第121話準備期間 其の一

 俺がヴィルジホルツの大森林にやってきて一月が経つ。

 マルスと出会い、アルブ・ネグロスを倒すために捕らわれたビアンコの民や交配種カアラを助けつつ戦力を整えていく。


 最初に襲ったネグロスの町、カオマでは約八千人の交配種を保護することが出来た。

 その後もマノノ、プロデアの町も同様に襲撃を行い、今ではビアンコの民は約五千人、交配種に至っては五万人を集めることに成功した。


 今日は戦力が整ったということでマルスから今後どう動くかの相談を持ちかけられた。

 マルスがいる集落には大きめの家があり、そこを会議室として使っている。

 部屋にいるのはマルス、ロナ、俺とフィーネ、桜もだ。議長としてマルスが話し始める。


「今日は集まってくれてありがとう。で、これからの話だが……」


 マルスは地図を広げる。

 一応俺もこの世界の世界地図は持っているのだが、これはヴィルジホルツだけの地図だ。

 かなり細かく書いてあるな。


「俺達はヴィルジホルツの主要都市、カオマ、マノノ、プロデアを落とすことが出来た。ある程度は兵は駐屯しているようだが、町としての機能は失っているらしい」


 そうだろうな。労働力として住んでいた交配種のほとんどが大森林に逃げてきたんだから。

 聞いた話だと交配種はこの国の人口の八割に及ぶそうだ。それはビアンコの民の出生率が原因だと聞く。

 どうやら純血種同士だと妊娠はし難いようで、国の根幹を成す人を増やすには交配種を生み出す必要があるんだと。


 その交配種の多くが俺達の味方に付いた。

 それで今度はどう動くかだよな。今度は俺から質問だ。


「で、マルスはこれからどう戦うか考えてるのか?」

「一応な。これを見てくれ」


 マルスが指さす箇所には…… これは河か? 

 ヴィルジホルツを分断するように青く塗られた一本の線が。


「ヤルーガ河だ。この国の水源として利用されている」

「なるほどな。そこまで前線を押し上げる。そうすればかなり戦況が有利になるな」


「ははは、さすがライトだ。あんた、何でも知ってるな。ほんと、何者なんだよ?」


 隣にいる桜がきょとんとした顔で質問してくる。


「パパ、それってどういうことなの?」

「つまりな、河っていうのは天然の防壁みたいなもんなんだよ。河があれば攻めは難し、守るは優しってな。マルス、このヤルーガ河ってのは大きいのか?」


「あぁ。かなり流れが速く、渡って対岸に行くのは難しいだろう。しかもヤルーガ河のほとんどが深い渓谷になっている。河を渡るには…… ここを押さえるしかないだろうな」


 マルスはペンで二か所丸を書く。そこには…… 町か?


「城塞都市ダイーンとイグリ。アルブ・ネグロスの守りの要だ。河を渡るにはこの都市を押さえるのが一番安全だろう」


 なるほどな。当面の目標は二つの都市を押さえること。

 そうすればネグロスとまともにぶつかることになってもそう簡単にこちらが全滅するってことにはならないだろう。

 戦争において河ってのは重要だ。

 敵の移動を阻むことが出来るだけでも戦局を有利に持ってくることが出来るからな。

 その旨を桜とフィーネに伝えると……


「なんでそんなこと知ってるのよ…… パパってFPSが得意なただのサラリーマンでしょ?」

「ははは、それだけじゃないぞ。それなりに歴史シミュレーションもやってきたんだ。地形の有利不利なんかはある程度だけど分かってるつもりだ」


 今度はフィーネがおずおずと手を上げる。


「はい…… あの、目標は決まったのはいいんですが、どう戦うんですか? ビアンコの民は魔法が使えるからいいとして…… 交配種は魔法が使えない人が多いし、武器が足りません……」


 武器か。フィーネが心配そうな顔をしているのも頷ける。

 人は揃っても戦う手段が無いんだったらそう思うのも無理は無いが…… 

 桜がフィーネの質問を聞いてからニヤニヤしている。

 はは、言いたくてしょうがないんだな。


「フィーネちゃん! 武器だったら私に任せて!」

「え? サクラって食べ物以外にも生み出せるの? 新しい加護?」


 違うんだな。実は武器に関しては俺も心配していたんだ。

 それを桜にこっそり相談したところ、一つのアイディアが浮かんだんだ。それは……


「私の能力で魔導弓ってあるでしょ? あれを使うの」


 桜は魔導弓を発動。一本の矢を創造してフィーネに手渡す。


「これは……? 私も持てるの?」

「うん! それを普通の弓で撃ってみてよ!」


 デモンストレーションだ。俺達はみんなで外に出る。

 フィーネは部屋にあった狩猟用の弓を持って桜の創造した矢をつがえる。

 狙うは集落の端にある腰の高さくらいある大きな岩だ。


 フィーネは弓を引き絞り…… 放つ!



