第120話涙

「はぁはぁ……」


 俺はミルナスとの死闘に勝利することが出来た。

 後はここから逃げるだけなのだが…… 


 思うように歩くことが出来ない。

 戦いの後、障壁の体力回復効果を使い、傷をある程度は癒したのだが…… 

 失った血は取り戻せないみたいだな……


 目の前がチカチカする。

 テレビで見る砂嵐のような視界に変わっていく。

 意識を失う直前のようだ。



 ゴスッ



 ん? 顔に衝撃を感じる? 壁に激突した……? 

 いや、違う。これは床だ。

 いつの間にか転倒してしまったみたいだ……


 くそ…… このままでは……







「イト……さん……」 


 声が聞こえる……


 誰かが俺の頭を触る感触が……


「ライト……さ…… ライトさん……」


 俺を呼ぶ声……


「ライトさん! しっかり!」


 フィーネ? もしかして迎えに来てくれたのか……?


「フィー……ネ……」

「逃げますよ! 掴まって下さい!」


 フィーネが俺を無理矢理立ち上がらせて……

 そこからの記憶は無い…… 

 ただ、フィーネが俺の名を呼び続けるのだけは覚えていた……


 …………


 ……………………



 ◇◆◇



 目が覚める。見えるものは煤けた天上。

 ここはどこだ? 記憶が曖昧で…… 

 はっきり思い出せない……

 起き上がろうとするが…… 腹部に激痛が走る。

 

「いたたたた……」


 一体何があった? 落ち着いて思いだそうとするが……


「ライトさん!」


 この声は? 視線を声がした方向に移す。逆光でよく見えないが…… 



 ガバッ ギュウゥゥゥッ



 うぉっ!? 抱きついてきた! 押し倒されて唇を奪われる! 

 誰……? ははは、いきなりキスしてくるのなんてフィーネに決まってる。


「ん…… ぷはっ。ははは…… おはようの挨拶にしては情熱的過ぎやしないか……?」

「もう! ライトさんのバカ! 心配したんですから…… う…… ふぇーん……」


 俺の胸に顔を埋めて泣き始める。

 心配した? 俺はフィーネに心配をかけるようなことをしたのだろうか?


「すまない…… 俺さ…… 何があったか覚えてないんだ…… 話してくれないか……?」

「覚えてないって……? 分かりました……」


 フィーネが語り出す。

 彼女の話によると、俺はカオマの町の交配種とビアンコの民を救うために町を襲った。

 これは覚えている。問題はその後だ。

 どうやら俺達は市庁舎付近の地下牢にいるビアンコを救うべく、潜入をしたのだが、中には十名のビアンコの子供がいるだけだったそうだ。


 俺は他にもビアンコの民がいることを信じて、フィーネと別れ一人で地下牢を先に進んだ……らしい。


「ライトさんと別れてから少し経った後…… ライトさんが叫ぶのが聞こえたんです…… 逃げろって……」


 フィーネに逃げるよう促したってことは、何らかの脅威がそこにあったということだ。

 思い出すことは出来ないが……


「子供達を町の外まで逃がし、彼らを交配種に託しました。私、ライトさんが心配で…… 一人で地下牢に戻ったんです。そしたらライトさんが血塗れになって廊下に倒れてて……」

「そうなのか……? 俺は誰かと戦ってたのかな……?」


「分かりません…… 私、ライトさんを町の外に連れ出すのに必死で……」

「そうか…… フィーネ…… 助けてくれて…… ありがと……な……」


 眠気が襲ってくる。瞼を開けていられない。

 目を閉じると…… 再び眠りに落ちていく……



 …………



 ……………………



 ここは…… どこだろう? 

 薄暗い通路の横には牢屋が見える。

 後ろから誰が近づいてくる。

 フィーネだ。その横には…… 俺がいた。


 不思議な光景だった。俺は理解出来ないまま、俺を見つめるが…… 

 フィーネの横にいる俺は、こちらには気付いていない?


 これは……? 夢か? 


 夢の中で、俺は地下牢に捕らわれているビアンコの子供達を助け出している。

 子供達を牢の外に出した後、俺はフィーネと別れ、一人地下牢の先に進む。


 通路の先に扉があった。扉から灯りが漏れている。

 俺は扉を覗いている。夢の中の俺はハンドキャノンを構え…… 


 突如扉が大きく開く。

 呆気に取られた俺の背後に…… 一人の女が現れる。誰だ? 

