第102話別れを伝える
「チシャを…… この国に置いていこうと思う……」
「…………」
フィーネは黙って俺の話を聞いている。彼女はどう思っているのだろうか?
ここまで関わった者なら最後までチシャと一緒に居たいと思うのは当然だろう。
だがこれから戦地に赴くことを考えると……
「フィーネ。意見を聞かせてくれ。主観、感情を一切抜いてな。フィーネはチシャを連れて行くべきだと思うか? それとも……」
フィーネの目に涙が浮かんでいる。感情抜きって言ったのにな。
まぁ出来る訳もないか……
「ぐすん…… 私もチシャを連れて行くべきだとは思いません…… でもチシャの気持ちを考えると…… だってチシャはライトさんのことが大好きなんですよ! 私知ってるんです! チシャと二人でいる時はいつもライトさんの話ばかり。お父さんお父さんってうるさいぐらいなんです……
あの子は本当にライトさんのことを愛してます…… なのに…… うぅ……」
フィーネは涙を抑えることが出来ずに泣き出してしまう。
俺はフィーネの肩を抱いて……
「分かってる。だからこそなんだ。置いていくことで、一時チシャに辛い想いをさせてしまうかもしれない。
俺は一度日本に帰る。けじめをつけたら必ずこの世界に帰ってくるよ。何とかしてな。でも時間がかかるかもしれない。それまでクロン達に面倒を見てもらえればいい。
この国の奴隷の身の安全は一先ずは保証されている。二年後ルチアーニが奴隷解放宣言をしてアズゥホルツに向かってくれればいいさ」
「でも…… でも……! チシャの気持ちを考えると……」
そう言って何も言わなくなってしまった。
俺は今、きっと残酷なことを言っているのだろう。でもな、俺だって辛いんだ。
フィーネと同様、チシャも既に俺の大切な家族…… 大切な娘なんだ。
だからこそチシャに伝えなくては……
「今日はもう休もうか……」
「はい……」
雰囲気で分かる。俺を求めているのではない。ただ抱きしめて欲しいだけだ。
「ごめんな…… 嫌な気持ちにさせて……」
「いいんです…… いつかは決めなくてはいけないことなんですから…… その時が来たというだけです……」
「そうだな…… 日本に帰った後、なるべく早くこの世界に帰ってくる。迎えにいくから…… 待っててくれるか……?」
「はい……」
フィーネの唇が俺の唇に重なる。
軽く口付けを交わし、俺は眠ることにした。
◇◆◇
夢を見た……
夢だってはっきりと認識出来る。だって俺の前には猫がいるからだ。
昔飼っていた猫だ。雉虎の鍵尻尾。間違いない。猫は俺を見上げている。
しゃがんで猫の頭を撫でると嬉しそうにクリクリすり寄ってくる。
「ごめんな…… お前を置いていって……」
俺は上京するため、猫を家に置いていった。こいつは元は捨て猫。俺が拾ってきたんだ。
俺が最後まで面倒をみるって母さんに約束したのに…… 結局はこいつの死に目にすら逢えなかった。
俺の人生で最も後悔していることの一つだ。
猫を撫でながら。目に涙が浮かぶのを感じる。
猫は俺の手をペロペロ舐めた後……
『来人。泣かないで。私はあなたに拾われて幸せだったわ』
「お前……? 喋れる……のか? はは、夢の中だもんな。猫が喋れてもおかしくないか。なぁ。本当にお前は幸せだったか? 俺を恨んでないか?」
『ねぇ、抱っこしてくれない? 昔みたいに』
俺は猫を抱き上げる。
『ふふ、嬉しいわ。懐かしい…… 私はあなたを恨んでなんかいない。お父さんもお母さんも私を可愛がってくれたしね。犬のコジロウとも仲良くやってたわよ。ふふ、あの子は私より先に死んじゃったけどね。
私はあなたが大好きなの。だから置いていかれた時は寂しかった…… たまにあなたが帰って来てくれた時はすごく嬉しかった。ほんとよ。でもあなたはすぐに東京に戻ってしまったわね? ふふ、私より彼女に会いたかったんでしょ?』
「…………」
『いいのよ。大人になるってことは家を出ることでもあるもの。でも…… 最後はあなたに会いたかった…… あなたに抱きしめてもらいながら逝きたかった……
