第108話マルス

 俺の目の前には一人の男が立っている。

 フィーネと同じ耳、同じ肌、この男…… アルブ・ビアンコだ。

 構えていた銃を下ろし、話しかけようとした時。男以外の連中が茂みから出てくる。

 そいつらは…… 褐色の肌をしている!? アルブ・ネグロス!?


 再び銃を構える!


「待ってくれ! そいつらは敵じゃない!」


 男が叫ぶ! 敵じゃない? 肌の色はネグロスの物と一緒なのだが…… 

 確かに敵意は感じられない。だが油断は禁物。銃を構えたまま……


「どういうことだ? お前は何者だ?」


 男はため息を一つ。やれやれといった感じで喋り出す。


「俺はマルス・ルビアン・アルブ・ビアンコ。そこの女と同じ種族だ。そしてこいつらはアルブ・ネグロスじゃない。カアラだよ」


 カアラ? 知らない単語が出てきたな。


「すまんがこの国のことはあまり知らなくてね。カアラってのはなんだ?」

「知らないのか…… カアラってのはビアンコとネグロスの交配種のことだよ」


 交配種? ビアンコとネグロスは敵対していたはず…… だが交配種ということは……?


「フィーネ、交配種カアラのことは何か知ってるか?」

「少しは…… あまり知られてはいませんが、二種族の間に生まれた子供は高い魔力を持つとか…… それがカアラのはず……」


 今度はマルスと名乗った男が口を開く。

 

「概ね間違いではない。だがそれは純血種同士の子供のことを言う。しかし交配種同士の間に生まれた子供は魔力が低い。彼らは名を与えられず、ネグロスに奴隷のような扱いを受けていたのさ」