 いや…… 俺はこの女を知っている……


 この女は…… 




 ミルナス。




 黒の軍団の一員にして、快楽殺人者。

 忘れていた記憶が戻ってくる。

 俺はミルナスと激闘を繰り広げたんだ。

 戦いの最中、俺はミルナスから衝撃の告白を受けることになる。

 ミルナスはアルブ・ネグロスではなかった。交配種だった。強い力を持つが故に。自分が生き残るために人を殺すことを強いられた。


 幼い頃に仲間を殺した。

 転移先の人間を殺した。

 そうしなかったらミルナスは殺されていただろうから。

 多くを殺し、そして……


 ミルナスの心は壊れた。

 ミルナスは助けを求めていた。魂の開放を求めていた。

 俺は…… ミルナスを殺すことを選んだ。彼女を呪われた運命から解き放つ。


 ははは、言い訳だな。

 ミルナスを倒さなければ俺が殺されていただろうから……

 あの時何があったのか、全てを思い出すことが出来た…… 


 

 …………



 ……………………



 目が覚める。暗いな。窓を見ると月明かりが差し込んでいる。


 俺はベッドを抜け出し、外に出る。

 星空の下、懐からタバコを取り出し火を付ける。


 深く吸い込んで紫煙を吐く。

 天に昇る煙を目で追いながら考える。

 俺は正しかったのかな? ミルナスは救われたのかな? 

 あの時一人で行動せず、フィーネに来てもらったら結果は変わっていたんじゃないか? 

 殺さずに済むような方法もあったんじゃないかな?


 様々な疑問が頭に浮かぶ。答えは出ない。


 人生において、たらればを言っても仕方ない。

 結果を覆すことなど出来ないのだから。


 タバコの灰が落ちる。二本目に火を着けようとした時……


「ライトさん……?」

「フィーネ?」


「もう起きて大丈夫なんですか?」


 心配そうに俺を見つめる。何となくフィーネに話を聞いてもらいたくなった。

 俺はフィーネの手を引いて、集落の中央の広場に向かう。

 少し肌寒いので、焚き火を起こし二人で火に当たる。


 フィーネは俺の横に座り、肩に頭を乗せて……


「フィーネ…… 思い出したよ。あの場所で何があったのかをね。聞いてくれないか?」

「はい……」


「俺さ…… あの場所でミルナスっていう交配種と戦うことになったんだ」

「交配種? ネグロスではなくて?」


「あぁ。ネグロスのような肌だったけどね。魔法で色を変えたんだとさ。ミルナスの心は壊れていた。でもさ…… 僅かに残った正気の部分がね…… 助けを求めているのが分かったんだ……」


 俺は地下牢で何があったのかを話し始める。フィーネは驚いた表情で耳を傾けてくれている。

 俺がミルナスの最後を看取ったことを話し終えたところで……



 ポロッ……



 あれ? 頬に熱い物を感じる。

 これは…… 涙だ。涙が止めどなく溢れてくる……


「俺さ…… ミルナスを助けられなかった…… 助けたかったのに……」

「ライトさん……」


 フィーネが俺を抱きしめる。俺の頭をしっかり抱いて。

 幼い子供をあやすように頭を撫でてくれる。


「しょうがないですよ…… 全てを助けられることなんて出来るわけないんですから…… でも、そのミルナスっていう人の最後ですけど…… きっと彼女は救われたと思います。だって本当に望んでいる物が最後に手に入ったんですから。ふふ、ミルナスはずるいですね。ライトさんの愛をもらいながら逝けるなんて。私も死ぬ時はライトさんに膝枕してもらおうかな」

「ぐす…… ははは…… それは約束出来ないさ。俺の方が早く死ぬだろうしね。なぁ、フィーネ…… 俺はミルナスを救うことが出来たのか……?」


「はい。間違いありません! ふふ、ライトさんってすごいですよね! 行くとこ全てのところで困ってる人を助けてますから! やっぱりライトさんは予言の男なんですよ! 私達の救世主なんです!」

「はは…… そんな御大層なもんじゃないさ。でも予言の男か…… フィーネ? 予言の男…… 燕だっけ? 燕は蝶と番になる約束をしたんだったよな?」


「そうです…… って、ひゃぁんっ!?」


 フィーネを抱きしめる。かわいい唇にキスをして……


「ん…… ライトさん?」

「そろそろ戻ろうか……」


「はい……」


 フィーネは顔を赤くして頷く。

 俺がしたいことを察してくれたかな?

 なんか、生きている喜びを噛みしめたくなってさ。

 死ぬ思いをしたからかな? 安心したら急にね……


 ベッドにフィーネを寝かせ、服を脱がす。


 キスをしてからお互いの目を見つめ合い……


「愛してる……」

「私もです……」


 お互いを求めあう。


 果てを迎えるとフィーネはすぐに寝てしまった。


 ミルナスを助けられなかったことで俺の胸にあった無力感はもう感じない。


 あるのは明日への希望だけだ。


 このまま仲間を増やし続け……


 王都に乗り込み、転移船を手に入れる。


 寝ているフィーネのおでこにキスをして、俺も眠ることにした。

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