ねぇ、来人? あなた、チシャに私みたいな想いをさせるつもり? あなたの気持ちも分かる。危ないことをするんでしょ? そんな中にチシャを連れて行くべきじゃないのは分かるわ。でもね…… 置いて行かれる人の気持ちも考えてあげて……』
「お前はチシャを連れて行くべきだと?」
『それはあなたの決めること。私はどっちを選んでもあなたの選択を尊重するわ。私が言いたいのはもう少しよく考えなさいってこと』
「…………」
考えろか…… はは、まさか猫に助言を頂けるとはね。
「分かったよ。お前の言う通り、もう少し考えてみる」
『そうよ。あなたってこう!って決めたらそれに向かってまっしぐらだったでしょ? 危なっかしい子だって思ってたけど…… ふふ、成長してないわね。
来人…… もうすぐ目が覚めるわ…… チシャのこと…… 幸せにしてあげるのよ…… さよなら……』
腕に抱く猫の姿が消えかかる。消える前に猫を強めに抱きしめる。
ふと…… 懐かしい匂いがする。
『来人…… 愛してるわ……』
「あぁ…… 俺もだよ…… ありがとな……」
腕に抱く猫が光に溶ける……
そして……
俺は目を覚ます……
俺の隣ではフィーネがスースーと寝息を立てている。
一人外に出て、懐からタバコを取りだし火を着ける。
紫煙を吐き出しながら思う。
俺はどうするべきなんだろうか?
チシャを置いていくか連れて行くか。どちらが正解なのか?
いや、正解なんて無いのかもな。だから猫は言ったんだ。
よく考えろってな。
タバコを吸い終わり、地下室に戻り、横になる。
今度は夢を見ることなく朝を迎えた。目を開けるとフィーネと目が合った。
「おはようございます……」
「おはよ。元気無いみたいだな……」
「…………」
フィーネも悩んでいるんだな。
「フィーネ…… とりあえずアジトに帰ろう。みんなが待ってる……」
「はい……」
簡単に朝食を済ませ、バイクに乗り込む。恐らく二時間も走ればアジトに着くはずだ。
◇◆◇
二時間後、予定通りアジトに到着。バイクを降りてフィーネに話しかける。
「すまんがフィーネはチシャを俺の部屋に連れてきてくれ」
「はい。ライトさんは?」
「俺はクロンに金を届ける。それと…… 少し話さなくてはいけないことがあるからな……」
「…………」
フィーネは黙って頷いて、地下洞に降りていく。
俺が考えていることを察してくれたんだな。ありがとな……
俺はクロンがいる会議室に。
帰りを待っていた犬のように尻尾を振って出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ! ナタールはいかがでしたか!?」
「金は手に入ったよ。後で確認してくれ。全部で七十二億オレンあるはずだ」
「七十二億!? 必要とする金より多いのですが……」
「金はいくらあっても困らないだろ? 全部受け取ってくれ」
クロンは困りながらも尻尾を振り続けている。かなり嬉しそうだ。
「ライト殿……! このご恩どう返せばいいのか……!」
「あー…… その件で少し話したいんだが。いいか?」
「はい? 私に出来ることであれば何なりと! で、私はどう恩を返せばいいのですか?」
言うのが辛い…… でも言わなくちゃ……
「すまんが…… 娘を、チシャをしばらく預かってくれないか?」
「チシャ? ライト殿を慕う猫獣人の少女ですな? 理由を…… 話しては頂けないでしょうか?」
俺はクロンに説明を始める。
旅の目的、チシャとの出会い、そして次の目的地、ヴィルジホルツに乗り込むことを……
「なるほど…… ならば納得出来ます。危険な旅路に力無い者を同行させるわけにはいきませんからな」
「そういうことさ。どうだ? チシャのこと…… 頼めるか?」
「承りました。ですが…… チシャをここに残すということはライト殿の口から伝えてあげて下さい……」
もちろんだ。チシャは納得してくれるまで話し続けるつもりだったし。
結局俺はチシャを置いていくことを選んだ。
愛してる。それ故に置いていく。
チシャはそれを見て受け入れてくれるだろうか?
不安を抱えたまま、俺はチシャの待つ自室に戻っていった。
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