 シュンッ



 風切り音が響く。矢は目にも止まらぬ速さで飛んでいく。

 岩に当たると同時に……



 ドゴォッ!



 およそ矢が当たったとは思えない音が響く、そして岩が砕け散る。


「「「…………」」」


 俺と桜以外は開いた口が塞がらないみたいだ。

 どうやら成功したみたいだな。

 俺はみんなの前に出て説明を始める。


「武器に関しては問題無い。矢は桜が生み出してくれる。これは力の矢、しかも飛距離を伸ばすようオドを調整してある。威力は今見てもらった通りだ。桜が使う時みたいにホーミングはしないが武器としてはこれで充分だろう」


 弓矢は馬鹿に出来ない。銃が生み出されるまで戦争において弓は主力武器だった。

 遠距離から安全に敵を攻撃出来るんだもんな。銃が戦争に使われたのなんてほんの数百年前だ。

 それ以前は人類を血で染め上げてきたのは弓矢だったんだ。


 俺は先日桜にこの話を持ちかけた。俺の銃とは違い、桜の矢は誰でも使用可能らしい。

 矢を一本創造するのに使用するMPは十程度なので今の桜にとっては簡単な仕事だ。


 桜の矢があればネグロスと充分に戦えるはずだ。

 あとは交配種に必要な分だけの弓を作ってもらえれば、いつでも戦うことが出来る。

 とりあえず今は準備期間になるだろうな。


「みんな、聞いて欲しい。ある程度ではあるが俺達には戦うだけの人数は揃った。これから少しの間、準備に時間を取りたい。桜、お前が本気を出せば一日何本の矢を創造出来る?」

「えーとね…… MP切れを起こしてもいいなら百万本かな? 多分それぐらいはいけるよ」


「百万か…… ならしばらくは矢の生産に集中してもらわなくちゃな」


 今いる交配種はおよそ五万人。百万本では一人に二十本しか提供出来ない。

 それではあまりに心もとないだろう。


「桜、しばらくは矢の生産を頼む…… 任せていいか?」

「うん! これは私にしか出来ないからね! それにこの一月で怪我してる人はみんな助けたし、ラーメンも食べきれないくらいは用意してあるよ! 食料は問題無いし、私は矢の生産に集中するからね!」


 実際桜はがんばった。頑張りすぎた。

 恐らく大森林にいる全てのビアンコ、交配種達が一年は食べていけるだけのラーメンを創造したのだ。

 でもさすがに三食ラーメンはきつい…… 好きだけどさ、やっぱり飽きちゃうじゃん。

 なのでみんなも最低一食は違う物を食べるようにしている。


 他、桜は無限調味料から味噌、醤油を大量に創造した。これでここにいる皆の食は一気に充実することになった。

 味噌汁はビアンコ、交配種達から受けが良く、彼らは毎日味噌汁と啜っている。


 ははは、異世界人の彼らの舌に合ったみたいだな。


「マルスとロナは弓作りの指揮を取ってやってくれ」


 マルスとロナは無言で頷いてから……


「なぁライト…… やっぱりあんたがリーダーをやった方がいいと思うんだが……」

「やだよ。めんどくさい。前にも言ったが俺は所詮外様だ。ここに長くいる人間じゃない。それにここはアルブの国だろ? 人族の俺より、お前達が現場を仕切るべきなんだよ」


 おっさんより、未来ある若者に道を託すべきだ。

 まぁ年長者としての助言はするがね。


 こんな感じで会議は終了。おそらく後一月後には大きな戦いがある。

 俺達はネグロスを倒し、捕らわれたビアンコの民を救い出す。


 そして転移船を手に入れる…… 

 俺は一度日本に帰る。そして妻に…… 凪に伝えるんだ。


 ありがとうってな。


 さぁ、明日からまた忙しくなるぞ。やることは山積みだからな!

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