「奴隷…… 確かにネグロスに比べて肌の色が薄い気がするな。しかしなんで交配種なんかが……」


「それは後で話そう。その前にこちらから質問だ。あんたら何者だ? それにそっちの女…… 同胞だ。人族がなんでビアンコと行動を供にしている?」


 話すべき……なんだろうな。

 フィーネに視線を送ると、彼女は黙って頷く。


「俺は来人。異世界人だ。この国には…… そうだな、ネグロスが持つ転移船を奪いに来たってところだ」

「転移船を!? お前ら狂ってるのか!? 相手はアルブ・ネグロスだぞ!」


「狂ってるかどうかは知らん。だが、目的はそれだけじゃない。ネグロスがビアンコを捕らえている理由は知っている。彼らを助けるのも目的の一つだ」

「…………」


 俺の言葉を聞いてマルスと交配種の連中がどよめき始める。


「詳しく話を聞かないとな…… あんたライトとか言ったな。すまんが、俺達の隠れ家に来てくれないか? そこで話を聞きたい」


 隠れ家か。幸先がいいぞ。

 上手くすれば、情報を得られるだろうし、一緒に戦ってくれるかもしれない。


「いいだろう。案内を頼む。みんな! 行くぞ!」


 マルスの先頭のもと、森を歩く。暗いな。わずかに月明かりが漏れる程度だ。

 マルスと交配種の連中は馴れたように森を歩く。

 俺達はついていくのだけで精一杯だ。いやフィーネはそんなことないな。


「森歩きは得意みたいだな」

「ふふ、昔を思い出します。それと…… アバルサの町も思い出しますね」


 アバルサか。オークを退治するためにフィーネには囮として夜の森を駆け回ってもらったんだよな。懐かしい思い出だ。

 あの時はフィーネの俺に対する気持ちに全く気付いてなかった。桜からフィーネの気持ちを教えてもらうまでね。

 はは、今思うと鈍感にも程があるわ。


 思い出に浸りながら森を歩く。ん? チシャが俺の手を握ってきた。


「お父さん…… 私達どこに行くの……?」


 不安なんだろうな。しょうがない。俺はチシャを抱っこする。 


「疲れただろ? 寝ててもいいからな」

「はわわ…… えへへ。嬉しいな」


 俺がチシャを抱っこするのをマルスが不思議そうな顔をして見ている。


「どうした?」

「いや…… その子は獣人だろ? いやな、隣の国はアスファル聖国だし、てっきりあんたの奴隷かと思ってたよ」


 むむ、失礼な。チシャは奴隷なんかじゃないぞ。

 全てを終わらせて、この世界に戻ってきたら正式に俺の娘にするつもりなんだ。

 今でも実の娘みたいにかわいがってはいるけどね。


「もしかして…… ビアンコの娘は……?」

「あぁ、恋人だ。何か文句あるか?」


 マルスだけではなく、交配種もどよめき始める。


「人族とビアンコが恋人同士になるなんて…… まさか! あんた予言の男か!?」


 なんだ? 預言の男? 初めて聞く単語だ。フィーネは何か知ってるのかな? 

 聞こうとした途端、目をそらされた。知ってるな……


「言いなさい……」

「べ、別に隠すつもりじゃなかったんですけど…… 長い話になるのでマルスさんの隠れ家に着いてからでもいいですか……?」


 気にはなるが、しょうがないか。色々と疑問に感じつつも、俺は夜の森を歩く。



◇◆◇



 どれくらい歩いたのだろう…… 木々の間から見える空が少し白みがかってくる。

 チシャは俺に抱っこされつつ眠っている。ふあぁ。俺も眠くなっちゃったよ。


「パパー…… まだ着かないのかな?」

「俺に聞くなよ…… マルス、まだ歩くのか?」


 マルスは振り向いてから一言。


「もうすぐだ。ほら、あれを見な」


 マルスが指差す方角には…… 木々の間から見える。木造の小屋が建ち並んでいる。

 ようやくか……


 隠れ家っていうより集落だな。フィーネが住んでいた集落から歩いて五時間ってところか。

 マルスに連れられ集落に入る。小屋は二十軒はあるだろう。


「割りとこじんまりしてるな」

「隠れ家はここだけじゃない。一ヶ所に集まるとネグロスに見つかった時に全滅する危険もあるからな。そうだな…… この近辺に同じような隠れ家は五百はあるだろうな」


 五百…… 一つの集落に二十人はいるとするならば一万人はいるか。

 彼らは俺に協力してくれるだろうか?


 マルスは眠っているチシャを見てか、俺達を一軒の空家に通してくれた。

 俺はチシャをベッドに寝かせると桜が話しかけてくる。


「パパ~…… もう無理…… 私も休んでいい……?」

「そうだな。俺はマルスと話があるから桜は先に寝ててくれ。詳しくは起きた時に話す」


 お前もよく頑張ったよ。馴れない森歩きを五、六時間か。ほんとは俺もクタクタなのだが。

 桜とチシャを残し、小屋を出る。フィーネも一緒だ。彼女からも聞きたいことがあるからな。


 マルスは集落中央の広場になっている所で焚き火に当たっていた。

 

「とりあえずお疲れ様を言っておこう。人族のくせに俺達に着いてくるだなんて、やるじゃないか」

「いいや。もう足が棒みたいだ。色々話を聞きたいところだが…… この集落は何のために? あんたらはアルブ・ネグロスと戦っているのか?」


 マルスは苦い顔をしてから語り出す。


「戦うなんてそんなこと出来るかよ…… 相手はネグロスだ。俺達以上に強く数も多い。俺達は奴らから逃げるように生きているだけさ……」

「逃げてるのか…… それじゃ交配種の連中は? あいつらもネグロスから逃げてきたのか?」


「そうだ。交配種は生まれながら搾取されるだけの存在だからな。奴隷みたいなもんだ。だがな…… 奴らにだって心はある。痛みは感じる。俺達となんら変わりはないんだよ」

「あんたは交配種を助けてるんだな」


 これはいい情報を聞いた。ネグロスに敵対しているのはビアンコの民だけではない。

 交配種達も仲間につけることが出来れば…… 

 一つ疑問がある。なぜネグロスは魔力の低い交配種を産み出す必要があったのか? 


 ネグロスがビアンコを捕まえている理由は知っている。

 異世界に転移するための触媒としてビアンコを捕らえているんだ。

 謂わばネグロスのためのガソリンってとこなんだよな…… 


 俺達は火に当たりながらマルスの話の続きを聞くことにした。

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