第118話ミルナス 其の三

 ミルナスに刺された傷は塞がったが、痛みは引いていない。

 そりゃそうだ。背中からナイフを刺されたんだからな。

 俺のHPは残り僅か。あと数回ミルナスを攻撃を喰らえば……


 幸いなことにミルナスにHPも半分を切っている。

 俺の攻撃が通るのを考えれば絶望するには早い。

 充分に勝機はあるってことだ。


 俺はナイフを銃を持つ右手に高周波ナイフを逆手に持ち右手に添える。

 これでいつでも近接戦闘に対応出来る。背後には障壁を張っておく。バックスタブ対策だ。

 これで後ろは気にしなくていい……はずだ。


「うふふ…… いい感触だった…… 貴方の体をもっと嬲りたいの…… 貴方を切り刻んで…… 血を啜って…… 首を切り落として!」



 スッ



 視界からミルナスが消える……


 そろそろアレを使うか? いや、まだだ。

 ミルナスの残りHPを考えるともう少しだけダメージを与えておかないとな。


 どこだ……? 時折残像が目に入る。俺を翻弄してるんだろうな。

 だが俺は既に能力としてのCQBを発動している。

 某有名ステルスアクションゲームの主人公、伝説の傭兵が使っていた技だ。

 FPSも得意だが、あのゲームだってトロコンしたんだ。それなりに自信はある。

 銃を一切使わず、CQC縛りでクリアーしたことだってあるんだぞ。


 ミルナスの攻撃が来るのを待……


「ここよ!」

「知ってた」


 右目の端にミルナスの短剣が迫る。


 ミルナスの手首を持って下に回す。


 勢いを殺さぬまま手首を曲がらない方向へ回す。


 短剣を手放すミルナス。賢い選択だ。


 そのまま持っていれば手首が折れるだろうからな。


 ミルナスの手首を持ったままおでこがくっつきそうなほど接近する。


「ふふ…… このままキスしてもいいの……?」

「お断りだ」

「なら…… 死になさ……!?」



 ブンッ スッ……



 左手に持つ短剣を使い攻撃しようとするが…… 

 俺は右手をミルナスの胸元へ。

 左手でミルナスの動きを抑えつつ、右手を押し込む。

 足は大外刈りの態勢に入っている。

 ミルナスの足を刈りつつ全力で右手を押し込む!



 ブンッ フワッ……



 ミルナスの体が宙を舞う。そのまま地面に…… 



 ゴスッ!



 叩きつける!!


「くぁっ!?」


 おぉ。ゲームそのままの動きだ。

 深追いは禁物。すぐに距離を取って障壁を背後して構える。


「どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか?」

「げほっげほっ…… うふふ…… やるじゃない。でもこれで私の攻撃力は更に上がったわ…… あなたはどれくらい耐えられるのかしら?」


 これははったりじゃない。ミルナスの能力、被虐性欲だ。ダメージを負えば負うほど強くなる。

 HPとDPSのみ確認。



DPS:405682

HP:192810/490792



 DPSは四十万。こいつ限定的だが、バルゥより強いんじゃないか? 

