御飯を作り、風呂を沸かし、部屋の掃除、洗濯をして…… 

 充実してたけど、忙しい毎日だったな。


 忙しさのあまり、自分の好きなことは後回し。

 ゲームは封印して、クランはサブリーダーに譲渡した。

 趣味や恋愛は桜が一人前になったらでいい。そう思ってた。


 だが、突如この世界に転移し、フィーネと出会った。

 運命なんて信じないが…… 

 ふふ、フィーネが相手なら信じてもいいかな。


 見上げるフィーネの頬に手を置いて…… 

 そのまま引き寄せキスをする。


「ん…… ふふ、どうしたんですか?」


 俺は体を起こし、フィーネを抱きしめる。

 さて、サプライズの時間だな。


 懐から指輪を取り出す。

 フィーネの手を取って左手の薬指にはめる。


「え? これ…… どうして?」

「フィーネ…… 誕生日おめでとう。ほら、アスファル聖国のダンジョンで二十歳になっただろ? あの時はプレゼント出来なかったしさ。ちょっと遅れてしまったけど…… 受け取ってくれるか?」


「あ、ありがとうございます…… う…… ふぇーん……」


 あはは、泣きだしちゃったよ。

 めそめそ泣くフィーネを抱きしめる。


「喜んでくれたみたいだね。嬉しいよ」

「はい…… ぐす…… びっくりしちゃいました…… この指輪…… すごく綺麗……」


 これはプラチナ製だ。昨日、作成クリエイリョンで作っておいたのだ。

 プラチナの元素記号を思い出せず焦ったが、桜のおかげで何とかプラチナの指輪を作ることが出来た。

 理科のテストで勉強したんだと。助かったわ……


 金とか銀の元素記号はすんなり出てきたんだけどね。

 金はこの世界ではありふれた金属らしく、地球ほど価値が高いものではないらしい。

 銀は手入れしないと錆びるしな。


「プラチナの指輪だよ。俺の世界では白金って呼ばれてるね」

「白い金なんですか? 不思議な金属ですね。プラチナ…… ふふ、嬉しいです……」


 俺はフィーネを抱きしめたまま、話を続ける。


「なぁフィーネ。聞いて欲しいんだが……」

「はい……」


「俺達の旅はもうすぐ終わる。ネグロスを倒し、捕らわれたビアンコの仲間を助け出す。これはフィーネの目的だよな?」

「…………」


「そして俺はフィーネの目的を叶えた後に地球…… 日本に帰る。これも知ってるはずだ。一度日本に帰ってけじめをつけてくる」

「この世界に帰ってきてくれるんですよね……?」


「あぁ。必ずだ。その後なんだが……」

「…………」


 ヴィルジホルツに入る前にやんわりとは言ったが、ちゃんと言葉にはしていなかった。

 フィーネに指輪も渡したし、ここは正式に俺の想いを伝えないとな。


「俺がこの世界に帰ってきたら……」

「…………」



「結婚しよう」

「…………!?」



 フィーネが抱かれながら俺の顔を見つめてくる。

 頬と耳が一気に赤くなる。



「俺じゃ嫌か? はは、フィーネの倍、歳をとったおっさんからのプロポーズだ。断ることも出来るからな」

「いじわる…… 断るなんて…… ぐすん…… するわけ…… ないじゃないですか……」



「そうか…… ありがとな。フィーネ…… 幸せにするから……」

「はい…… でも…… 絶対に帰ってきて下さい…… 待ってますから……」



「あぁ。約束するよ」

「ふふ、絶対ですよ?」



「私、ライトさんとの赤ちゃんが欲しいな」

「はは、気が早いな。でもフィーネとの子供か…… その子が二十歳になる頃には俺は六十を超えてるのか」

 


「ふふ、おじいちゃんですね」

「はは、その通りだな」



 まだ見ぬ未来について二人でいつまでも話し続ける。

 時が経ち、夕日が菜の花畑をオレンジ色に染める。


「あれ? もうこんな時間なんですね。そろそろ帰らないと……」

「いいや、今日は泊まって行くって桜には伝えてあるからな」


 俺は作成クリエイションを発動。

 簡素な石造りの小さな家と、その横に二人用の少し大きめな風呂を作る。


「今日一日は二人でいたいしな。それともフィーネは帰りたいか?」

「ふふ。嬉しいです。最後まで一緒にいられるんですね」


「そうだ。それじゃ夕食にしようか。何が食べたい? 作るよ」

「カレー!」


 はは、フィーネはカレーが好きだな。

 今度は二人でカレーを作ることにした。


 星空の下での調理。辺りにカレーの美味しそうな香りが漂う……

 テーブルと椅子は既に作ってある。カレーを食卓に並べ、二人で食べ始める。

 フィーネはカレーを一口。そしていつものかわいい笑顔で。


「んー! 美味しい! やっぱりカレーは最高です!」

「はは、でもプロポーズした後の食事がカレーで良かったのか? もっと豪勢な物を作れるのに」


 フィーネはフルフルと顔を横に振る。


「ううん。カレーがいいんです。これは思い出の味なんです。ライトさんが私への気持ちを伝えてきてくれた時の味…… 今でも忘れられません…… あの時のカレーは美味しかったなぁ……」

「そう? それじゃこのカレーは?」


「もっと美味しいです!」


 それは良かった。二人カレーを存分に楽しんだ。

 食事の後は風呂の時間だ。適度にイチャイチャしながら風呂に入る。

 フィーネは俺に体を預けつつ、俺の耳をカミカミしてくる。


「こら、お返しだ」


 俺もフィーネの耳を噛み返す。


「んふふ。もっとして下さい」


 お互いの耳を噛み合う。

 慣れたもんだな。これはアルブの民にとって愛を伝える行為だ。


 充分に体が暖まった。風呂を出て、家に入る。


 言葉も無く抱き合って唇を重ねる。


「フィーネ…… 愛してる」 

「私も愛してます…… あなたに心と命を捧げます……」


 愛を確かめ合うように俺達は一つになる……


 何度も…… 何度も……


 









「すー…… すー……」


 フィーネが俺の隣で寝息を立てている。


 彼女の寝顔を見つつ思う。


 とうとう言ってしまったな。


 フィーネと作る新しい未来か……


 ついこないだまで日本でサラリーマンをしていた俺が、まさか異世界人のフィーネと結婚しようとは。


 ふふ、人生って何が起こるか分からないものだな。


 だが、これを実現するには…… アルブ・ネグロスとの戦いに勝利する必要がある。


 辛く、厳しい戦いになるだろう。みんなで生きて帰るなんて甘いよな。敵も味方も、誰かしら死ぬ。

 

 乗り越えないと。


 新しい、輝かしい未来を手に入れるには……


 勝つしかないんだ。


「フィーネ…… がんばろうな……」

「んにゅう……」


 フィーネのおでこにキスをして俺も眠ることにした。


 もうすぐ最後の戦いが始まる。


 不安はあるが……



 負けることは考えない!



 勝つだけだ!

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