 ダメージを与えても負っても攻撃力が増加するなんてな。

 これ以上戦いが長引けば不利になる。そろそろあれを使うか。


 準備だけしておこう……


 オドを練る……


 かつてはまっていたFPSを……


 俺は様々な能力を創造した。障壁、戦略レーザーシステム、血の輪舞。

 それはゲーム内ではスーパーアーツを呼ばれるものだ。

 ゲージを貯めることで使える必殺の一撃。そして俺が新しく生み出した破殴拳、これもスーパーアーツの一つでカウンター技として知られていた。

 接近戦を得意とするクラス、スカウトなんかと対戦する時に重宝した。

 相手が血の輪舞を使ってきた時にこれを叩きこんでやったのはいい思い出だ。


 だがこの能力の効果範囲は狭い。本当にカウンターとしてしか使い道が無い。

 相手を倒す能力というよりは護身用の能力だろうな。

 だが威力は異常に高い。しかも発動にMPの半分を使うよう制約を課しておいた。


 ミルナスのレベルは高いがこれがあれば……


 イメージが固まった。さぁいつでも来い……


 ミルナスに向けハンドキャノンを構えるが…… 

 起き上がったミルナスが話しかけてくる。


「うふふ…… ほんと貴方って素敵…… ねぇ、戦うのは止めて今からベッドに行かない?」

「断る。お前は抱かれながら相手の首を落とすのが好きなんだろ? 俺はまだ死にたくないからな」


「ふふ…… いじわるな人……」

「俺に恋人がいなくて、お前が特殊性癖を持ってなかったら良かったのにな。それだったら俺からお願いしてたかもしれないな」


「あら? 嬉しいこと言ってくれるじゃない? ふふ、私ってあなたにとって魅力的なのかしら?」


 落ち着いてみるとかなりの美人だ。プロポーションはフィーネ以上だろう。


「お前はなんで相手を殺す? 俺の世界でもセックスの相手を殺すっていうサイコ野郎はいたんだけどな」

「興味あるの?」


「…………」

「いいわ。少し話しましょう。もしかしたら私のことを好きになってくれるかもしれないしね」


 それは無いわ。でも一度は殺すと決めた相手だが、これをきっかけに改心してくれる…… 

 はは、そんな訳ないか。


「私ね…… ほんとはアルブ・ネグロスじゃないの。この肌ね、バルゥ様の魔法で染め上げてもらったのよ…… 本当の私は名を持たない交配種カアラ…… 産まれた時には転移の触媒として殺される運命だったの……」

「ネグロスじゃない……? 一体どういうことだ?」


「ふふ…… せっかちなのね。いいわ、話してあげる……」


 交配種…… 思い出す。

 たしか純血種同士の交配種は高い魔力を持つと…… 一体どういうことだ?


「うふふ、よく聞いておいてね。純血種同士の交配種には二通りの選択肢が与えられる。一つは今言った通り、転移の触媒になるか……」

「もう一つは?」


 ミルナスの目に涙が浮かぶ。


「もう一つはね…… 特殊な能力を持つ交配種を集めてね…… 殺し合いをさせるの…… 多くの交配種の子供が集められたわ…… 私は仲間を殺すしか無かった。もしネグロスに逆らえばその場で殺されていたでしょうから。百人以上いた交配種はみるみる内に減っていったわ…… 残ったのは私一人だけ……」

「なぜそんなことを……?」


「より強い個体を選定するためよ。生き残った私はバルゥ様率いる黒の軍団に入ることになった。そこから色んな世界に転移したわ。転移した先の世界から資源を奪うの。

 私が初めて転移した時かしら。昔のことだからあまり覚えてないけど…… 転移した先の住人から激しい抵抗にあってね…… 全員殺しちゃったの。本当は殺したくなかった。でも殺らなきゃ殺られる。選択肢なんて無かったのよ。私はその世界の住人を殺し始めた……

 うふふ、私ね、仲間をこの手にかけた時にはもう壊れたのね。住人の最後の一人を殺した時…… 濡れてたの…… 全身に快感が襲ったわ。それからね、私は人を殺す事でしか快楽を得られなくなった……」


 酷い話だな…… 小さい時のトラウマ体験がミルナスの心を壊し、更に多くを殺したことでミルナスは目覚めてしまったのだろうな。

 殺しの快楽に……


 地球でも変わらないな。幼少期の辛い体験が人をモンスターに変える。

 よくサイコパスなんて言葉を聞くが、その多くが幼少期に何らかの虐待などの心に傷を負う体験をしているそうだ。


 一度壊れた心を元に戻すことは……出来ないんだろうな。


「なぁミルナス。俺はあんたをかわいそうだと思っている。今の話を聞いて同情すら感じている。だけどさ、あんた、今の生き方を変えることって出来そうか?」

「殺すのを止めろってこと?」

「…………」


 俺は黙って頷くが……


「ふふ、優しいのね…… でもね…… 無理なの。私は貴方を殺したい。体が疼いてるの。貴方を切り裂けば。貴方に剣を突き立てれば。貴方の首を落とせば…… あぁ……」


 ミルナスは恍惚の表情で俺を見てから、短剣を構える。 


 交渉しても無駄だったか。


 ミルナスを開放するには……


 やはり殺すしかないのか……?

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